12 風を舞う夏香り
泣いて、名を呼んで、泣いて、泣いて。
昼休みのほとんどを使い果たし、涙はようやく治まった。
彼女はその間、呆れもせず、何も言わずにただぼくを慰めて続けてくれた。
ふと、体育館での出来事が頭を過った。
触れるべきなのか、触れないべきなのか。
人との距離感を上手く掴めないぼくには、難しい事だった。
そうして悩んでいると、彼女がぼくにハンカチを差し出した。
「はいこれ」
「…ありがとう」
びしょ濡れの顔を拭いていると、彼女が遠くを見ながら口を開いた。
「うみ」
「自分に、まだ言いたいことあるんじゃない?」
彼女には、ぼくが考えていることはすぐにバレてしまう。
「言っていいのか、分からなくて」
「はるを、傷つけたらどうしようって…」
戸惑うぼくをの目を見て、彼女は目を細めた。
「大体の検討はついてる。それに」
「うみになら、傷つけられてもいい」
彼女がそう言うと、太陽が雲に隠れ、周囲が薄暗くなった。
光の無い彼女の瞳も、ぼくは美しいと思った。
「……わかった、あのね」
「体育館で…見ちゃった」
彼女は、いつものように表情を変えなかった。
「はるが、数学の先生に殴られたり…してるとこ」
「………ごめん」
ぼくは、彼女が何を考えているか分からなかった。
「謝らなくて、いい」
そう言うと、彼女はそのまま地面に寝転んだ。
「そうか、見ちゃったか」
「それで、うみはどう思った?」
雲の間から顔を出した太陽の光が、再び彼女を暖かく照らした。
「…ぼくは……痛かった」
「痛い?」
「うみが?」
はるは横になったまま、ぼくを見た。
少し驚いているようだった。
「はるが、暴言を吐かれて、殴られて」
「はるが傷つけられているのが…痛かった」
ついさっき治まったはずの涙が、またこぼれそうになった。
涙目になっているぼくに驚き、はるは体を起こした。
そしてぼくを、真っ直ぐに見て。
「うみは……自分が傷つけられているの、嫌?」
「嫌だ!!」
ぼくは、強く答えた。
はるが傷つくのは、絶対に嫌だ。
「そっか………ふふ」
彼女は小さく笑みを浮かべながら再び寝転んだ。
「うみは、自分が傷つくの、嫌なんだ」
そして空を見つめながら、呟くように言った。
「うみ、午後の授業サボらない?」
「え?」
突然の提案に、正直とても驚いた。
けど、はるがこんなことを言うのは初めてだった。
それに今、はるの傍を離れたくなかったから。
「……いいよ」
「午後はサボる。はると居るよ」
彼女は何も言わなかったけど、少し微笑んだように見えた。
お久し振りの更新です。
今回は少し短いですが、人と打ち解けることの無かったはるの心が、少しずつ、うみによって溶かされてゆくのを、遠くから眺めているような。
読んだ貴方がそんな気持ちになれたなら、嬉しいです。
次回からはしばらく、はる編が続きます。
もうすぐ物語の前半が終わりそうですが、拙い文章の中に精一杯二人の生き様と魂を込めていくので、温かく見守ってくだされば、幸いです。
次話もよろしくお願い致します。




