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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
11/48

11 熔けゆく夏

注意:この先、少々ですが血等を含む表現があります。

直接的な描写はありませんが、念の為ご了承下さい。


四時間目が終わり、昼休み。

ぼくはいつものように屋上へ向かった。

 

途中、階段で同じクラスの女子数人が(たむろ)していた。

クラスの誰がキモいとか、教師の悪口とか。

スルーして前を通る勇気は無く、物陰に隠れ、去るのを待った。

 

しばらく待っていると、聞き覚えのある名前が挙げられた。

 

「そう言えばこの前、見ちゃったんだけどさァ」

「なになに?」

「仲村はる、あいつの腕にさ」

 

はるの話だ。

ぼくは思わず身を乗り出しそうになった。

 

「傷あと、あったんだよね」

「えぇマジそれ、もしかしてリストカット?」

 

はるが、リスカ……?

 

「多分そうじゃない?最近遊んであげないうちにねぇ」

「うける!超キモイわー」

 

彼女を悪く言われたぼくは思わずガツンと言いたくなった。

当然、ぼくにそんなことできるはずもなく。

 

しばらくして昼飯を購買に買いに行く、と女子たちは去っていった。

 

声が遠くなったのを確認して、音を立てないよう階段を昇り、屋上に着いた。

ぼくは少しだけ、扉を開けることを躊躇した。 

 


思い切って、勢いよく扉を開けると、ふわりと涼しい風と共に景色が広がる。

吸い込む空気が、心地良い。

 

この世界のどこにも、ぼくの居場所なんてないと思っていた。


けれど、今は。


 

「はる」


 

いつもの場所で横になっていた彼女は、名を呼ばれ、ゆっくりと起き上がる。

 

 

「うみ」


 

風のように心地良い彼女の声が、ぼくを呼ぶ。

ほんの数十分間の、ぼくの、ぼくたちの幸せだった。

 

✱ ✱ ✱


昼食を食べ終わり、しばらく風に吹かれていた。

この日は珍しく、彼女の方から口を開いた。

 

「ねえ、うみ」

 

ぼくが彼女の方を向くと、彼女の目はどこか寂しそうだった。

 

「今日、いつもより少し遅かった」

「もしかして、階段の下に居た人達の話、何か聞いた?」

 

ぼくは思わずえっ?と声に出て、驚いた。

ちょうどその話をいつ切り出そうかと考えていたところだった。

 

ぼくは、なんと言っていいか分からなかった。

上手い言葉もフォローも、思いつかなかった。


迷った末、素直に真っ直ぐ聞くことにした。

 


 「聞いた。……ねえはる」

 

彼女はまるでぼくの言いたいことが分かっているかのように、ぼくから目を逸らさなかった。

 


「─────はるはリスカ、してるの?」



瞬間、強い風が吹いた。

同時に彼女の結ばれた髪も、強く揺れる。



「……してない」


彼女は風が弱まってから、ぼくの目を見たまま答えた。

 

「…そっか」

「そう、だよね」

 

ぼくは分かりきっていたはずの答えに、何故か喜ぶことが出来なかった。

 

「してた方が良かった?」

 

ふいに彼女に聞かれぼくは、全身がビリッとした感覚に襲われた。


 

「……なんで」

 

そんなふうに、聞かれると思ってなかった。

ぼくは平然を装おうと、必死で。

 

「なんか、がっかりしてるように見えたから」

「リスカ、してた方が良かった?」

 

ぼくは、苦しくなった。

でも必死に抑えた。

 

「してない方が…!いい」

「してない方が…いいん…だよね」

 


"分かりきってたことなのに"


 

「うみ?」

 

普段と少し様子が違うと感じたのか、彼女はぼくを心配そうに呼んだ。

 

「ねえ、はる」

 

ぼくは、苦しさと虚しさが、抑えきれなくて。

言ってしまえばみんな、離れていくって知っているのに。

 

「はるは、もし私が、」


「……ううん、もし、ぼくが」

「リストカット、してたら嫌いになる?」

 

ぼくは、そっと左腕の袖をまくった。

無数に付けられたリストカットの(あと)

 

ばかだな、ぼくは。

せっかく掴んだ幸せを、こうして自ら壊してしまうなんて。


「ごめんね、はる」



これではるに嫌われても、それはぼくのせいだ。


 

彼女は暫く、何も言わずに傷跡を見つめていた。

そして突然ぼくの腕を掴んだ。

 

「ねぇうみ」

「これは、うみの腕だよね?」

 

突拍子も無い質問に、ぼくは動揺した。

ただ彼女を強い目を見て、うなずく。


 

「じゃあ、ならない」

 


彼女は、ぼくの両手をしっかりと握った。

 


「うみだから、嫌いにならないよ」

「死ぬまで……たとえ死んでも、絶対に」


 

ぼくの全身から、力が抜けてゆく。

彼女の力強く真っ直ぐな言葉が、声が、ぼくの胸の真ん中を刺して。

心の中の、何かの鍵が壊れる音がした。


瞬間、ぼくの頬から大粒の涙がこぼれた。

 

「ふっ、う、はるっ…はるっ…!」

「はるっ…はるっ!!」



ぼくはその後も、わーわー泣きながら、数え切れないほど彼女の名前を呼んだ。

 


何度も、何度も、何度も。

涙と声が、枯れるまで。

 

 






生まれて初めて、ぼくをぼくのままで受け入れてくれる人と出会った。

こうしてぼくとはるの間に、不思議な絆が生まれた。

今話も読んで頂き有難うございます。


また次回も少しずつ、二人の刻を動かしていきます。

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