11 熔けゆく夏
注意:この先、少々ですが血等を含む表現があります。
直接的な描写はありませんが、念の為ご了承下さい。
四時間目が終わり、昼休み。
ぼくはいつものように屋上へ向かった。
途中、階段で同じクラスの女子数人が屯していた。
クラスの誰がキモいとか、教師の悪口とか。
スルーして前を通る勇気は無く、物陰に隠れ、去るのを待った。
しばらく待っていると、聞き覚えのある名前が挙げられた。
「そう言えばこの前、見ちゃったんだけどさァ」
「なになに?」
「仲村はる、あいつの腕にさ」
はるの話だ。
ぼくは思わず身を乗り出しそうになった。
「傷あと、あったんだよね」
「えぇマジそれ、もしかしてリストカット?」
はるが、リスカ……?
「多分そうじゃない?最近遊んであげないうちにねぇ」
「うける!超キモイわー」
彼女を悪く言われたぼくは思わずガツンと言いたくなった。
当然、ぼくにそんなことできるはずもなく。
しばらくして昼飯を購買に買いに行く、と女子たちは去っていった。
声が遠くなったのを確認して、音を立てないよう階段を昇り、屋上に着いた。
ぼくは少しだけ、扉を開けることを躊躇した。
思い切って、勢いよく扉を開けると、ふわりと涼しい風と共に景色が広がる。
吸い込む空気が、心地良い。
この世界のどこにも、ぼくの居場所なんてないと思っていた。
けれど、今は。
「はる」
いつもの場所で横になっていた彼女は、名を呼ばれ、ゆっくりと起き上がる。
「うみ」
風のように心地良い彼女の声が、ぼくを呼ぶ。
ほんの数十分間の、ぼくの、ぼくたちの幸せだった。
✱ ✱ ✱
昼食を食べ終わり、しばらく風に吹かれていた。
この日は珍しく、彼女の方から口を開いた。
「ねえ、うみ」
ぼくが彼女の方を向くと、彼女の目はどこか寂しそうだった。
「今日、いつもより少し遅かった」
「もしかして、階段の下に居た人達の話、何か聞いた?」
ぼくは思わずえっ?と声に出て、驚いた。
ちょうどその話をいつ切り出そうかと考えていたところだった。
ぼくは、なんと言っていいか分からなかった。
上手い言葉もフォローも、思いつかなかった。
迷った末、素直に真っ直ぐ聞くことにした。
「聞いた。……ねえはる」
彼女はまるでぼくの言いたいことが分かっているかのように、ぼくから目を逸らさなかった。
「─────はるはリスカ、してるの?」
瞬間、強い風が吹いた。
同時に彼女の結ばれた髪も、強く揺れる。
「……してない」
彼女は風が弱まってから、ぼくの目を見たまま答えた。
「…そっか」
「そう、だよね」
ぼくは分かりきっていたはずの答えに、何故か喜ぶことが出来なかった。
「してた方が良かった?」
ふいに彼女に聞かれぼくは、全身がビリッとした感覚に襲われた。
「……なんで」
そんなふうに、聞かれると思ってなかった。
ぼくは平然を装おうと、必死で。
「なんか、がっかりしてるように見えたから」
「リスカ、してた方が良かった?」
ぼくは、苦しくなった。
でも必死に抑えた。
「してない方が…!いい」
「してない方が…いいん…だよね」
"分かりきってたことなのに"
「うみ?」
普段と少し様子が違うと感じたのか、彼女はぼくを心配そうに呼んだ。
「ねえ、はる」
ぼくは、苦しさと虚しさが、抑えきれなくて。
言ってしまえばみんな、離れていくって知っているのに。
「はるは、もし私が、」
「……ううん、もし、ぼくが」
「リストカット、してたら嫌いになる?」
ぼくは、そっと左腕の袖をまくった。
無数に付けられたリストカットの痕。
ばかだな、ぼくは。
せっかく掴んだ幸せを、こうして自ら壊してしまうなんて。
「ごめんね、はる」
これではるに嫌われても、それはぼくのせいだ。
彼女は暫く、何も言わずに傷跡を見つめていた。
そして突然ぼくの腕を掴んだ。
「ねぇうみ」
「これは、うみの腕だよね?」
突拍子も無い質問に、ぼくは動揺した。
ただ彼女を強い目を見て、うなずく。
「じゃあ、ならない」
彼女は、ぼくの両手をしっかりと握った。
「うみだから、嫌いにならないよ」
「死ぬまで……たとえ死んでも、絶対に」
ぼくの全身から、力が抜けてゆく。
彼女の力強く真っ直ぐな言葉が、声が、ぼくの胸の真ん中を刺して。
心の中の、何かの鍵が壊れる音がした。
瞬間、ぼくの頬から大粒の涙がこぼれた。
「ふっ、う、はるっ…はるっ…!」
「はるっ…はるっ!!」
ぼくはその後も、わーわー泣きながら、数え切れないほど彼女の名前を呼んだ。
何度も、何度も、何度も。
涙と声が、枯れるまで。
生まれて初めて、ぼくをぼくのままで受け入れてくれる人と出会った。
こうしてぼくとはるの間に、不思議な絆が生まれた。
今話も読んで頂き有難うございます。
また次回も少しずつ、二人の刻を動かしていきます。




