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高野美咲は使い魔が欲しい  作者: あっくん
Mission 0
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プロローグ 私は魔女見習い

オモテの顔は編集ライター、ウラの顔は対外諜報機関で特別エージェントとして働く魔女見習いが様々な事件を解決しながら、尊敬する曾祖母のような立派な魔女として成長していくストーリーです。どうぞよろしくお願いします。

 私の名前は高野美咲。ここ『Shiba-Inuシバイヌ』編集部でライターをやっている。


 この編集部は日本犬、主に柴犬に関する楽しい特集や飼い主宅への訪問記事、それに日本犬の健康管理方法などが紹介されたペット雑誌を隔月で出版しており、柴犬大好きな方に人気を博している。


 私自身も元々柴犬が大好きで、会社からこちらの編集部への異動を打診された際には、一も二もなく飛びついた。以来、毎日楽しく仕事をさせてもらっている。


 ある日、緑の丘に住む六歳の女の子から投書が届いた。


「はじめておたよりします。あたしはみどりのおかにすむ、ろくさいのおんなのこです。せんじつうちのパパがびょーきでたおれたとき、きんじょのももちゃんにたすけられました。ももちゃんはくろいろのしばいぬですが、ひめじんじゃにおまいりもできるすごいワンコなんです。ぜひしゅざいにきてください」


 確かに今まで何百頭という柴犬を取材してきたが、そんな賢い柴犬には出会ったことがない⋯⋯というか、いる訳がない。


 だが我が『Shiba-Inuシバイヌ』編集部には常識の通じない上司(女性編集長)が一人いるのを忘れていた。


 編集長は緑の丘周辺の柴犬ももに関する情報収集を部員たちに指示。

 さっそく真偽はともかく、色々な情報が編集部に集まってきた。


 曰く、近所を荒らしまわっていた泥棒逮捕に協力した、曰く地元のヒメ神社でのお参りポーズと犬ダンスで神社を復興させた、そしてAED (自動体外式除細動器)を取ってきて人命救助したなど⋯⋯etc。


「ふむふむ、凄いな。もしこれが全て本当のことならば、我が編集部始まって以来の大スクープだな」


 あ、編集長は大いにやる気みたいだ。


「おい、高野。お前ちょうど今日からスケジュールが空いていたよな? さっそく取材に⋯⋯」


 えー、私にお鉢が回ってきたみたい。仕方がない、何か理由をつけて断ろうか⋯⋯。


「え、ええっと⋯⋯ちょうどこれから、そ、そうっ! 母方の祖父の法事とぶつかりまして⋯⋯」


「言い訳は聞かんぞ、高野。お前は何人親族を殺すつもりだ。ほら、さっさと行ってこい!」


 こうして私は編集長にお尻をたたかれ、取材先の緑の丘へと向かうことになった。


☆☆☆


 私は通常黒いスーツを着て、インテリ眼鏡をしている。髪の毛も長く、自分で言うのもなんだが、まぁ美人の部類に入ると思う。そんな私には誰も知らない秘密がある。それは……。


 その時、編集部に一人の中年男性が入ってくる。

 

「高野さーん、この間の取材の写真、お届けしましたよぉ~」


 彼はいつもと同じく普通に封筒を手渡してくる。封筒の端には、ある印が付いていた。仕事か……。


 私は大学時代にその筋からスカウトされ、今は対外諜報機関の特別エージェントとして働いている。

 私の主な任務は国家の危機に関する情報収集と仮想敵国や敵性国家のスパイ摘発だ。ちなみに仮想敵国とは将来わが国と軍事的な衝突が発生する可能性がある国で、一方敵性国家は今まさにわが国に対して敵対的な行動をとっていると認定された国のことだ。


 なぜ私がウラの顔を持っているのかって? それは私の家系が代々魔女の血を受け継いでいるからだ。


 曾祖母は英国人で、英国大使として赴任していた曾祖父と恋愛結婚。親に反対され、殆ど駆け落ち同然で日本へと来日したらしい。以来、祖母・母・私と女性だけにその能力が受け継がれてきた。


 祖母・母とも戦後日本を敵性国家から守るため、裏から懸命に支えたらしい。私も尊敬する二人のように活躍したいのだが、まだ魔女見習いのままだ。


 座学では人一倍優秀な私だが、残念ながら任務遂行に必要なスキルが足りない。


「優秀な使い魔を使役できれば、もっとお国の役に立てるのに……」

 至らない自分に歯ぎしりする夜が何度あっただろうか。


 早く魔女見習いを卒業したい……。私はいつもそう願っているのだ。


◆◆◆


 緑の丘にやって来たのはゴールデンウィーク後半のある日の夕方だった。


 周囲への聞き込みの結果、取材対象が毎日散歩で通りかかるヒメ神社で待ち伏せすることにした。


「こんにちは! ねぇ、あなたの柴犬、ももちゃんって言うのかな?」

 私はニコニコと笑いながら取材対象である彼らに近づく。


「――どなたですか?」

 飼い主の少年(新田陸くん)は近づいてくる私を警戒しているようだ。


「うふふ、怪しい者じゃないわ。はい、これ」

 私は彼に名刺を差し出す。


「Shiba-Inu編集部の高野美咲さん⋯⋯」


「初めまして。実は緑の丘にすごい柴犬がいるって噂を聞いてね、取材に来たんだ。ここで待っていればきっと現れると思って……」


 私はそう説明する。


「『Shiba-Inu』はうちでも読んでます。確かにうちの犬は”もも”って言いますけど、そんなにすごい柴犬じゃないですよ。いつも家の中を走り回って遊んだり、普通にドッグフードを食べ、お腹を出してスヤスヤ寝てるだけだし⋯⋯」


 ふーん、何だか怪しいわね。

 私のエージェントとしての勘が囁く。


「そうなんだ! でもせっかくだからももちゃんにも挨拶させてもらっていい?」

 私は彼に許可を求め、渋々彼も同意する。


「ももちゃん、こんにちは。私は『Shiba-Inu』編集部の高野だよ。ももちゃんの武勇伝は色々聞いているわ」


「ワォン」


「あら、挨拶してくれるの。ももちゃん、ありがとね」

 私は柴犬ももの頭をなでなでしながらそう話しかけた。


「ももちゃんの取材のため、数日間は緑の丘にあるホテルに滞在する予定なの」

 そう言って、翌日の取材のアポを彼に申し入れた。


◆◆◆


 翌日の午後、改めて私は新田家にやって来た。


 彼(陸くん)のお母さんがお茶を出してくれ、リビングのソファーへ座るよう促した。


「ありがとうございます。じゃあさっそく取材させてください」


 礼儀正しく新田家のみんなに挨拶し、私は取材を開始する。


「泥棒をつかまえたのはたまたま巡回中の管理人さんがももの鳴き声を聞いて駆けつけたからですし、ヒメ神社でのお参りについても俺たちがお参りしているのをももが真似ただけですよ」


 彼はももが特別な犬じゃないことを強調したいみたい。


「じゃあAED(自動体外式除細動器)を持ってきたのは?」


「ボール遊びが大好きなももがたまたま遊んでもらおうと思ったんじゃないですか」


「ふーん、そうなんだぁ……」


 私はこの時点で対象が”クロ”だと判断した。


「じゃあ次はヒメ神社で、ももちゃんのお参りポーズを見せてもらえるかな?」

 一通り質問が終わったタイミングで、私はそう提案した。


◆◆◆


 私たちはヒメ神社へと移動。


 境内の拝殿の前に来ると、ももはいつも通りお座り姿勢になり、まずは二回頭を下げ、それから両方の前足を上げ、出来るだけ揃えるポーズを取りながら二回足元の石畳に向けて両足をゆっくり振り下ろし、肉球でポンポンと叩く。


 最後にもう一度頭を下げてお参り終了。


 これで取材終了とももが少し警戒心を緩めたタイミングで、私は仕掛けた。


「あれれ、ももちゃん。今日は犬ダンスしないの?」


 私は飼い主の陸くんに聞こえないよう小さな声でももに囁く。


「アフゥ(犬ダンス開始!)」


 私の目の前でももは後ろ足だけで立ち、そのままよちよち歩きでフラフラ右に左に歩き始めた。


「ふふふ……あはははは、ようやく引っかかったわね! 私はさっきの取材の中で犬ダンスのことは一切喋らなかったわよ。どうしていきなり犬ダンスを始めたのかな、も・も・ちゃん♪」


 私はももの両前足をつかまえながら、そう宣言した。


「ねぇ、ももちゃん。あなた、私の言葉が分かるよね。だって私の喋った内容が分かるから、そんなお芝居をするんでしょ!」


 だが次の瞬間、私はいきなり頭の中に靄がかかったような感覚になる。

 これは一体……。私の意識はそのまま凍結した。


◆◆◆


「あれ? そういえば私は何をしていたのかしら」


「あなたはうちのももを取材中でしたよね?」


 突然おかしなことを言いだした私に対し、彼がそう説明する。

 付き添いの彼のお母さんと妹ちゃんもこのやり取りに怪訝な表情だ。


「そう、そうだったわ。今回はももちゃんを取材させてもらってありがとうございました。ももちゃんは人間の物真似が得意なただの柴犬なんだね」


 そう言って私はみんなに頭を下げた。


☆☆☆


 私は柴犬ももと別れた翌日、編集長への報告書をまとめ終え、緑の丘を離れた。


 帰りの道中で、ふと上着のポケットから取材用のボイスレコーダーを取り出す。


 昨日はただの物真似好きな柴犬だと言ったが、実は違う。


 私は隠し録りしたボイスレコーダーの録音内容を聞き、ももの隠された秘密を全て思い出していたのだ。


 結論、ももは絶対に普通の柴犬などではない。これは間違いようのない事実。問題はなぜこんなおかしな犬が存在しているのかということだ。


 私は柴犬ももに関する全ての真実を完全に秘匿することにした。


 編集長には「やはりただの噂だった。ももは人間の物真似が好きな、ただの柴犬だった」と、ももに刷り込まれた記憶通りに報告しよう。


「それに……こんな面白いこと、誰にも教えられないよ」


 私はニヤッと笑いながらつぶやく。


「ふふっ、また遊びましょう。も・も・ちゃん♪」


 そう、私は柴犬ももを必ず自分の使い魔にすると決意したのだ。


 次回、Mission 1 隷従させるための拘束首輪編に続く。

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