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「ふぇぇ・・・大きな御屋敷だね、クロノス。」
2人の前に聳え立つ大きな屋敷を目の当たりにし、結稀は感嘆の声を上げる。きょろきょろと楽し気に辺りを見廻しながら大きな庭園を進んだ先に結稀が通されたのは、煌びやかな雰囲気の広い応接室だった。2人が中に入ると、部屋の奥の豪華な造りの椅子に1人の男性が堂々とした面持ちで座っていた。
「君か。ヴァンパイアを退治しに行くと言った命知らずの娘は。」
男は結稀を見ると椅子から立ち上がり、興味深そうに口を開いた。
「別に自分の命を擲つつもりはありません。」
男を真っ直ぐ見つめ返しはっきり答える結稀。そんな彼女の自信に満ちた姿に、男は「ハッハッハ!!」と愉快そうに笑った。
「いや、失礼。私の名はロドリック・エアハルト。此の地を治める領主だ。」
エアハルト伯爵は2人の前に立つと、スッと片手を差し出した。結稀達は伯爵と握手を交わしながらそれぞれ名乗った。
「エアハルト伯爵・・・廃墟に棲むヴァンパイアについて、詳しく教えて頂けますか。」
結稀が本題を切り出すと、伯爵は少し表情を曇らせ一瞬口を噤む。そして、ゆっくりとその重い口を開いた。
「ヴァンパイアは今から約400年程前、突然このエアハルト伯爵領に現れた。彼は領民達を大勢殺し生き血を啜った後、山奥の廃墟に棲み付いた・・・。」
400年・・・そんなにも長い間、此処の人々はヴァンパイアに苦しめられてきたのか・・・。
「ヴァンパイアに立ち向かおうとはしなかったのですか?」
「ヴァンパイアが此の地に来て領民達を襲った時、我が祖先は直ぐに軍備を整えヴァンパイア討伐に動いた。しかし兵は全滅し、領民達の被害は増えゆくばかり・・・。これ以上被害を拡大させない為、祖先は領民の中から生贄を選びヴァンパイアに捧げ、その代わりに領地を襲わない様彼に約束して貰った。それ以降、我が一族は代々何十年、何百年と領内の若い娘の命を彼に捧げてきたのだ・・・。」
結稀の問い掛けに、伯爵は深い溜め息を吐きながら答えた。彼の言葉には、領地の人々が抱えてきた大きな苦悩が込められていた。
ヴァンパイアが廃墟に留まり生贄を求める限り・・・領民達はずっとヴァンパイアの魔の手に怯え続けなければならない。此の地の人々の苦しみに終止符を打てる様に・・・僕も出来る事をしたい。
「伯爵領に住む人々がもう二度と苦しめられる事の無い様に・・・僕がヴァンパイアを倒します。」
固い決意を持って述べられた結稀の力強い言葉。彼女の言葉を受けた伯爵は、ゆっくりと目を閉じ結稀達に向かって深く頭を下げた。
「どうか・・・我が領地の民達を救って欲しい。結稀、クロノス、宜しく頼む。」
伯爵の切なる願いを聞き入れた2人は、真剣な面持ちでこくりと頷く。
この領地を護っていた強い兵士達を皆殺しにしてしまう様な強力なヴァンパイアが相手だ。気を引き締めて闘いに臨まないと。
これから始まる激しい闘いへと向かう為、結稀は心の中で己を強く鼓舞する。エアハルト伯爵領に住む人々の命運は、結稀とクロノスの2人に託されたのだった。