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結稀とクロノスが辿り着いた村は、古い家屋が立ち並ぶ小さな農村だった。まだ日の高い時刻だというのに、畑仕事や水汲み等作業をしている人が疎らに居るだけで人の姿が余り見られない。村人達の表情も、何処か暗い。
「何だか・・・とても静かで寂しい雰囲気の村だね。」
村人達の疲弊しきった様子を目の当たりにし、結稀がぽつりと呟く。
「そうだね。それに・・・余所者の私達を少し警戒しているみたいだ。」
遠くから2人の様子を窺う村人達を横目にちらりと見ながら、クロノスは結稀の隣をゆっくり歩き続ける。村の中を少し進んだ所で、結稀はふと足を止めた。近くに大きな木があり、子供達が5人集まっていた。
「ちょっと!危ないわよ、サリィ!!下りて来なさいっ!!」
「大丈夫よ、お姉ちゃん。もうちょっとで届くから!!」
心配そうに見上げ語り掛ける女の子と、木に登りながら笑って答える女の子。木登り少女は木の上の巣に鳥の雛を戻し、ホッと息を吐く。そして地上に下りようとしたその時―
少女は足を滑らし、ぐらりとバランスを崩してしまう。
「キャアッ!?」
「サリィッ!?」
子供達の悲鳴が響き渡る。
危ないっ!!
結稀はサッと少女の方へ手を翳し力を込めた。すると、落下しようとしていた少女の体が一度ピタリと止まった。そして少女はゆっくり地上へと下りていった。
「サリィ、大丈夫?」
お姉ちゃんと呼ばれていた少女が木登り少女の傍に近付いて行く。妹に怪我が無い事を確認すると、彼女は安堵し妹をギュッと抱き締め「良かった・・・。」と呟いた。
「君達、怪我は無い?」
結稀が子供達の方へ駆け寄って行くと、妹を抱き抱えたままの少女が「あの・・・」と口を開いた。
「妹を助けてくれて有難う。私はリタ。この子はサリィ。近くに居る子達は友達のピーター、ディック、カナよ。この辺りでは見かけないけど、2人は旅人の魔術師さん?」
結稀とクロノスを交互に見ながらおずおずと問い掛ける。他の子供達も興味津々の様子で2人に近付いて来た。
「うん、まぁそんなものかな。僕は結稀。彼はクロノス。宜しくね。」
結稀がにこっと優しく笑い掛けると、子供達も安心して明るく笑い返したのだった。
「助けてくれて有難う、結稀お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん?」
とててっと駆け寄り抱き付いてお礼を述べるサリィ。一方結稀は少し不思議そうに首を傾げる。
「あはは。結稀は女の子だよ。」
クロノスの一言に、子供達は「えっ!?」と驚きの声を上げる。
「お兄ちゃんじゃないんだ!」
「一人称が“僕”だったから・・・私も男の子だと思ってた。」
子供達は確認する様に結稀をまじまじと見つめたのだった。
「ねぇ。何処かで地図とかって見せて貰えないかな?この辺りの場所について色々情報を集めたいんだけど。」
自分達が今何処に居るのか、また周辺地域の情勢や、これからどの方面を目指して進んで行けば良いか等・・・知るべき情報が沢山有る。
「良かったら、家に来て。おじいちゃんの持ってる地図を借りられるし、さっきのお礼にお茶も御馳走するわ。」
「有難う、リタ。じゃあお言葉に甘えてお邪魔しようかな。」
リタの申し出を有り難く受け取った結稀とクロノスは、子供達の案内で姉妹の家へと向かって行った。
結稀達が姉妹の家に着くと、母親のゼーラと祖母のマレーが2人を出迎えた。事情を説明すると、彼女達は直ぐに地図を広げ話をしてくれた。
「此処はトルビ村。リヴァント王国の西部にある小さな村で、農作物や織物なんかを売って細々と暮らしているわ。」
地図上に記されているある国の西側の地を指差しながらゼーラは語る。地図を眺めながら、ふと“リヴァント”“トルビ”と書かれている文字が読めている事に気付く。
この世界の文字が読める。そういえば・・・余り意識していなかったけど言葉も通じてる。これもクロノスとの契約の御蔭なのかな?
不思議に思いながらも、結稀はゼーラの話に耳を傾ける。
「私達の国リヴァントは東側が海に接している事もあって、他国との間で沢山の物や情報が出入りしているの。それと魔術研究にも力を入れていて、特に王都のリーデンでは優秀な魔術師達が集まって、生活をより豊かにする為の魔術研究が進められているわ。」
王都リーデンはリヴァントの東側にある大都市らしい。王都リーデン・・・魔術研究が盛んな街。一体どんな場所だろう。少し興味があるな。
「リヴァントは3つの国と隣接していて、ずっと戦争状態なの。北のアジールは軍事に特化した極寒の国。西のイメルガは様々な種族が集まり独自の文化を築いた多種族国家。南のティマンは温暖な気候で自然豊かな農業国家よ。」
近隣の国々はリヴァントとは大分雰囲気が違う様だ。このトルビ村はイメルガとの国境に少し近い場所にあるから、何時戦場になるか分からず村の人々も不安だろう。
「最初この村に入った時人が少ないと思ったけど・・・」
「村の男達の大部分が戦争に駆り出されてしまってねぇ。男手がかなり減って困ってるんだよ。」
マレーは顔を少し俯かせふぅ、と深い溜め息を吐く。
「女性や子供ばかりの状況では、さぞ心細いでしょうね。」
クロノスの一言にゼーラとマレーはこくりと頷く。
「最近この辺りで魔獣の襲撃も起こっていて・・・怖くて中々外にも出られません。」
クロノスから戦乱の世界と聞いてはいたけど、かなり物騒な所に来てしまったと実感した。
「ただいま。・・・おや、お客さんが来てたのか。」
声の方に振り向くと、其処にお爺さんが立っていた。彼は結稀達の方に歩み寄るとジェフと名乗った。リタ達の祖父で、この村の村長らしい。
「済みません、すっかり長居しちゃって。色々教えて下さり、有難う御座いました。」
結稀がお礼の言葉を述べ家を出ようとすると、ジェフが「待ちなさい。」と引き留める。
「もう日も大分傾いているし、外を出歩くのは危ない。今日は家に泊まりなさい。」
「いや、そんな・・・其処まで御迷惑を掛ける訳には・・・」
両手を振り遠慮しようと口を開いた結稀。しかしその時リタとサリィがバッと彼女に抱き付いた。
「ねぇ、泊っていって!一晩ゆっくりしていってよ!」
「一緒にお喋りしたり、遊んだりしよう!!」
リタとサリィがキラキラ目を輝かせ訴える。すると一緒に来ていた友達のピーター、ディック、カナも結稀に飛びつき、キャッキャッと燥ぎ始めた。
「此処まで熱烈な歓迎をして貰ったら、断る訳にはいかないね。」
子供達に囲まれている結稀を見て笑いながら、クロノスが楽しそうに語り掛ける。
「そうだね。じゃあ・・・お世話になります。」
ぺこりと頭を下げる結稀とクロノスを、リタ達は優しい眼差しで迎え入れてくれたのだった。