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16歳の春―あの日、僕の命の灯火は消える筈だった。“彼”が目の前に現れたあの瞬間・・・僕の摩訶不思議な異世界統一の物語が、開幕したのだった。
辺り一面を冷たい白色に囲まれた病院の一室。暮須結稀は家族に見守られ横になっていた。幼い頃から病弱だった結稀は、人生の殆どを病院のベッドの上で過ごしていた。そして今日、結稀は永遠の眠りにつこうとしていた。
上手く呼吸が出来なくて苦しい・・・。頭もぼんやりしてきた・・・。家族の顔も霞んでもう見えないし、声も聞こえない・・・。僕は、きっともう死ぬんだ・・・。
死を受け入れ、静かに目を閉じる結稀。その生涯に終止符を打とうとしたその時だった。
「眠りにつくのは、まだ早いよ。」
突如頭の中に男性の声が響く。それと同時に、病院の白い空間が暗闇へと変わり、数多の小さな光の点が一面に輝いた。
・・・此処は、あの世かな?何か、イメージと随分違うな。大きな川が流れている場所を想像してた。こんな宇宙空間みたいな場所だとは思わなかったな。
戸惑いながらきょろきょろと周囲を見廻す結稀。すると、その視線の先に1人の青年が現れたのだった。
「やぁ。初めまして、暮須結稀。」
黒い紐で縛られ左肩に垂らされた真っ直ぐな銀色の髪に、何処か悪戯っぽさの滲む紫色の瞳、そしてゆるりと靡く黒いマントという少し変わった風貌の男性である。彼は優しい微笑みを浮かべると、結稀の方へ一歩ずつ近付いて行った。
「え~っと・・・此処はあの世ですか?貴方は閻魔様?僕はこれから裁きを受けるのかな?」
結稀が首を傾げ問い掛けると、青年は「アッハハハ!!」と楽し気に笑い声を上げた。
「違う、閻魔様じゃないよ。私の名前はクロノス。時の神さ。」
「宜しく。」と差し出されたクロノスの片手を、結稀は「よ・・・宜しく。」と呟きながらおずおずと握り返した。
「あの・・・時の神様であるクロノスが、どうして僕の前に現れたの?」
不思議そうに尋ねる結稀に、クロノスはゆっくりと一言述べた。
「君に頼みがあるんだ。」
「頼み?」
結稀が反復した一言に、こくりと頷くクロノス。彼の瞳が、一瞬ふっと真剣さを帯びたものに変化する。
「君に、ある世界を救って欲しいんだ。」
彼の口から放たれたとんでもないお願いに、結稀は暫し呆然としてしまうのだった。
「軍神アレス・・・戦を好む荒ぶる神である彼が干渉した事で、ある世界が戦乱と混沌の世に陥ってる。人や魔獣、悪魔などが互いに傷付け合い、殺し合っている。君には私の時を操る力を駆使し、戦乱を治め世界を平和に纏め上げて欲しい。」
真っ直ぐ見つめ語り掛けてくるクロノスに、結稀は困惑の表情を見せる。
「いや・・・世界を纏めるなんて、出来る訳無いよ。っていうか・・・そもそもクロノス自身が世界を統一すれば良いんじゃないの?」
結稀の言葉に、クロノスは「それは無理なんだ。」と答え首を横に振る。
「神である僕は直接世界に干渉する事は出来ないんだ。数少ない適合者である君が、私と契約を交わし力を使う事でしか、世界を救う事は出来ない。」
僕しか・・・世界を救える人は居ない・・・。
「どうか、力を貸して欲しい。」
クロノスは静かに、そして力強く言葉を述べる。
病でずっと臥せっていた僕に出来る事なんて、殆ど無いかもしれない。だけど・・・
「分かった。こんな僕でも役に立てるなら・・・協力する。」
結稀の決意の言葉を受け、クロノスは柔らかな笑みを浮かべ「有難う。」と答えた。
「では早速、契約を交わそう。両手を出して、目を閉じてみて。」
クロノスに言われた通り、結稀は彼の両手の上に自身の両手を重ね目を閉じた。するとその直後、眩く温かい光が2人を包み込み、結稀は自身の中に熱い何かが流れ込むのを感じた。やがて光はゆっくりと消えていき、元の暗い宇宙空間の世界へと戻ったのだった。
「これで無事契約は結ばれたよ。君の中に、私の時を操る力が宿っている筈だ。」
結稀は恐る恐る目を開けてみた。後ろに結っていた長い三つ編みの黒髪が銀色に変わり、着ていた筈の淡い青色のパジャマも黒色のコートになっていた。
「かっ、髪の色が変わってる!?それに服も!?」
驚く結稀に、「あぁ、それはね・・・」とクロノスが語り掛ける。
「私の時の力の影響で、君の髪の色が銀色に変異しちゃったんだよ。瞳の色も紫色になってるよ。」
差し出された鏡を見てみると、確かに黒色だった筈の瞳が淡い紫色になっていた。
「それじゃあ、世界を救いに行こうか!」
クロノスは明るくそう述べると、勢い良く指をパチンと鳴らした。すると次の瞬間、暗い宇宙空間に居た筈の2人は青空と平原の広がる道の上に立っていた。
「わぁっ!白いお花がこんなに沢山!綺麗!!それに・・・日差しも暖かい。」
パァッと弾む様な声を上げながら、結稀はきょろきょろと辺りを見廻す。今まで外を歩く機会の無かった結稀にとって、眩い日の光と白い可憐な花の咲き乱れる平原の景色はとても新鮮で心踊らされるものだった。
「あはは。楽しそうだね、結稀。取り敢えず、この先の村で話を聞いてみようか。」
クロノスの指差す先に視線を向けると、一本道の先に小さな集落らしきものが目に入った。結稀は彼の言葉にこくりと頷くと、彼と並んで平原の中の道をゆっくり歩き始めたのだった。