第1話 華のない生活ともおさらば
おれの名はタチバナ マサト。
17歳の高校2年生だ。
側から見たら普通の高校生にしか見えない?
ふっ、そんなことを言ってられるものあと少しだ。
おれはこれから一躍有名人へとなるのだ!
季節は秋に近づき、親を含めた親戚たちは大学受験のための勉強だなんだとうるさい。
正直、勉強してもいい事なんて何一つない。
ただ、一時的にテストの時に優越感に浸れるというくらいのものだろう。
そんなくだらないものにおれは興味などない。
おれはこれから名だたる動画配信者たちに肩を並べることになるだろう。
大学へ行き、就職などせずとも食っていけるのだ。
今どきまじめに勉強するなんて特出した才能がない凡人がすることだ。
バカバカしくてやってられるか!
だが、おれは別に動画投稿や動画編集が好きで動画配信者になるわけではない。
視聴者の笑顔が見たいなんていうクソみたいな理由でなりたいわけでもない。
おれが動画配信者になる理由……それはただ一つ。
モテるからだ!!
最初は動画配信者なんて居場所のないネクラなやつがひっそりとやっていると思っていた。
だが、SNSが発達したことによりちょっとした有名人ならば誰でも動画配信者になれる時代が来た。
しかも、これは有名人だけでなくおれみたいな無名なやつにもチャンスがあるのだ。
投稿した動画や生配信のコメントには「○○きゅんカッコいい!」だの「××ちゃん今日もかわいい!」だのファンの声で溢れている。
それは、おれよりもブサイクなやつらのコメント欄にもだ。
この動画配信者のフィーバーを見ておれは決めたのだ。
動画配信者になってファンの女の子たちとイチャイチャしようと!
おれはこんな田舎で埋もれているような男ではないのだ。
今までおれは間違えていたのかもしれない。
おれの周りにいる女たちは男を見る目がまるでないのだ。
中学時代はモテるためにサッカー部に入った。
高校生になってからはモテるためにバンド活動をはじめた。
そして、ネットで勉強した『女の子を口説くメールテクニック』を駆使して毎日メールもしたのに一度も彼女ができたことがない!
告白するたびに返ってくる言葉は「ごめんなさい」のひと言。
中には、
「わたし、今恋愛とか興味ないから」
と言ってきた翌月、サッカー部のエースと付き合った女もいた。
『この……クソビッチがぁぁぁぁああああ!!!!』
中学生の女子は体育でサッカーをしている男子に惚れるって聞いていたからサッカー部に入ったのに……。
補欠だったおれも、エースだったあいつも同じサッカーという競技をしているんだぞ?
こんなの理不尽じゃないか!
結局、田舎のイモ娘たちに本当の男の良さなんてわからないというだ。
だからこそ、おれは動画投稿者となって都会の女の子たちとイチャコラするのだ!
おれはSNSを開き、これから動画の撮影をすることを発信する。
『これから山でサバイバル飯! マツタケを取りまくるぜ! #動画撮影 #マサトちゃんねる』
本当はお金をかけた企画をやりたいけれど今はまだできない。
広告収入がもらえているわけではないため、お年玉を切り崩して企画を考えているのだ。
しかも、田舎でできることなんて限られてくる。
今日は山に入ってサバイバル雰囲気を味わうのだ。
『毒きのこを味見してみた』
こんなタイトルの動画ならバズるのでないだろうか?
もちろん、本当に食べるわけではない。
食べたフリをするだけだ。
それでも、サムネに群がるバカどもは釣れることだろう。
結局、有名になるまではファンたちからの熱いメッセージというものは届かないものだ。
SNSにも投稿した動画にも、ろくなコメントが付かない。
ファンの女の子と付き合う日はもう少し先になりそうだな。
そんなことを思っているとスマホがバイブ機能で揺れる。
どうやら、先程の投稿にコメントが付いたようだ。
おれはワクワクしながらSNSのアプリを開き、コメントをチェックする。
すると、一件のコメントが付いていた。
「一般人が勝手にマツタケ取っていいんですか?」
応援でもなければ忠告でもない。
毒にも薬にもならないクソコメント。
しかも、アイコンは二次元のアニメキャラのようで男の名前である。
おれにとってまるで価値のない存在。
「んなこと知るかボケ! おれに聞くなシバくぞ!」
とても視聴者には見せられないような暴言を吐く。
もちろん、これをSNSに書き込むようなこともしない。
とりあえず、暴言を吐いてすっきりとしたところでカメラを回して山へと向かった。
もちろん、高校生のおれが手持ちのカメラなど持っているはずもなく、スマホのカメラ機能で撮影しているものだ。
「それじゃ、これから山に入っていくぜ!」
おれは撮影をしながら山へと入っていく。
いつ動画的においしい瞬間がやってくるかわからない。
いらない部分は編集でカットすればいいだけなのだ。
おれは常にカメラを回して撮影をする。
そして、予定通りに大量のきのこを収穫することができた。
「よし、これだけあれば今日のサバイバル飯は何とかなるっしょ!」
もちろん、こんなわけのわからんモノを食うわけがない。
編集技術も駆使して誤魔化さなければいけない。
そこはおれの腕の見せどころだ。
そして、帰りの道でもカメラを回す。
すると、何か生き物が動いた気がした。
「なんだなんだ?」
おれは少しビビりながらもワクワクとする。
もしかして、おいしい展開が来たんじゃないか?
そして、足音を立てないように音がしていた方へと近づく。
すると、茶色くてモゾモゾと動く小さな生き物を見つけた。
サイズは小型犬くらい。
あれはイノシシの子どものうりぼーだ!
クックックッ……。
とうとうおれにもチャンスがやってきたぜ。
女という生き物は小さくて可愛い動物に弱い。
おれがうりぼーとたわむれる動画をアップすればコメントは可愛いの一色で埋まることだろう。
数ヶ月後にはオフ会を開き、女の子たちに囲まれている未来が見える。
両手に美少女を抱きかかえるおれを女の子たちが奪い合おうとする姿が見えてくる。
ぐっふふふふ……。
さぁ、おれの愛のキューピットになりやがれ!
おれは静かにスマホに向かって音声を入れる。
「見えますか? あそこにうりぼーがいます。ちょっと、遊んであげましょうか……」
そして、忍び足でおれはうりぼーに近づく。
だが、野生の感というやつだろうか。
うりぼーはおれの方を振り向き、目があったと思うと勢いよく逃げ出した。
クソッ!
お前はメタルス○イムか!!
おれは即座に逃げ出した獲物を追いかける。
お前がいれば女の子たちの注目の的になれるんだ!
こんな所で逃してたまるか!!
おれは全速力でうりぼーを追う。
だが、久しぶりに走ったことにより息切れを起こしてしまう。
「はぁ、はぁ……。うりぼーのくせに速いですね……」
おれは常に実況は忘れない。
一流動画配信者になる上で黙ってしまうというのはよくないことなのだ。
ガサガサッ、ガサガサッ
何かが揺れる音がする。
膝に手をついていたおれだが、身体を起こして音がした方を見る。
すると、おれの身体よりもでっかい茶色い獣がおれをにらみつけていた。
おれの生存本能が叫ぶ。
これはヤバいと……。
自分が実況者だということを忘れて黙ってしまう。
あれ……これってまずくないか?
すると、巨大なイノシシはおれをめがけて突進してきた。
「やっ、やめてくれ! タンマ! タンマァァァァ!!」
息を切らして動けないおれにイノシシが猛スピードで突っ込んできて跳ね飛ばされる。
その鋭利な牙はおれの柔らかい腹部に突き刺さり、グイッと持ち上げられておれは宙を舞う。
そして、木に衝突してから重力に従って地面へと叩きつけられる。
「ぐわぁぁぁぁああああ!!」
自分でも驚くくらい低い声で唸る。
声にならない声が虚しく自身に聞こえる。
痛え……痛えよ……。
トラックのような巨体に打ち付けられた。
ドライバーのような鋭利な牙で突き刺された。
コンクリートのような堅い樹皮に打ちのめされた。
そして、顔面から地面に落下した。
身体中がジンジンと痛む。
血がダラダラと流れているのがわかる。
死ぬのか?
こんなところで……。
そして、イノシシが再びおれに向かってくるのが見える。
嫌だ……。
嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!!
死にたくない。
おれは女の子と……。
彼女を作るまでおれは……。
死ぬわけにはいかないんだぁぁぁぁああああ!!!!
直後、再び茶色い巨体がおれに突っ込んできておれは死んだ。
享年17。
彼女いない歴イコール年齢。
華のない人生を一人虚しく終えたのだった……。