マーリンさん、噂を聞く
寮の談話室でのこと、明日から3年生になる私達4人はお菓子を食べながら雑談に興じていた。
アルはよく知らないが家の用事だか何だかで王都にある辺境伯邸に行っている。
「そうそう、コーレルのかわりの先生だけどね。
やっと見つかったらしいんだけど、帝国から招くとかで着任は来年になるらしいよ」
「ちょっとクルス、それじゃ私達の卒業に間に合わないわよ」
「僕達には代わりに短期間だけどAランク冒険者が雇われたって話だよ」
「ああ、俺も聞いたぞ。
最近噂のAランク冒険者《漆黒》だろ?」
「誰それ?」
「相変わらずだなマーリン。
少しは情報を集める癖を付けた方が良いぞ」
「悪かったわね。
で、どんな人なの?」
「《漆黒》の噂ならよく聞きますわ。
黒いローブを着た、黒髪に黒い瞳の冒険者でサンダーバードに乗り、身の丈以上の戦斧を軽々と振るうとか」
「いや、流石にそれは尾ひれが付きまくってるでしょ。
サンダーバードってAランクの魔物よ?
実際はデスコンドルとかキングクロウとかじゃないの?」
「しかし、わたくしの商会の者が実際に盗賊に襲われているところを助けて頂いたらしいのですわ。
巨大な鳥に乗って現れて、瞬く間に盗賊を討伐したとか、その時、巨大な鳥は口から雷を吐いたと言っていましたわ」
「サンダーブレスか。ならやはりサンダーバードじゃないのか?」
「まぁ明日になったら分かるわよ」
「そうだな、明日からは学院が始まるし、今日は早めに休むか」
翌日、教室で雑談しているとアルが登校して来た。
「みんな、お早う」
「あぁ、お早う、アル、どうした?」
「えらく疲れてるみたいね?」
「何かあったのですか?」
「うん、それがね、みんなは今日からしばらくの間、臨時教師としてAランク冒険者が来るって聞いた?」
「ああ、知ってるぞ?」
「その冒険者って言うのが、2年前僕の妹を治療してくれた薬師なんだ」
「今日からくるのは《漆黒》だと聞いたわよ?」
「だからその《漆黒》が僕の妹を治療してくれた薬師なんだよ」
「薬師ですか? 盗賊の退治や討伐系の依頼を中心にしていると聞いていたので、てっきり戦士系の人かと思っていました」
「いや、本人は薬師兼冒険者だと言っていたよ?」
「一体どう言う人よ?」
「まぁ兎に角、妹の件があったから僕は昨日、直接お礼を言いに行っていたんだよ。
実は陛下に頼まれて彼女に学院の臨時教師を依頼したのは僕の父上でね。
昨日は父上と王都の辺境伯家に泊まっていたんだ。
あ、妹も来ているよ。
みんなに会いたいと言っていたから今度紹介するよ」
「あぁ、それで? なんでお前はそんなに疲れ果てているんだ?」
「いやね、僕も《漆黒》の噂は聞いていたよ。
でもね、本人はとても巨大な戦斧を振り回したりする様に見えないんだよ。
見た目はどこか異国風の可愛い女の子なんだよね。
そうしたら父上がいい機会だから少し稽古を付けて貰うと良いって言い出してね。
少しだけ手合わせをして貰ったんだ」
「ほぉ、どうだったんだ、噂の冒険者の実力は?」
「なんて言えば良いかな?
手も足も出ずにボコボコにされたんだよ。
いや本当に。しかも彼女は全然本気なんて出してないみたいだったし」
アルは決して弱くはない。
むしろこの国の騎士団と比べても見劣りはしない実力がある。
そのアルを軽くあしらったと言うならその力は本物なのだろう。
一体どんな化け物が来るのだろうか?
アルから《漆黒》の話を聞いているとチャイムが鳴った。
私達は慌てて自分の席に座る。
チャイムが鳴り終わると直ぐに教室のドアが開き、サマリオ先生と少女が1人入って来た。
「え~すでに知っていると思うが君達Sクラスはしばらくの間、Aランク冒険者の方に指導して貰えることになった。
ガスタ辺境伯様が依頼し、来て頂いた方だ。
失礼のないように」
そう言うとサマリオ先生は踵を返す。
「では、後はよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
サマリオ先生と言葉を交わした少女が教卓の前に立った。
背が低いので机が胸の位置まである。
少女は肩から掛けたマジックバッグから木箱を取り出すと足元に置く。
すると教卓も丁度良い高さだ。
少女はこの国では珍しい黒髪に黒い瞳をしていた。
師匠と同じ色だ。
「今日からしばらくの間、皆さんに戦い方と薬草学を教えます。
冒険者のユウと言います。
よろしくお願いします」
随分と可愛らしい先生だった。




