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意識が戻った時、なんだかくにゃくにゃするところにいた。どうやら水の中のようだった。体がうまく動かせない。《《ガラス越し》》に誰かがこちらを見ている。
(あ…父さん…)
何で父さんがここにいるんだろう…俺は…あそこで…狼者を…殺してて…
『…あかず…お前は…な…しっ…』
え…何…父さん…聞こえ…ない…よ…
あ…れ…?俺は…父さんは…なんで…
『出てけ!』
「うわぁ!」
自分の悲鳴に驚いて飛び起きる。その瞬間、ひどい頭痛に襲われた。
「ぐっ…」
頭を抱え、しばし悶絶する。手を当てて気づいた。頭巾がない。まずい。《《耳がないことがばれてしまう。》》そのとき、あかずきんが寝ていた部屋ーーそこは部屋だったーーに、一人の少年が飛び込んできた。
「よかった!気が付いたんですね!」
「あ…てめェは…グレーテ…うっ!」
「ああ、まだ動いちゃだめです。あなたは頭を強打したんですから。頭の傷はなめると痛い目を見ますよ。」
「っ離れろ!」
少年ーーグレーテルを押しのけて立ち上がる。しかし足元がおぼつかず、倒れそうになった。そこをグレーテルに抱き留められる。
「ほら言わんこっちゃない!虚勢なんて張らずにまだ寝ててください!」
「頭巾…頭巾を返してくれ…」
「わかりました!わかったから、ちょっと静かに横になっててくれ!たのむから!」
そのまま倒れこむようにベッドに横になった。ふかっと数日ぶりの柔らかい感触に体が包み込まれる。一気に気が抜けたように眠くなる。
(少しだけ…少しだけなら…寝てもいいよな…)
そしてぶつりと音を立てて意識が途切れた。
次に目を覚ました時、隣にいたグレーテル少年がうたた寝をしていた。手にはあかずきんの頭巾があった。どうやら頭巾を繕ってくれていたようだった。彼の指には、何度も針を突き刺した傷跡が残っていた。裁縫はやりなれていないようだった。
頭に手を当ててみる。わずかに痛みがあるが、もう大丈夫そうだった。その時に気づく。頭には、包帯が巻いてあった。体をよく見てみると、治療されている箇所が何か所もあった。でも、それはまるでお遊びのような、医療の心得が全くない者がやったような、ひどい出来のものだった。まえに自分のことを医者だと言っていたことを思い出す。一体こいつは、どんな生ぬるい世界で生きてきたんだろうと疑問に思う。
ベッドの脇に、ご丁寧にも斧が置いてあった。
(こいつ…馬鹿なのか?)
斧を手に取る。そして背中に携える。起こさないようにソッと頭巾をとって被る。もうここに用はない。借りができちまったが、それはまた時期を見て返そう。
部屋を出る。そして、玄関の扉のノブに手をかけた。
「どこへ…行くというのですか?」
後ろからいきなり声をかけられた。驚いて振り返る。そこには、グレーテルがいた。
「どこって、どこかにだよ。人間と狼者がいるところならどこにでも行く。」
「なら、僕も連れて行ってください。」
「は?お前、正気か?俺は殺人鬼で、お前は医者だ。どうやったって合うわけないだろうが。お断りだね。」
「あなたのけがはまだ完治していない。だから僕が治るまで責任を持って診ます。」
「…お前、人の話、聞いてたか?」
「失礼な。聞いてましたよ。」
「じゃあ聞き分けろや。」
「いやです。」
「あ"?」
「それに、あなたは僕に借りがあるはずです。弱みを握るようなマネはあまりしたくないのですが、仮にも命の恩人に恩を仇で返す様な真似はよした方がいいと思います。さもないと…」
「さもないと?」
「僕の母さんが黙ってませんよッ!」
「知らねェよ!」
「でも借りがあるのは事実です。」
「あーー、ん”--。」
「きっとあなたが去った後、この街にはこんなうわさが流れます。『不誠実で約束破りで有名の殺人鬼、あかずきんがこの街にいたらしいよ』って。いいんですか?」
「不名誉な肩書誇張してんじゃねェよ!」
「でも事実…」
「あーわかったわかった!もういい、いい!ついてきていいから!」
「よっしゃっ!」
「だが、これからは血塗られたいばらの道になるぞ。それでもいいのか?」
「もちろん!」
「じゃあ、いくぞ。準備してこい。」
四半刻後、二人の少年が連れ立って森の中を歩いていた。一人は赤い頭巾が目立つ金髪青目の少年。もう一人は全身の傷が目立つ黒髪の比較的目鼻立ちが整った少年。皮肉なこの世界で出会ったこの二人は、これから待ち受ける想像もつかないほどの残酷な運命をまだ、知らない。