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狼者国の糸巻き村は、比較的平和な村だった。そこに生まれた狼者の少年ヘンゼルは、この村一番の強さを誇る狼者だったのにもかかわらず、人間との共存を夢見ていた。
(人間だって狼者だって同じ生き物なんだ。絶対に分かり合える。どうしてそんなことがみんなにはわからないんだろうか。)
でも、この考えを肯定してくれる狼者はいなかった。また、そのせいで親にも見放された彼はいつも一人だった。
(まあいいさ。いつかみんな俺が正しいってことに気づくんだから。
(それに親なんていないほうが気楽でいいや。
(全く…俺を嫌いならいつまでも家に入れておかないでとっとと追い出せばいいのに。)
彼は村の狼者には秘密で、時折人間の里に降りていた。そしてそこでシンデレラという少女と仲良くなった。彼女は狼者である彼を嫌わず、自分から話しかけてきてくれる。そうして、いつも彼を森の奥の空き地で待っていてくれた。
「来てくれたのね、ヘンゼル!」
「よくそんなに毎日俺を待てるな。」
「待てるよ!だって貴方に早く会いたいもの!」
「今日はどんなお話ししてくれるの?」
「今日は俺たちの里の話をしてやるよ。特別にだぞ。」
「うん!ありがとう!」
こんなに人間が優しいのなら、人間との共存だって夢じゃないかもしれない。ヘンゼルはそう思い始めていた。
(そしたらきっと楽しいことがたくさん起こるに違いない。今までの退屈なんてどうでもよくなるほどだ。)
しかし、ある夜彼は母親に叩き起こされた。
「ヘンゼル!はやく、はやく逃げなさい!人間が襲ってきたのよ!」
「え…なん…」
「いいからっ!」
そうして彼は、家の裏にある厠に入れられた。
「ちょっとくさいけど我慢してちょうだい。今の状態じゃこれが最善策なの。」
「えっちょっ待って…」
反論は聞き入れられず、扉を閉められ閉じ込められた彼はいまはどういう状況なのかを正確に捉えようとしていた。
(あの母親が…あの母親がだぞ、俺のことを心配するってこたあ大変なコトじゃねぇか。
(まさか…本当に人間が襲ってきたのか?
(いや、そんなことはあるはずも無い。
(あんな心優しい人間が、俺たちに牙を剥くなんて到底考えられない。
(じゃあなんだ、お菓子の家山の山賊たちか?
(いや……でも…)
そうこう考えていると、いきなり外で悲鳴が聞こえた。
「!」
慌てて外に出ると、そこは惨状だった。狼者たちが次々と殺されて行く。殺している方は…
「なぜ…ありえない…」
「なんで人間が、俺たちを、襲って、いるんだ?」
「きっと、何かの、マチガイだ……あ、そうか、人間は、俺たちを、助けに、きてくれ、たんだ……きっと、きっとそうに違いない。」
「ここにもまだ一匹いたぞぉ!殺せぇ!」
何処からか、そんな声が聞こえた。
「嫌だ!まだ死にだぐないよう!助げでよう!」
「俺たちが何をしたっていうんだ!」
そんな、仲間達の泣き叫ぶ声が、何処か遠くから聞こえてきている気がした。
「え。」
(なんで、みんなを殺しているんだ?
(助けに、きて、くれたんじゃあ、ないのか?
(な…んで)
「危ないッ!」
誰かの声が聞こえた。そして、ヘンゼルは誰かに、突き飛ばされた。
ザンッ!
鮮血が飛び散った。そして、彼の足元に「誰か」が転がった。
「ッ!おまえ…なん…で…」
「息子を…タス…けるのは…当…然の…こと…で…しょ…」
そう言った「誰か」の正体は、彼の母親だった。
「早く…逃げ…なさい…」
「お前は…おれのことが嫌いなんじゃ…」
「実の…息子を…嫌える…わ…け…ないでしょう…」
「生きて…ヘンゼル…あなた…だけは…」
「母さん!母さんっ!」
「生きな…ければ…」
ドスッ
そう言った瞬間、母親の首と胴が別れを告げた。
「あーあ、外しちゃったかぁ。でも、まあいっかぁ。どうせ殺すし。」
「あゔぁあっ!」
「君は…なんでっ!」
そこにいたのは、彼がこの世で一番好きだった人間…
…シンデレラだった。
「なぜ…俺が…あんな…人間に…まけっゲホッ…なんでっ…」
(みんなっ…死んだっ、のか…)
そして地面に倒れこむ。意識が朦朧とする。
(俺も…死ぬ、のか…
(いや…まだ…死ぬわけ…に、は…いか…ない…
(共存なんて…できる…はずも…なかったんだ…
(俺が…愚かだっ…たんだ…
(俺が…人間相手にっ…闘え…なかった…せい…でっ…みんな…死んだ…
(今度は…もう…ためらわねぇ…
(俺が…人間をっ…全て…喰い、つくしてやるっ…
(お…ぼ…え…て…ろっ…)
そしてそのまま昏倒した。