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ゾフィー婆やによる初夜指南!?

「えぇ!? 本当に結婚式をするんですか?」


暖かな昼下がり。エイミはリーズに誘われて、中庭で遅めのランチをとっていた。ちょうどトマス爺ご自慢の白薔薇が見頃を迎えていて、それはそれは優雅に咲き誇っていた。

白いレースのクロスの上に並ぶのは、バスケットいっぱいの焼き立てパンと贅沢に蜂蜜をいれた紅茶。

まるで貴族のご令嬢にでもなったかのような気分だ。


リーズは当然だといった顔で、大きく頷く。

「そりゃそうよ。あんなんでも、ジーク様はハットオル公爵家の当主だもの。お役人や少ないけど付き合いのある貴族仲間へのお披露目は必要でしょ。それになにより……」

「なにより?」

リーズの真剣な顔に、エイミはごくりと唾を飲んだ。

「私が見たいもの! 結婚式ってやっぱり憧れよね。それに、あの強面のジーク様が花婿だなんて……絶対、絶対、見たいわ! エイミ、結婚式をしてくれなきゃ、お母さまとは呼ばないわよ」


エイミは悩んだ。リーズにお母さまと呼んでもらえないのは、なんの問題もない。もとより、子供達の母親になろうなんておこがましいことは考えていない。お世話係くらいに思ってもらえれば、御の字だ。


問題なのは……そう、結婚式だ。エイミだって女に生まれた以上、結婚式への憧れは抱いている。綺麗に着飾って、みんなに祝福されて、さぞかし素敵な時間なのだろう。

だが、エイミの知っている結婚式とは、あくまで故郷の村のそれだ。すべてが手作りのささやかな祝宴だ。


公爵家の結婚式など、エイミには未知のものすぎるし、役人や貴族達に自分ごときがお披露目されるなんて……考えただけで、卒倒しそうだ。

「や、やっぱり私、この結婚は辞退すべきなんじゃ……」

「なにをいまさら、びびってるのよ」

リーズは呆れ顔だ。

「だって、こんなのが花嫁だなんて、ジーク様の評判にかかわるんじゃあ」

「大丈夫よ〜。ジーク様そういうの全く気にしないし! というか、すでに残虐公爵だなんて散々な評判だしね」

「け、けど、私、貴族の礼儀作法とかそういうのなんにも知らないですし」


(そうよ。大恥かいたあげく、ジーク様の評判を地に落とすに決まってるわ)


「だあいじょうぶよ!」

リーズはエイミに向かって、にっこりと微笑んでみせる。

「そのためにスペシャルな助っ人が飛んでくるって」

「へ?」

「ふふっ。厳しい修行になると思うけど、頑張ってね、お母さま」


数日後、スペシャルな助っ人が遠路はるばるやってきた。

ジークは苦虫を噛み潰したような顔で、彼女を見た。

「ゾフィー。腰痛をしっかり完治させるまでは故郷で養生しろと言ったはずだが……」

「いいえ。坊ちゃんの結婚となれば、黙っているわけにはいきません」

ゾフィー婆やは白髪の小柄な老婆だった、腰痛のためか杖をついている。が、療養中だとはとても思えないほど、発する声はかくしゃくとしている。


ゾフィー婆やは、エイミをじろりとにらみつける。エイミはびくりと肩を震わせた。

(これは、もしかしなくても……嫌われてる?)


「平民の娘、だそうだね」

「は、はい! 女中として雇われて、ここに来ました」

「ふぅん。女中から公爵夫人とは、うまいことやったもんだ」

「は、はぁ……いえ、そんなつもりでは!」

嫌味を言われていることに気がつくのが、エイミは普通の人より一歩遅い。

ゾフィー婆やは、ふんと鼻をならす。

「まぁ、それはいいさ。坊ちゃんを結婚する気にさせてくれたのなら、平民だろうが異国人だろうが、万々歳だ。私がいくら言っても、頑として首を縦には振らなかったんだから、あんた大したもんだよ」


ジークが横から口をはさむ。

「ゾフィー。いい加減に、坊ちゃんはやめてくれ。いくつだと思ってるんだ」

「いくつになっても、坊ちゃんはゾフィーの可愛い坊ちゃんですよ」

ゾフィー婆やはジークを軽くいなすと、エイミを見据えた。

「平民の身で公爵夫人となるのは大変なことさ。基本の教養から社交界のマナー、領内のことはくまなく知っておく必要があるし、なにより大切なのは……」

「大切なのは?」

エイミはオウム返しに聞き返す。

「ひとつしかないよ。夜の作法さ。ハットオル家に養子は多いが、結婚した以上はジーク様の子を産んでもらわなきゃならん。いいかい、私がよ~く教えてやるから、あんたは言う通りに……」

「もう! お婆ちゃんてば、昼間からなんて話をしてるのよ。エイミちゃん、唖然としてるわよ」


あわてて、ゾフィー婆やの口を塞いだのは若い娘だった。栗色の髪と瞳、鼻の頭にポツポツと浮いたそばかすが愛らしい。おっとりと、優しげな雰囲気だ。歳はエイミと同じくらいだろうか。

「初めまして。孫娘のキャロルです。お手伝いで、三つ子の乳母をしてたのよ。いまは自分の子と、このお婆ちゃんのお世話で手いっぱいなんだけどね」

キャロルは困ったような顔で、ぺろりと舌を出す。

「世話なんか頼んどらんね」

ゾフィー婆やが毒づく。

「でも、私が見ていないと、すぐにこの城に帰ろうとするんだもの。本当に手がかかるんだから」


エイミは尊敬の眼差しで、キャロルを見た。

「子供がいるんですか?」

「ええ、そうよ。四年前に結婚して、二人の子を産んだの。下の娘が、ここの三つ子と同じ年よ」

キャロルはこの国の女性としては、ごくごく平均的な人生を歩んでいると言える。が、エイミにとってはその『普通』がとんでもなく立派なものに思えた。

「自分の子供かぁ……」

エイミには未知の世界だ。

「あら、そんな他人事みたいに! エイミちゃんだって、来年くらいには母親になってるかも知れないわよ」

「へ?」

「ほら、お婆ちゃんてば、そこに関してはすっごいやる気出してるし。あ、お婆ちゃんじゃ情報が古すぎるかしら。私でよければ、いつでも相談に乗るからね!」

キャロルは無邪気に笑いかけてくる。


(こ、子供? この私に? 誰の? って、ジーク様しかいないか! いや、でも、ジーク様と私が?)


エイミの頭は、完全にパニック状態だ。

ジークは挙動不審に陥ってる彼女に声をかけた。

「エイミ、大丈夫か?落ち着いて……」

肩にかけられたジークの手を、エイミは力強く振り払ってしまう。

「ぎゃあ! えっと、その、大丈夫です。全然、大丈夫〜。あはは、はは」

エイミは不気味な笑顔と不自然な動きで、ジークから離れていく。

(うわ〜ん。いま、ジーク様の顔は絶対に見れない! 恥ずかしくて、死ぬ。絶対に死ぬ!)


ジークは振り払われてしまった手を、複雑な気持ちで見つめていた。


とにもかくにも、結婚式までの半月の間、エイミは公爵夫人の心得&夜のお作法をゾフィー婆やとキャロルから指南してもらうことになったのだった。











次回は結婚式かな〜

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