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突然のプロポーズ

エイミがハットオル家での暮らしにすっかり慣れたころ、事件は起きた。

その日、リーズやナット、アンジェラは家庭教師について勉強をしていた。ジークとアルは領地の視察で不在だった。エイミはいつも通り、三つ子の世話をしながら、掃除に励んでいた。


「よし、窓はピカピカで完璧だわ。それじゃあ、三つ子達とお昼ご飯にしようかな〜」

エイミはトマス爺が朝のうちにこしらえてくれたサンドイッチを、三つ子達には野菜を柔らかく煮たスープを作ってあげようか。


(ジーク様とアルも午後には戻ると言ってたから、スープは多めに作っておこう)


エイミは三つ子達を連れ、ご機嫌で厨房に向かった。


「うん。トマスさんには到底及ばないけど、美味しくできた!」

エイミは味見をおえたスープを、鍋ごと食卓に運ぶ。


「はい、こっちはマクシム。こっちはレオルドのよ」

三つ子達を椅子に座らせ、スープをいれた器を置く。

食事はやんちゃなマクシムと食いしん坊のレオルドを優先し、おっとりしているシェリンには少し待っていてもらうのがいつもの流れだ。

彼は三人のなかでは一番食が細く、食べさせるのに時間がかかるのだ。


「わっ。吐き出したらダメよ、マクシム。ほら、お口拭いて。あらら、レオルドはいっぺんにお口に入れすぎよ。ほら、少し出して」

エイミはレオルドの口を開かせようとするが、怒ったレオルドに指をがぶりと噛まれてしまう。

「〜〜っ。い、痛い……」

エイミは指を押さえながら、悶絶した。レオルドはまだ前歯しか生えていないのだが、それでも十分な攻撃力だ。

一緒に食べようとエイミの分もスープをよそっていたが、この調子では食べるころには冷たくなっているだろう。


シェリンはおとなしく待っていてくれている。と、エイミは思いこんでいた。

エイミの見ていない間に、シェリンは椅子をすり抜け、テーブルの上をハイハイしながら進んでいたのだが……それにはまったく気がついていなかった。


「ただいま〜。腹が減ったぞー」

ドカドカという靴音とともに、アルの声が聞こえてくる。ジークとアルが戻ってきたのだろう。

エイミはダイニングルームの入口に目を向けた。そして、そのとき初めて気がついた。シェリンが鍋に手をかけようとしていることに。


「あぁっ」

エイミはあわてて手を伸ばしたが、一歩遅かった。

ガチャンと鍋が倒れる音をかき消すような、シェリンの悲鳴が響いた。


「どうした?」

悲鳴を聞きつけたジークとアルがダイニングルームに駆け込んでくる。

エイミは彼らの問いかけには答えず、熱々のスープを足にかぶってしまったシェリンを抱き上げ厨房へと走り去る。

流し台にシェリンを座らせ、冷たい水をザーザーとかけ続けた。それでもシェリンの泣き声はやまず、足は真っ赤に腫れ上がっていた。


「火傷か! すぐに医者を呼ぶから、それまでシェリンを頼む」

状況を把握したジークがエイミの背中に声をかけた。

エイミは泣きながら頷いた。

「すぐに。一秒でも早く来てもらってくださいっ」


エイミの要望通り、すぐに医者が駆けつけ、シェリンを連れていった。

エイミはその場から動けず、呆然と立ち尽くしていた。


(なんてことを……私が目を離したばっかりに。そもそも、鍋をテーブルに置くなんて、うかつとしか言いようがないわ)


後悔ばかりが頭をよぎる。どのくらい、そこにいただろうか。

ふと気がつくと、ジークが戻ってきていた。

「エイミ。お前の手も真っ赤だ。医者に診てもらうから、おいで」

言われて初めて、エイミは自分の左手も腫れていることに気がついた。

シェリンを抱き上げるときに鍋にでも触ったのだろうか。

「私は大丈夫です。痛くもなんともないですし」

「痛みがなくとも、きちんと処置をしないと跡が残るかもしれないぞ」

「……私の手なんて、どうでも。それよりシェリンの足が……あのキレイな肌に傷跡が残ってしまったら、どうしよう」

エイミの目に、また涙が浮かぶ。

(あぁ、私が泣いたってどうにもならないのに。あんなに小さな子に怖い思いをさせてしまった)


「いいから。さっさと来い」

ジークは怒りを滲ませた声で言って、エイミを引きずるようにして医者の元へと連れて行く。


火傷はエイミが思っていたより重症だった。皮膚が剥けてしまっていて、完治まで結構な時間がかかるらしい。


「君は直接、鍋に触ったな。さっきの子供よりよほど酷いぞ。でもまぁ……目立つような跡が残ることはないだろう。この薬を毎晩きちんと塗りなさいな」

医者はそう言って、小さな丸い薬入れを差し出した。エイミはそれを受け取りながら、彼に問いかける。

「あの、シェリンは大丈夫でしょうか?」

「あぁ、あの子の方は大したことはない。すぐに患部を冷やしたのもいい対応だったね」

エイミはほっと、心の底から安堵した。

不吉な黒髪・黒い瞳で、どのみち嫁にいくあてもない自分はいまさら傷跡がひとつ増えるくらいどうってことはない。シェリンが無事なら、それでいいのだ。


その日の夕食の席でのこと。シェリンはすっかり元気を取り戻し、エイミに笑顔を向けてくれた。

アルからはたっぷりの嫌味か厳しい叱責を受けるだろうと覚悟していたのに、「火傷、ひどいんだって? 怪我が治るまでは無理しなくていいよ」などと、彼らしくもない優しい言葉をかけられて、エイミはかえって困惑してしまった。


ジークは夕食の間中、難しい顔をしていた。エイミはシェリンに怪我させてしまったことを謝りたかったが、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。

食事を終え、食器を下げようとしていたエイミにジークが声をかける。


「エイミ。大事な話がある。悪いが、この後俺の部屋に来てくれるか」

「……はい」


薄々覚悟はしていたが、やはりショックだった。だけど、当然の結果だろう。


(養子とはいえ、仕える主の子供に怪我をさせてしまったんだもの。クビになるに決まってるわ)


エイミは悲壮感たっぷりの顔で、ジークの部屋をたずねた。

三つ子達はベッドの上で、キャッキャッとはしゃいでいた。が、シェリンの足に巻かれた包帯が痛々しい。


「あの、ジーク様。シェリンに怪我をさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。熱い鍋を子供のそばに置くなんて、言い訳のしようもありません」

エイミは深々と頭を下げた。

「そのことはもう気にするな。シェリンは幸い軽症だったし、それはエイミの処置がよかったからだと医者も言っていた。これからも三つ子の世話をよろしく頼む」

「えっ? クビじゃないんですか」

エイミの言葉に驚いたのは、ジークの方だ。

「そんなこと思ってもいないぞ」

「けど、ジーク様とても怒ってましたし」

「それは、お前が自分を大切にしないからだ」

エイミは訳がわからなかった。

「では、大事な話とは?」

クビでなければ、減給だろうか。といっても、エイミの給金分はすべて両親に渡っている。あの両親がいまさらお金を返してくれるだろうか。


「とても大事な話だ。よく聞いてくれよ」

「??」

よくわからないが、エイミはとりあえず頷いた。

「エイミ、俺と結婚してくれないだろうか?」


ジークのその言葉は、エイミには異国の言葉のように聞こえた。意味を理解するのに、ずいぶんと時間がかかった。理解したらしたで、今度は頭が真っ白になってしまった。


「け、結婚?」

ようやく、オウム返しにそれだけ言った。

「そうだ、俺と結婚して欲しい」


エイミは開いた口が塞がらなかった。


(ジーク様は熱でもあるんだろうか。頭がどうかしてしまったとしか思えないわ……)























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