寝かしつけは忍耐!
ジークは会話下手という設定だったのですが、意外とよく喋る(笑)
エイミは空気読めない系ですね。
その夜。エイミはジークの私室で、三つ子達を寝かしつけていた。ジークはその様子を眺めながら、たくさんの書類に目を通したり、判を押したりといった作業をしている。
「あの……」
エイミは一番寝つきの悪い、甘えん坊のシェリンを抱っこしながらジークに声をかけた。
「なんだ?」
ジークの声は、いつだって穏やかで優しい。
「お仕事中なら、三つ子達は私の部屋で寝かせましょうか? 気が散りませんか?」
「いや、もう終わるから大丈夫だ。お前に学び、寝かしつけをマスターしたいしな」
「子供達が眠くなるのをひたすら待つだけで、そんな特別な技はありませんが……それなら、待ってますね」
エイミの腕の中で、シェリンのまぶたがゆっくりと下りてくる。寝入る直前の子供というものは、どうして
こんなにも可愛いのだろうか。シーツの上をゴロンゴロンと転げまわって遊んでいたマクシムとレオルドの動きも徐々に鈍くなってきている。三人とも、そろそろおねむの時間のようだ。
「よしっ、終わった! エイミ、俺もなにか手伝うぞ」
大きな声でそう言うジークを、エイミは慌てて制した。唇に人差し指を当てて、しーと小声で伝える。
三つ子達が眠りかけていることに気がついたジークは、大きな身体を小さくして足音をたてないようにゆっくりとエイミに近づいてきた。
「今夜もなんの役にも立てなかったな」
ジークがすまなそうに言う。
「そんなことないですよ! 三つ子達はジーク様が傍にいると安心するみたいですし、それに……」
「なんだ?」
「寝かしつけはまだ完了してません!」
ジークは三つ子達を見比べながら、不思議そうに首をかしげる。
「そうか? 三人とも、もう眠ったように見えるが」
「マクシムとレオルドは大丈夫です。でもシェリンは……」
エイミは振動を与えないようにゆっくりとシェリンをベッドにおろす。
が、頭がお布団につくやいなや、シェリンは顔を歪めて、ふぇ〜ふぇ〜
と泣き出した。
「ん? 寝てなかったのか?」
ジークがシェリンの顔をのぞきこむ。
「抱っこして寝かしつけると、高確率でこうなります」
「ほっといていいのか?」
シェリンの泣き声はどんどん大きくなる。他のふたりが起きてしまわないかと、ジークは焦り気味だ。
「まずはこんな感じで……」
エイミはシェリンの背中をトントンと規則的に叩いてやる。すると、シェリンの泣き声は少しずつ小さくなり、スースーという寝息にかわった。
「おぉ!」
ジークが小さく感嘆の声をあげる。
スー、スー、スー。シェリンの寝顔は穏やかだ。
が、次の瞬間、突然火がついたように泣き出した。さっきまでより、ずっと激しい泣き声だ。
エイミはすぐにシェリンを抱き上げた。
「抱いて寝かしつけるのはダメなのではなかったか?」
ジークの言葉に、エイミは苦笑する。
「ダメじゃないですよ。一番よく寝てくれる方法です。けど、一番失敗もしやすいです」
「では、どうするんだ? 一晩中抱いておくわけにもいかないだろう」
「寝ついたらお布団に置くというのを、成功するまで繰り返します。いつかは成功しますから。まぁ、成功するときには日がのぼってるようなこともありますが」
「……修行のようだな」
「はい! 忍耐あるのみですよ」
結局、三回目のチャレンジでようやくシェリンは眠りについた。
「……忍耐だな」
「このくらいなら上出来です。三つ子ちゃん、いい子ですよ」
エイミは気持ち良さそうに眠る三つ子達を眺めながら、目を細めた。
ジークも三つ子達を見つめる。
「この子達は生まれてすぐに親を亡くしてる。役人が保護したときには、もうダメだろうという話だったんだが……」
「よかったですねぇ。きっと強い星の元に生まれてきたんですね」
赤子というのはつくづく不思議なものだ、とエイミは思う。ものすごく弱々しく見えるし、実際にひとりではなにもできない。にもかかわらず、時々こちらが驚くような生命力の強さを見せるときがある。
「将来、なにか立派なことを成し遂げるのかもしれないですね!」
エイミの言葉に、ジークも強く頷いた。
「あぁ、きっとそうなる」
「三つ子達はゾフィーさんがお世話してたんですよね? きっと心配しているでしょうね」
「そうだ。ゾフィーと彼女の孫娘が乳母代わりに手伝いに来てくれてな。三つ子はゾフィーに懐いてたから、ゾフィー自身も離れるのを嫌がったんだが……三つ子は俺に任せて養生しろと無理やり郷里に帰した。けど……やっぱり、俺ではダメだな」
ジークは狼のたてがみのような銀髪をグシャグシャとかきまぜた。
どう見ても、子育てに不慣れな公爵自らが三つ子と寝食を共にしているのはそういう事情があったのか。ジークはゾフィーのことも三つ子のことも、とても大切にしているのだ。
「そんなことないですよ! ジーク様の愛情はきっと三つ子に伝わってます」
「そうだろうか……。俺はこんな顔だから、昔から女や子供には怖がられてばかりでな」
「怖くなんてないですよ!」
エイミは声をはりあげた。
「いや、えっと……正直に言えば、私も最初は少しだけ怖いと思ったんですが」
「エイミは正直だな」
ジークはくすりと笑った。
「でも、子供達を見る目がとっても優しかったから。この人はいい人なんだなってすぐにわかりました!」
口ではなんとでも言える。嘘や、心にもないことをスラスラと喋れる人間はたくさん存在する。けれど、目はあまり嘘をつけないものだ。興味や関心を持っているか、心から喜んでいるか、愛情があるか。眼差しからは、そういうものが如実に伝わる。人の顔色をうかがうことの多かったエイミは、そのことをよく知っている。
「それに、ジーク様の目つきの鋭さや顔の傷なんて……私の髪や瞳に比べれば可愛いものですよ」
エイミは自虐的に言って、笑った。
ジークはエイミの顔をじっと見つめた。あまりに長いこと見つめられたので、エイミはなんだか落ち着かなくなった。
「あの、あんまり見ると、呪われるかも……いや、私の力で呪ったりはできないんですけど! でも、こんな黒髪で縁起が悪いのはたしかですし」
焦れば焦るほど、発言もめちゃくちゃだ。
考えてみれば、エイミは誰かにこんなにまっすぐな眼差しを向けられたことなんて、初めてだった。
気味が悪いからと、エイミと接するときは誰もが伏し目がちだった。
ジークの大きな手がエイミの頭に伸びてきて、お団子にしている黒髪に触れた。
「いつもまとめ髪なんだな。たまには、おろしたらいいのに」
「いやいや。少しでも人の目に触れないように、この髪型にしてるんです」
エイミは長い黒髪をいつもきっちりとお団子にしている。そうすると、正面からだとあまり黒髪が目立たないからだ。外に出るときは頭にスカーフを巻くことも多かった。
「艷やかで神秘的で、キレイな髪だと思うがな」
ジークはふっと微笑みながら、そんなことを言う。
「え、えええ〜? 無理しなくていいですよ! この髪が気味悪いのは、私自身もさすがに自覚してますから」
喜びよりも申し訳なさが勝った。ジークは優しいから、エイミを慰めようと頑張ってくれているのだろう。
だが、ジークは意外な話をはじめた。
「黒が不吉な色だというのは、我が国特有の価値観だ。俺は若い頃は戦争で色々な国を遠征していたが、国民の大多数が黒髪という国もあったぞ。そこでは、エイミのような艷のある長い黒髪が美女の条件だった」
「そ、そんな夢みたいな国があるなんて! 世界は広いんですね〜」
エイミは目を丸くして、驚いた。黒髪だらけなんて、エイミにとっては楽園のようだ。
「そうだ、世界は広い。世界に出れば、お前の黒髪は気味悪くなんかないぞ」
「世界かぁ。いつかその国に行ってみたいです」
「うん、異国は面白いぞ。戦争がなくて平和なのは良いことだが、俺は世界のあちこちに行くのが好きだから、最近は少し物足りない」
六年前、隣国との大きな戦が終結した。それ以降は小さないざこざはあるものの、平和な状態が続いている。
ジークはエイミに異国での色々な思い出を語ってくれた。知識の乏しいエイミにもわかりやすいように話をしてくれるから、とても楽しくて時間を忘れてしまいそうだった。
それに、エイミはジークの声が好きだ。穏やかで優しい低音はいつまでも聞いていたくなるほど、心地よい。
更新が遅れぎみで申し訳ありません!
遅いですが、きちんと書きますので気長に待っていていただければ幸いです。