職業 お掃除兼子守り係
ノービルド領はかなり広く、区域ごとに管轄する役人がいるという仕組みです!役人はジークの部下のような感じですかね。
ジークの体力を根こそぎ奪った三つ子達はいまだにエイミの足元で、すやすやと寝息をたてていた。
それを見たアルがつぶやく。
「それにしても、ゾフィー婆やしかダメだった三つ子が烏ちゃんには懐いたのか……奇跡だな」
「うむ、この娘は熟練の子守り技術の持ち主だ。ぜひ、教えをこいたい」
ジークは大袈裟にエイミを褒め称えた。
「いえいえ。熟練なんて、そんなたいそうなものじゃ!下に兄弟が多かっただけです。それに、本来ならそろそろ自分で子どもを産んでなきゃいけない歳なのに、すっかり行き遅れちゃって……いや、遅れても嫁げるのならいいんですけど、私の場合は……」
自虐モードに入ってしまったエイミは、ジークのきょとんとした視線に気がつき、はっとする。
(しまった。こういうぐじぐじしたところが余計に鬱陶しいと村のみんなにも言われてたのに)
黒髪のせいか、生来の性格なのか、エイミは必要以上に自分を貶めてしまう癖があった。そして、それが皆から疎まれる原因のひとつでもあった。
「行き遅れ? 俺もアルもお前より歳上だが、伴侶はいないぞ。トマス爺も独り身を貫いてるし、この城の人間はみんな行き遅れてるから、なにも気にすることはない」
ジークはいたって真面目な顔でそんなことを言った。フォローとかではなく、本気でそう思っているようだ。
公爵という身分を持つジークや美形のアルと、エイミとでは立ち位置が全く異なると思うのだが……ジークはそんなことは考えもしないようだ。
「いやいや。僕は結婚できないんではなく、していないだけですから! ジーク様やトマス爺と一緒にしないでくださいよっ」
アルが口を尖らせるが、すかさずリーズにつっこまれる。
「アル。そういう言い訳は余計に惨めな感じになるから、やめたほうがいいと思うの」
「断じて、言い訳じゃないね! 僕はその気になれば、明日にでも結婚できる」
アルとリーズはとてもいいコンビのようだ。アルがずっと年下のリーズに言い負かされているのが、なんだかおかしかった。
エイミはふと視線を上げて、ジークを見た。
「あの、公爵様。改めて、お世話になります。よろしくお願いします」
「公爵様はよせ。ジークでいい」
「……では、ジーク様と」
「うん。そっちのほうがいい」
そう言って、ジークはふっと口元を緩めた。それは、笑顔というには、ややぎこちないものだったけれど、エイミの心をじんわりと温めてくれた。
(不思議……最初は怖い顔だと思っていたのに、いまは全然そんなこと思わない)
こうして始まったエイミの新生活は、悪くないものだった。エイミの担当は掃除と子守りだ。
城は広いので掃除は大変だが、毎日全ての部屋をする必要はないとジークが教えてくれた。
三つ子はすっかり懐いてくれて、とても可愛い。しっかり者のリーズはエイミにも親切で、色々と教えてくれる。アンジェラとナットには気味悪がられている(嫌われている?)ようだけど、これから少しずつ仲良くなろうと、エイミにしては前向きなことを考えていた。
「お疲れさん。夕食は小鹿のローストだよ。それに野菜のスープ」
ふくふくしい丸顔をしたトマス爺が、厨房からエイミに声をかけた。
「ありがとうございます! わぁ、いい匂い。なんて贅沢」
エイミはうっとりした顔で答えた。
「今日の料理は自信作だ。あとで感想を教えてくれ」
「はい!」
いやしいかもしれないが……貧しい村で育ったエイミには、トマス爺の作る食事は三食すべてがご馳走だった。
今日の鹿肉料理も絶品だ。舌の上で、肉がとろけていくようだった。
「お、美味しい。こんなに柔らかいお肉なんて、食べたことないです」
そもそもエイミの村では、肉を口にする機会など年に一度あるかないかという程度だった。
穀物を薄く焼いたパンと豆類やくず野菜のスープ。それが食卓の定番だった。
「トマス爺の料理の腕は、ノービルドいちだからね。烏ちゃんが故郷の村で嫁になんて行ってたら、一生食べることは叶わなかった味だろうね」
なぜかアルが誇らしげにしている。
「……たしかに。そう考えると、私だけがこんなに美味しいものを食べて、村のみんなに申し訳ないですね」
殺される運命。村のみんなはそう信じていたから、エイミを送ったのだ。こんな贅沢が許されると知って
いたら、他にも立候補したい娘はたくさんいたはずだ。
エイミの心中を察したのか、アルが言った。
「村のみんなは烏ちゃんのおかげで、自分達は残虐公爵の魔の手から逃れられたと思ってるんだから、
win-winじゃないか。なにを気にすることがある?」
「それはそうですけど……」
「いい子ぶりっこは鬱陶しいよ」
アルは冷たく言い放つ。
アルは厳しい。本質を鋭く見抜いてくるからだ。
エイミは黒髪のせいで、幼いころから人に好かれることがなかった。そのせいか、「せめてこれ以上は
嫌われないように」と必要以上に人の顔色を窺ってしまう。少しでも好かれたくて、必死でいい子の振りをする。でも、アルのように賢い人間にはすぐに見抜かれてしまうのだ。村でも同じだった。
「アル、口が過ぎるぞ」
ジークはアルをたしなめた後で、エイミに視線を向けた。
「この食事は、エイミの労働に対する正統な報酬だ。誰に遠慮する必要もない。堂々と食べろ。……三つ子はゾフィーにしか懐かなくてな、俺はたいそう困り果てていた。お前が来てくれて、本当に助かったと思ってる」
「……はい」
そんなにお喋りが得意そうではないジークが、エイミを励まそうと一生懸命に話してくれる。エイミにはそれが嬉しかった。
「それから、お前の村が貧しく肉を食べられなかったというのなら……それは領主である俺の責任だ。税が重すぎるのか、土地が悪いのか、すぐに管轄の役人に確認してみる」
「いえいえ! そんな必要は……えっと、村はたしかに裕福ではなかったですけど、貧しいってほどでも……」
領主であるジークを批判するつもりではなかったのだ。エイミはあわてて首を横に振った。
だが、村が貧しくないと言い切るのは嘘になる。
「いい子ぶりっこというのが、本心を隠すことと同義なら、アルの言うことも一理ある。俺はお前の本心が知りたい」
ジークは誠実に、エイミに語りかける。
いい子でなくても、きっと彼ならば受けと止めてくれる。そんな気がした。
エイミは勇気を出して、自分の思いを言葉にした。
「ジーク様が悪いなんて、これっぽっちも思ってません。これは本心です。でも……村は貧しくて、役人の取り立てる税は重すぎるとみんなが思っていました」
「ふむ。税は適正値にしているつもりだったが……計算方法が悪いか」
「管轄の役人がかすめてるんじゃないですかね? 最近、妙に羽振りのいい奴が多い気がしますよ」
アルが助言する。
「そうか。エイミの村だけでなく、領内すべてで一度チェックする必要があるな」
「では、そのように手配します」
「うん。頼んだぞ、アル」
「あ、ありがとうございます!」
エイミはジークとアルに頭を下げた。
「村のみんなもお肉を食べられるようになったら嬉しいです」
エイミは微笑んだ。
「みんなねぇ。本当に村の全員にって思ってる? 嫌いな奴とかいるんじゃないの」
アルが意地の悪いことを言う。
「うっ。苦手な人はいましたけど、美味しいお肉はみんなに食べて欲しいと思って……あれ? こういうのがいい子ぶりっこで駄目なのかな」
「アル。あまりエイミをいじめるな」