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ハットオル家の人々

「ジーク様! アルがただいま戻りましたよ〜。ん?」


所用から戻ってきたアルは、主の部屋の扉を開けて絶句した。


「なんじゃ、こりゃ」


立派なベッドがあるというのに、ジークはでかい図体を丸めて床に転がっているし、掃除をしているはずの新入り女中は図々しくも、すやすやと眠っている。そして彼女の腕枕を奪い合うかのように、三つ子がかたまって丸くなっている。


アルはスタスタとエイミの元へ向かうと、かがみこみ、彼女の頬をぎゅっとつねった。

「烏ちゃん! 大事な大事なお掃除はどうなったのかな〜」


エイミははっと飛び起きた。顎をつたうよだれの存在で、自分が寝こけてしまったことを悟った。

目の前では、アルが凶悪な笑顔を浮かべている。


「わっ、ごめんなさい! つい、うっかり……」

「ついうっかり主の部屋で寝てる女中なんて、僕は初めて会ったなぁ」

「うぅ。ごめんなさい。掃除は今からでもやりますから」

「今からじゃ、朝になっても全部屋終わらないじゃないか」


「こら、アル。その娘を責めるな」

騒ぎで目を覚ました大男が立ち上がりながら言った。

「その娘が子守りを代わってくれたのだ。おかげで俺は久しぶりによく眠れた」

大男はうーんと大きく伸びをした。

やはりアルと比べても、相当に背が高い。


「それは結構ですが、公爵ともあろう方が床で寝るなど……」

アルの苦言に驚いたのは、エイミだった。

「えぇ〜? 公爵? この人が?」

「そう、この方がジーク・ハットオル公爵だ。君ごときが部屋に入るなど無礼きわまりないことだよ」

「この人が公爵様……」

エイミは心底驚いていた。

「ジーク様じゃなきゃ、誰だと思ってたんだ? この城にはほとんど人がいないと言ったろ」

「はい。ですから、庭師のトマスさんかと……」

「トマス爺は御年60だ。それも言わなかったか? ジーク様はまだ27歳だぞ。どうしたら、そんな勘違いがおきるんだ?」

「そうですよね……お爺さんにしては、若々しいなぁと私も思って」

「……烏ちゃんはナチュラルに無礼だね。ジーク様、怒っていいところだと思いますよ」

アルが大男、もといジークを見上げた。

「別に。なにも気にしていない」

ジークは口をへの字にしたまま答える。

「嘘だ。その顔は結構ショックを受けてますね」


(ショック……だったかな? 27歳を60歳と間違うのはやっぱり失礼だったよね。27歳には全然見えないけども)


エイミはいまさら自分の失態に気がつき、後悔した。


「あの、公爵様。本当に失礼しました。まさか公爵様が子守りをしているとは思わなくて……それに、公爵様は極悪非道だって噂が……あっ」

エイミはまたもや失言をしてしまったことに気がつき、あわてて両手で口を塞ぐ。


「アル〜! ジーク様いた?」

ちょうどその時、開け放たれていた扉から利発そうな少女がひょっこりと顔をのぞかせた。14.5歳といったところだろうか。

続いて、彼女と同じ年頃の男の子と4.5歳くらいに見える天使のような美少女が手を繋いであらわれた。


「なに、この女? 黒い髪なんて、気持ちわるっ」

エイミを見て、そう言ったのはやんちゃそうな少年だ。

「ナット。初対面の人に失礼よ。それに、容姿とか本人の落ち度でないところを貶めるのは子供のすることよ」

そう言って、彼をたしなめたのは利発そうな少女だ。利発そうというか、確実にエイミより賢いのは間違いないだろう。

「口うるさいな、リーズは」


「えっと、気にしないでください。私のこの髪は、大人もみんなそう言いますよ。実際、アルさんにも言われましたし」

エイミは自分の髪をひとふさ、つかみながら言う。

「それは僕が子供じみてると言いたいわけか?」

「いえ、そういうわけじゃ」

どうやらアルはイジメっ子気質のようだ。そして、エイミは昔からいじめられっ子タイプだった。


「なにが気持ち悪いんだ?」

心底わからないといった顔で、ジークが首をかしげた。

「こいつの髪、気味悪いじゃないか。夜の闇の色だぞ」

ナットと呼ばれた少年が答える。

「そうか? 俺は昼より夜が好きだがな」

「ジーク様、変わり者だからねぇ」

リーズがクスクスと笑う。


「で、この人は誰なの?」

小さな天使がエイミを指差しながら、アルにたずねた。


「そうだね。とりあえず紹介しようか」

アルがひとりずつ、名前を紹介していく。

「この烏みたいな子は新しい女中で、あれ? 名前なんだっけ?」

「エイミです」

「だって。ゾフィー婆やの代役として、掃除とか雑務とか色々やってもらう予定」

「よろしくお願いします」

エイミはぺこりと頭を下げた。


「長女のリーズは15歳。この城のことは、とりあえず彼女に聞くといいよ」

「長男のナット、14歳。やや早めの反抗期に突入中さ」

「次女のアンジェラ、5歳。たいそうワガママで、僕も手をやいてる」

「末っ子の三つ子はマクシム、シェリン、レオルドだ」


「わ〜賑やかでいいですね! 私のうちも兄弟がたくさんで、とても賑やかでした」

「私達は血の繋がりはないけど。あ、もちろん三つ子は除いてね」

リーズが言う。

「あ、そうなのですか?」

「うん。私達はみんな孤児だったの。私は十年前のゴゥト王国との戦争で親を亡くした。三つ子は昨年の飢饉でね」


「ジーク様は領内の孤児を引き取って養子にしているんだ。だから、兄弟はこれからも増えていくだろうね」

アルが誇らしげに説明する。

エイミは尊敬の眼差しを、ジークに向けた。


「ノービルドの領主様が、こんなにご立派な方だとは、ちっとも知りませんでした。噂とは大違いですね」

照れくさいのか、黙りこくってしまったジークにかわり、アルが答える。

「そうだね。ジーク様は女嫌いだから、わざわざ攫ってきたりしないよ。戦争以外の場面で人を殺したこともないし、なんなら虫を殺すのもためらってるくらいだね」

「雇われた女性がみ〜んな出ていってしまうのは事実だけど、それはアルがいじめるからだしね」

リーズがつけ加える。

「人聞きの悪いことを……僕は相応の能力の人間を雇いたいだけさ」


「あの、なんで噂を訂正しないのですか? うちの村では、公爵様はとても酷い人だって、みんな信じ込んでますよ」

だからこそ、エイミがここに送りこまれたのだ。残虐公爵でなければ、エイミよりも美しくて、賢い娘を送っただろうに。


「噂は好きに流させておけ」

ジークは短く言ったが、エイミは訳がわからなかった。領主が優しく立派な人物だとわかれば、領民はみんな喜ぶのではないだろうか。


エイミの怪訝そうな顔で察したのか、ジークは言葉を続けた。

「我がノービルド領は、南北に細長く、三カ国と国境を接している。いまは比較的情勢が安定しているが、いつまた攻め込まれて、戦いになるとも限らない。だから、ノービルドを守る俺は、極悪非道だと広く伝わっていたほうが都合が良いのだ」

「な、なるほど! そうなんですね、私みたいな庶民には考えが及ばない深い理由があったのですね」


エイミは感銘を受けたが、それを見ていたアルは首をすくめて、ため息をついた。

「なんだか格好いいこと言ってますけど、そんなの建前で、本音はただただ人付き合いが苦手なだけですよね」

「アル。余計なことは言わなくていい」


(……まだわからないことも多いけど、とりあえずなぶり殺しにされることはなさそうだわ)


エイミは賑やかなハットオル家の人々を前にして、ふふっと笑ってしまった。

ついていないこと続きの人生だったけど、今回ばかりは、ものすご〜くついていたのかも知れない。

























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