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三つ子と大男

子育て、現実はもっと過酷ですが……コメディなのでマイルドにしてます!

その部屋はエイミに与えられた部屋の何倍も広く、陽当りがよく、調度品も立派なものばかりだった。

が、いまは床の上に乱雑に物が散らかり、カーテンは引きちぎられ、泥棒にでも入られたのかと思うような、ひどい有様だった。


よく見れば、散らかっているのはオムツ、おもちゃ、タオルやおくるみといった子供関連のものばかりだ。

さらに、子供そのものも転がっている。1歳になるかならないか、そのくらいの男の子がふたり。床に仰向けに転がって、手足をバタバタと全身をめいいっぱい使って暴れている。泣きわめき過ぎたのか、ふたりとも顔を真っ赤にしている。


ふたりが泣いている理由はすぐにわかった。きっとヤキモチだ。


転がるふたりの真ん中に、大きな男が立っていた。アルもすらりと長身だが、彼よりもさらに頭ふたつ分くらいは大きそうだ。その彼の肩にもたれるようにして、もうひとり、男の子が幸せそうな顔ですやすやと寝息をたてていた。


きっと泣いているふたりは、ひとりだけ抱っこされている彼に、ヤキモチをやいているのだろう。


突然あらわれたエイミに、大男は怪訝な眼差しを向ける。


「なんだ、お前は……」

地獄の底から響いてくるような、ドスのきいた声だった。

(ひいっ! こ、怖い!!)

怖いのは声だけではない。大男はエイミの村に度々降りてきては、村人を脅かしていた野性の狼にそっくりだった。長い銀髪にあちこち傷だらけの身体。右頬には大きな切り傷があった。青灰色の瞳が、じろりとエイミを睨みつける。


「あの、新しく女中になったエイミと申します。えっと……ご挨拶は後できちんとしますので、とりあえずふたりを抱っこしてもいいですか?」

大男も怖いが、泣きわめいて呼吸困難になりかけているふたりの男の子が気がかりだ。

エイミは大男の返事を待たずに、素早くふたりを抱きかかえた。


両手にぴったり同じ重さ。左右のバランスが取りやすい。


「わぁ。体重が同じくらいだから、ふたり抱っこもしやすいわ」

エイミはふたりを見比べながら微笑んだ。抱っこに安心したのか、ふたりの大泣きは止んだ。とはいえ、まだメソメソ、グズグズはしているが。

「ほーら、グルグルだよ〜」

言いながら、エイミは自身がくるくると回ってみせる。右手にかかえていた男の子がキャッキャッと楽しそうな声をあげる。けど、左の男の子はまだグスグスと涙を流していた。

「うーん。君はなかなか手強いね。じゃあ今度は反対回りだ〜」

エイミはさっきよりスピードをあげて、反対側に回り出す。


「お、おいっ。危なくないか? 落ちたら大変だっ」

大男が慌てたようにエイミに駆け寄ってくる。

「大丈夫ですよ〜。ほら、こうして肘から先を全部使って、腰から背中を支えてるんです。あとは自分の腰をストッパーにしておけば、完璧です!」

エイミは大男に子供の楽ちんな抱き方を伝授する。エイミが見る限り、彼は子守り初心者のようだ。抱っこの仕方がぎこちない。

「ほぅ……そんなものか」

彼は感心したように頷いた。


「それにしても、そんな牛蒡みたいなガリガリな腕でふたりも抱えては大変だろう?」

「全然大丈夫ですよ! 妹のアイリーンは泣き虫だったから、6歳になるまでずっと抱っこしてましたし。こんな小さな子なら、ひとりやふたりや三人……あっ、三人は言い過ぎでした。三人ならおんぶ紐が必要です」

「見かけによらず、逞しいな」

「はい!農作業は体力と腕力が命ですから」

エイミが言うと、大男はふっと少しだけ、口元を緩めた。

佇まいはものすごく怖いが、悪い人ではなさそうだった。


それに、よく見れば、エイミより彼のほうがよっぽど弱っているようだ。顔は青白いし、目の下には大きなくまができている。心なしか、頬もこけているような気がする。


「あの、もしかしたら具合が悪いんじゃないですか? 顔色が良くないですよ」

「いや、具合は悪くない。俺はすこぶる健康だ」

「そ、そうですか。なら、いいんですが」

そのとき、大男があくびをかみ殺したのをエイミは見逃さなかった。


「あっ!わかりました。夜泣きで寝不足なんですね? そういえば昨夜も泣き声が聞こえてましたし」

「いや、大丈夫だ。戦の最中など、何日も眠れないことなどよくあることで……」

「そういう非常時と一緒にしちゃダメですよ! 子供のいる生活は日常なんですから。はい、私が三人を見ておくので少し寝てください」


エイミは自分が抱っこしていたふたりをおろすと、とりあえずおもちゃを与えておく。そして、大男の抱っこしている子を奪うようにして抱き上げた。すると、ちょうどその子が目を覚まし、エイミをじっと見つめた。


「か、可愛い! というか、よく見たらお顔がそっくり。三つ子ちゃんだったのねー」

三人は蜂蜜色の美しい巻き毛を持つ美形兄弟だった。

「いいなぁ。なんて、綺麗な髪!」

忌まわしい黒髪のエイミにとっては、美しい金髪は憧れそのものだ。


「というわけで、あちらのベッドで少し休んでくださいね。起こして欲しい時間があれば、言ってくださ……」

エイミは男を振り返ったが、彼はすでに柱に背中を預けて座りこんでいた。エイミが子供を預かったことで、気が抜けたのだろうか。


エイミは彼に近づき、傍らにしゃがみこむ。規則正しい寝息が聞こえてきた。


(あら、ずいぶんと若々しい)


大男の寝顔は、なんだか、少し可愛らしかった。


「いくら私が腕力に自信があっても、あなたをベッドに運ぶのは無理ですよー」


エイミは小声で大男にささやいた。そして、ベッドから毛布を拝借してきて、彼にかけてやった。

「おつかれさまです」

エイミはにっこりと微笑んだ。


顔はものすごく、ものすごく怖いけど、こんなに疲れ果てるまで子供の相手をしてやったのだ。彼は優しい人間に違いない。

それに……エイミの黒髪を見て、眉をひそめなかった人は初めてじゃないだろうか。そんなささいなことが、エイミにはとても嬉しかった。


「さて、なにして遊ぼうか!」

エイミは今度は三つ子に向かって、笑いかける。

こんなに小さな子を相手にするのは、久しぶりだ。楽しみなような怖いような……。


定番の『高い、高い』、部屋にあったなにやら高級そうなおもちゃ、そこらへんに転がっていた麻袋でネズミの人形を作ってやったり……全力で遊んで、遊びのネタが尽きる頃には三人ともずいぶんとエイミに慣れてくれた。


「キャーキャー」

「キャハハ」

明るい陽の差し込む部屋に、無邪気な子供の笑い声がいつまでも響いていた。


その光景は、かつてエイミが夢見ていたものだった。


(寝ている彼が私の夫で、この子達が私の子供だったらな)


「……なんてね」

エイミはほんの一瞬、そんな妄想をして、すぐに首を振った。

あたたかで幸せな家庭は、自分には手に入らないものなのだ。

いつまでも追い求めていても、辛くなるばかりだ。
















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