困った訪問者3
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なんでゾーイが来ることになったのだろう。
エイミにはそれが疑問だった。彼は村長の息子で、金には困っていないはずだ。こういった出稼ぎ的な労働は、村のなかでも特に貧しい家の者が出されることが多い。エイミ自身がそうだったように。
そんなことを考えている間に、全員の自己紹介が終わっていた。
「さっきの彼が同郷の?」
ジークに問われ、エイミはこくりと頷いた。視線はゾーイに向けたままだ。良く言えば華やか、悪く言えば成金趣味で品が無い。彼は村にいた頃と少しも変わっていないように見える。
「では、せっかくだからこちらのテーブルに呼ぼうか。懐かしい話もあるだろう」
ジークがそんな風に言ってくれた。彼の気遣いはありがたく思うが、本音を言えばエイミはあまり気乗りしなかった。
理由は単純。エイミは彼が苦手なのだ。
気味の悪い容姿をしている自分を避ける人間の気持ちは理解できたし、仕方のないことだと諦めてもいた。だが、ゾーイのようにわざわざ虐めにくる人間はエイミには理解不能だった。
「気味が悪い」
「貧乏くさい」
「可愛げがない」
彼は顔を合わせる度にそんなことを言って、エイミにつっかかってきた。
それなら放っといてくれればいいのに。何度、そう思っただろうか。いや、思っただけでなく口にしたこともあった気がする。それでも彼はしつこくエイミを虐め続けた。そういえば、エイミを烏と最初に呼んだのはアルではなく彼だった。
とはいえ、ジークの心遣いを無下にはできない。それに、エイミには村の皆や家族の近況を聞きたい気持ちもあった。
呼ばれるとすぐに、ゾーイは飛んできた。ジークや子供達へ挨拶もせずにエイミの向かいに座りこんだ。
エイミは一応愛想笑いらしきものを浮かべて、彼を迎えた。
「びっくりした。久しぶりだね、ゾーイ。元気にしてた?」
ゾーイは質問には答えず、ずいっと身を乗り出すようにしてエイミにすごんだ。
「妻って、どういうことだ? 女中として働きに来たって聞いてたけど」
「あぁ、うん。そうだけど……色々あって……」
「大体、なんで俺のいない時に村を出たりするんだよっ」
「そんなこと言われても……」
ゾーイの父親である村長に行けと言われたから従ったのだ。そもそも、村を出たときにゾーイが不在だったなんて、エイミは気にも留めていなかった。
(うぅ。やっぱりゾーイは苦手だな。なんだか話がうまく噛み合わないし)
噛み合わない理由は、互いの認識の相違だろう。エイミはゾーイとは特に仲が悪かったと思っている。が、ゾーイは自分はエイミにとって唯一の友人だったと信じているのだ。
どちらかが正しく、どちらかが間違えているというわけではない。エイミはネガティブ過ぎ、ゾーイはポジティブ過ぎるのだ。
ゾーイとの会話はまったく噛み合うことなくしばらく続いたが、家族が元気にしているらしいことだけは、なんとか聞き出せた。ちょうどそのタイミングで、トマス爺にデザートとの配膳を手伝って欲しいと頼まれ、これ幸いとエイミは席を立った。
厨房に向かう途中で、ちらりと席を振り返った。ジークとゾーイがふたりだけで、皆と少し離れた場所に取り残されている。
(ゾーイ、ジーク様に失礼なことしたりしないかしら。いや、相手は領主様だし、さすがにそれは大丈夫……よね)
一抹の不安を振り切って、エイミは厨房に入って行く。
ジークはエイミの友人である少年ーー年齢的には青年と呼ぶのが正しいのだろうが、彼はなんだか幼く見えるのだーーに視線を向ける。
ずいぶんと線が細いな。
ジークはゾーイに対して、そんな印象を抱いた。どう見ても、肉体労働には向いてなさそうだ。彼は堤防工事に耐えられるのだろうか。
筋肉がほとんどついていないゾーイの二の腕を見ていると、そんな心配が頭をよぎった。
ジークがその心配を率直に口にすると、ゾーイからは意外な答えが返ってきた。
「俺は堤防工事のために来たんじゃない」
「そ、そうなのか?」
ジークは困惑した。工事は数名ずつのグループを作り、グループ単位で作業を進めてもらう予定なので、急な欠員は困ってしまう。
が、ゾーイの細腕では大した戦力にはならなそうだし、彼の穴は自分が埋めればなんとかなるだろう。ジークはそう思い直した。
「では、なにをしに来たんだ? 無理やり出されたのか?」
嫌がる者を無理に引っ張ってきたというのなら、役人を諌める必要があるだろう。
ゾーイは挑むような目つきでジークを見据えた。
「エイミを返してもらいにきた」
「は?」
「エイミは俺と結婚するはずだったんだ。俺のものだ。だから、返してもらう」
ゾーイはきっぱりと告げると、席を立ちジークに背を向け、歩き出した。
ジークはぽかんと口を開けたまま、なにも言い返せずにゾーイの背中を見送る。放心状態だった。ゾーイに放たれた台詞がぐるぐると頭の中をめぐっているが、ジークの心はそれを受け入れることを拒んだ。
「結婚……エイミが、彼と……」
ジークにとって受け入れがたい現実ではあったが、ゾーイが嘘をついているとも思えなかった。エイミと彼とは似合いの年頃で、許嫁であってもおかしくはない。それに、彼を前にしたときのエイミの様子が少しおかしい気がしていたのだ。笑顔がぎこちなく、どこか無理をしているように見えた。許嫁との予期せぬ再会だったと思えば、それも納得がいく。
エイミは結婚の予定などなく行き遅れだったと語ったが、この城に奉公に来た以上はそう言うしかなかったのかも知れない。
知らなかったこととはいえ、自分があの二人の仲を引き裂いてしまったのだろうか。
ジークはひどく落ち込み、そして悩んだ。
苦手な酒を、あおるように飲んだ。
デザートの配膳を終えたエイミがジークの元に戻ってきた。
「私は先に部屋に戻ります。ジーク様もあまり飲みすぎず、早めに戻ってきてくださいね」
ジークは顔を上げ、エイミの顔を見た。彼女はいつも通り、穏やかに笑んでいる。ジークは激しく狼狽した。心がふたつに引き裂かれるような、初めての感覚を味わった。
理性とエゴがぶつかり合う。
エイミと彼の幸せを、もし自分が奪ったのならば、返さなければならない。
そう思う気持ちは嘘ではない。だが一方で、なにも聞かなかったことにしてしまいたい。幸せな毎日を、やっと見つけた愛する女を失いたくない。
そう強く願う自分もいた。
「……悪いが、俺は書斎で仕事を片付けるから、先に休んでてくれ」
エイミの顔は見れなかった。
「では、なにかお手伝いできることがあれば……」
気遣うようにそう言ってくれたエイミを遮り、「いらない」と短く切り捨てた。
エイミが寂しげに肩を落したのを気配で察したが、なんのフォローもしてやれなかった。
エイミが自分から離れていく。ジークはまた酒をあおった。元々好きでもない酒の味がよりいっそう不味く感じられた。苦虫をかみつぶしたような顔で、ジークはグラスを見つめていた。




