リーズの恋
美味しそうな匂いがエイミの鼻をくすぐる。テーブルの上に並ぶのは、蒸し野菜のサラダ、赤豆のスープ、南方風に薄く焼いたパン、そして今夜のメインディッシュの魚料理だ。
その夕食の席で、ジークはにこやかに宣言した。
「今日はとても楽しかった。俺は決めたぞ。月に一度くらいは、こうして皆でどこかに出かけよう」
今日のピクニックが彼はとても気に入ったようだ。エイミは大賛成だったが、ナットがうぇっと舌を出した。
「俺はパス。付き合うのは今回だけって言ったろ」
「そうか……。ナットはつまらなかったのか」
ジークがあからさまに落ち込んだ顔を見せるので、ナットは少し慌てたように言葉を繋いだ。
「いや、つまるとかつまらないとか、そういうことじゃなくて……俺はもう家族でピクニックってほど子供じゃないし」
「あぁ、それもそうだな。じゃあ、次は男らしく鷹狩りにしようか」
ジークはにこにこ顔で、そう提案した。ナットは自分の主張が全く伝わっていないことを悟り、がくりと肩を落とした。
エイミがどうフォローすべきか考えていると、リーズが先に口を開いた。
「違うわよ、ジーク様。ナットは思春期ってやつで、家族でお出かけとかそういうイベントが恥ずかしいお年頃なのよ」
「ほぅ。そういうものなのか?」
ジークはナットに問いかけるが、ナットは「別に」とそっぽを向いてしまった。
こういうとき、声を荒げたり、暴れたりしないあたり、ナットはとても良い子だとエイミはしみじみ思った。
「まぁ、ナットの気持ちもわかるわ。私もナットももう子供ではないもの」
リーズが言うと、アルが鼻で笑った。
「どっからどう見ても、子供だよ。リーズもナットも」
「失礼ね! そんなことないわよ。ナットはともかく、私は精神的にはもう大人だわ。もう数年もすれば、結婚だってできるんだし」
リーズが珍しくムキになっている。
「まぁリーズは所帯じみてるし、結婚は今すぐにでも出来るかもな」
ナットがフォローなのかどうなのか、よくわからない発言をして火に油を注ぐ。
「結婚? 無理、無理。こんな子供を嫁に欲しがる男がどこにいるんだ」
アルの台詞を契機に、いつものごとくふたりの喧嘩が始まりそうなところで、ジークが唐突に「あ、思い出した」と言った。
「なにをですか?」
エイミが問うた。なんの話にせよ、話題が変わるのは大歓迎だ。
が、ジークの発言はエイミが想像もしていなかったことだった。
「リーズに縁談の話をもらったんだ。先日の結婚パーティーに来てくれた客のひとりで、王都に屋敷をかまえるバーティ伯爵という方だ。彼が息子の嫁にリーズをどうかという話が出たんだ」
ジークはバーティ伯爵について、リーズに語って聞かせた。
身分はさほど高位ではないが、商売上手で、王都にある屋敷はとても立派なものなのだそうだ。
なにより、バーティ伯爵夫妻の人柄の良さは折り紙付きだ。
夫人のほうがパーティーでリーズを見て、息子に是非との話だった。
「彼らの息子なら、きっと優れた人物だと思う。とにかく、まずは、リーズ本人の意向を聞いてからと思っていたのだが……」
エイミとの新婚生活にかまけて、すっかり忘れていたのだ。ジークはリーズにすまないと侘びた。
アルはふふんと馬鹿にしたように笑う。
「そんなの酒の席でよくある、社交辞令みたいなものでしょう。どうせ、本気じゃないですよ」
「そうかな。そんな風には思わなかったが」
「ジーク様みたく、お世辞も嫌味もさっぱり理解しない人には、そりゃわからんでしょうよ」
アルは苛ついた様子で、ジークにまで悪態をついた。なぜアルが機嫌を損ねているのか、エイミにはよくわからない。
「えっと、リーズはまだ15歳ですよね? まだ早いんじゃないでしょうか」
エイミのいた村では女の子は16、17にもなれば、適齢期と言われていたが、上流階級はもう少し遅めだと聞いたような気がする。
「あぁ。もちろん、すぐに結婚というわけではない。二、三年の婚約期間を経て、それからだろうな。バーティ伯爵の息子もまだ16歳だというし」
エイミはそれを聞いて、少しほっとした。ふたりは似合いの年頃なのか。上流階級にありがちな、ものすごく年の差のある結婚なのではないかと心配していたのだ。もちろん、年が離れていても幸せな夫婦はたくさんいるのだろうが。
「もちろんリーズが嫌なら断るぞ。
俺は政治的な野心とかは全くないから、変な気は遣うなよ」
「そもそも、ハットオル家のほうが格上ですよ。小金持ち程度の家との縁談なんて、こちらにはなんのメリットもない」
アルはいつも以上に刺々しい。
リーズはじっと黙ったまま、ジークの話を聞いていた。だから、喜んでいるのか、嫌がっているのか、さっぱりわからない。
しばしの沈黙の後、リーズはきっと前を睨みつけると、「受けてたつわ、その縁談」と高らかに宣言した。まるで決闘の申し込みを受けるかのようなノリで、エイミはリーズの様子に少し違和感を覚えた。
だが、先方も社交辞令ではなかったようで、すぐにでも顔合わせをしてみようということで話が進んでいった。
「ねぇ、エイミ。これとあっちなら、どっちがいいかしら?」
リーズは顔合わせに着ていくドレスを選んでいる最中だ。
紺色の少し大人びたドレスと、スミレ色の優しい雰囲気のものとで、悩んでいるようだ。
どちらも品が良く、リーズによく似合いそうだ。エイミがそう伝えると、リーズはますます悩みはじめた。
「うーん。背伸びしているって思われるのは嫌だけど、年相応のものを着たら、やっぱり子供っぽいし……いっそのこと赤や黒にしてみようかなー」
リーズはドレスを次々と引っ張り出してきては、何度も着替えをしている。後から出してきたものより、最初に迷っていたニ着の方がずっと素敵だ。エイミはそう思ったが、黙ってリーズを見守っていた。
ここ数日、リーズはとても張り切っていた。服や靴はもちろんのこと、バーティ伯爵の息子のことも色々と調べて、当日なにを話そうかと作戦を練っている。嬉しくて舞い上がっているようにも見えるのだが……エイミはうーんと唸った。
(というより、無理してはしゃいでる?)
本当は縁談なんて嫌なのだろうか。だとしたら、ジークにそれを伝えるべきか。いや、それこそ余計なお世話ってやつだろうか。
(こんなとき、本当のお母さんなら、リーズの気持ちを分かってあげられたのかなぁ)
リーズの気持ちに寄り添ってあげたいのに、肝心の本心がわからない。エイミは自分の力不足を実感して、しゅんと肩を落した。
次回はリーズ目線になりそうです!
リーズとアルのコンビは大好きなので、とても楽しいです




