結婚式本番!
ジークと一緒に選んだドレスを試着したエイミは、リーズとキャロルの前に立った。
わぁと歓声をあけだのは、キャロルだ。
「似合う、似合う! 清楚で素敵だわ〜」
「そうねぇ。ちょっと地味な気もするけど、あえてって感じで逆におしゃれかも」
リーズも納得したようだ。
故郷の結婚式を思い出しながら選んだのは、シンプルな白いドレスだ。足首の見えるすっきりした丈と、広がり過ぎないスカートのラインが、控えめでエイミ好みだった。
とはいえ、彼女が知らないだけで、このドレス、実は結構いいお値段だったりする。シンプルなデザインながら、安っぽくならず洗練された印象を与えるのは、最高級シルクを一流の技術で仕立てているからなのだ。
「このドレスなら、靴はこのストラップのついたやつで決まりね」
キャロルが靴を選んでくれる。
「アクセサリーはどうするの? エイミ」
リーズの問いには、ジークが答えた。
「アクセサリーはつけずに、髪に花を飾る。エイミの故郷の伝統なんだそうだ」
「まぁ、いいわね! 色とりどりの花で花冠を作ったら、エイミちゃんの黒髪にきっと映えるわ」
「じゃあ、トマス爺に頼んで、当日の朝にお花を切ってもらいましょ」
ふたりはあれやこれやと細かいところまで、話をつめてくれる。
エイミひとりじゃ、とてもこんなに段取り良くはいかないだろう。
「あ、あの! リーズ、キャロルさん、私のために本当にありがとう。
ふたりの期待に応えられるように、結婚式は全力で頑張ります!」
エイミはぺこっと勢いよく頭を下げた。『私なんか』と言いそうになるところも、がんばって飲み込んだ。
リーズとキャロルは顔を見合わせて、ふたり同時にくすりと笑った。
「うん、頑張ってね!」
「でも、頑張りすぎて完璧な花嫁になっちゃうと、エイミらしくなくてつまんないわ」
こうして、ドレスや靴や、ゾフィー婆や作の色気5割増しの香油やら……着々と結婚式の準備は進んでいった。
そして迎えた結婚式当日。子供達もみんな正装だ。リーズとアンジェラはお揃いの水色のドレス。ナットも鮮やかなブルーのスカーフタイを首に巻いて、なにやら神妙な面もちをしている。白いブラウスを着た三つ子達は天使のようだ。
数少ない、もとい、厳選した招待客も続々とハットオル家の城に到着し始めている。
家族と、ジークが親しくしている部下や貴族仲間がほんの数名程度の公爵家としてはささやかすぎる宴だった。
エイミはゾフィー婆やとキャロルに手伝ってもらい、身支度を整えていた。というより、正確にはふたりのなすがままだった。ゾフィー婆やに甘い匂いのする香油を全身に塗りたくられている間に、キャロルがテキパキとエイミの長い髪を結い上げていく。髪が終わったら、ドレスを着て靴をはく。お化粧もキャロルの担当だ。
最後に、リーズが届けてくれた花冠を頭に載せた。
「せっかくだから、胸にもね」
キャロルはそう言って、エイミの胸元に一輪の淡いピンクの薔薇を飾ってくれた。
(お姫様にでもなったみたい)
「エイミ、準備はいいか?」
トントンと扉をノックする音から少し遅れて、ジークの声が届いた。
「完璧ですよ」
ゾフィー婆やが答える。
「では、参ろうか」
扉が開いて、ジークが姿を見せた。
一体いつの間に用意したのだろうか。花婿の正装に身を包んだジークは、初めて見る凛々しさだった。
ジークもエイミの花嫁姿を見て、目を細めた。
「よく似合うぞ、エイミ」
「ジーク様もとっても素敵です」
ふたりは互いを、うっとりと見つめた。
「はいはい、そういうのは夜、好きなだけ、やってください。とりあえず、皆様お待ちですから急いでくださいよ」
いつも以上に見目麗しいアルが、ふたりの間に割って入る。
結婚式の前に、ジークが招待客を紹介してくれた。ノービルドのお役人や隣地の領主などだ。エイミの黒髪に誰もが驚いていたが、ジークに気を遣ってか言葉にはしなかった。
最後に、ジークが紹介してくれたのはいかにも都会的で洗練された青年だった。
「古い友人のヒースだ」
ジークが友人という言葉を使ったのは、彼にだけだ。
「は、はじめまして。エイミと申します」
ヒースはエイミの全身を遠慮なくジロジロと眺めると、にんまりと笑った。
「なるほどね〜。うんうん、初々しくてかわいい花嫁じゃん。よろしくね、エイミちゃん」
ジークとは大違いの軽さに、エイミはちょっと面食らった。
「よ、よろしくお願いします」
「むっ。このドレスは、七番街でいま一番人気のオフィーリアのデザインだね。流行最先端の都会的なドレスなんだが、君が着るとずいぶんと牧歌的な雰囲気になるなぁ」
「は、はぁ……」
エイミはなにがなんだかわからず、曖昧に相槌をうった。
「おおっと! 決して、悪口ではないよ。むしろオフィーリアの新境地なんじゃないかと考えていたところで」
「ヒース、喋り過ぎだ。エイミが疲れてしまうだろう」
一向に口を閉じる気配のないヒースをジークが制した。
「過保護だなぁ……あっ、わかった!一足早いおめでたってわけか」
ヒースはひとりでうんうんと納得している。大いなる勘違いなのだが、面倒なのでジークは否定しなかった。
「そろそろ式がはじまるから、もう行こう。ヒース、また後でな」
ヒースから離れたところで、エイミはジークにささやく。
「面白い方ですね」
「両親同士が友人だったんだ。変な奴だが、悪い奴ではない。ああ見えて、王族の遠縁で血統だけは一流だ」
エイミはもう一度、ヒースをちらりと見た。すらりと均整が取れていて、立ち姿も洗練されている。
(アルといい彼といい、ジーク様のまわりは美形ばかりだわ)
ハットオル家の敷地内にある小さな教会で、結婚式は滞りなく進められた。エイミはガチガチに緊張していたが、ジークのエスコートで歩くか、彼と一緒に頷くか、エイミに求められる行動はその程度なので、なんとかなっていた。
結婚式も終盤にさしかかったところで、神父が「では、指輪の交換を」と口にした。
この国では結婚の約束に指輪を交換する習わしがあった。上流階級の結婚の場合、その家に代々伝わる宝石を指輪に仕立てて、交換するのが一般的だ。庶民でも裕福な者は指輪を買ったりするそうだが、エイミの村にそんな金持ちはおらず、この儀式は省略されていた。
(え? 指輪? なんて……考えてもなかったけど……)
エイミは青ざめた。もしかして、とんでもない失敗をしてしまったのだろうか。
エイミの様子に気がついたジークが彼女の耳元に、唇を寄せた。
「用意してある、心配ない」
その言葉通り、神父の持つ木製のトレイの上には二つの揃いの指輪が載せられていた。銀のリングには細やかな彫りが施され、中央には大粒の黒い宝石、そのまわりを小さな透明の石がぐるりと囲むデザインだ。
ジークはエイミの手を取ると、指輪をそっとはめた。
「以前話した黒曜石という石だ。エイミの黒髪に似合うと思った」
エイミは自身の手元を、じっと見つめた。
(黒い色なんて大嫌いだと思ってたけど、こんなに美しい黒があるなんて……)
その黒い宝石はキラキラと光り輝き、信じられないほどに美しかった。宝石なんて知識も興味もなかったエイミですら、この輝きを、いつまでも見つめていたいと思うほどに。
結婚式編はあと一話で終わりそうです。




