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結婚式の準備

結婚式編は数話分続きそうです〜

「ほらほら、ジーク様もここはぜひ!」

リーズは躊躇うジークにはお構いなしで、彼を部屋に押し込もうとする。

「いや、俺は。女の服装のことなど、なにもわからないし」

ジークは部屋の前で、二の足を踏んでいる。

「わからないで済ませちゃダメよ!夫たるもの、似合うよとか綺麗だよとか、なにか声をかけなくちゃ」

「夫たるもの……そういうものか?」

ジークの眉がぴくりと動いたのを、リーズは見逃さない。ここぞとばかりにたたみかける。

「そういうものです! いわば、夫の義務ね」


ジークが責任とか義務といった言葉に弱いのは、もちろん承知の上だ。

「そうか。では……」

ジークは覚悟を決めたようで、部屋に一歩、足を踏み入れた。

この勝負、リーズの勝ちだ。彼女はジークの背中に向かって、ペロリと舌を出して見せた。


部屋の中を見渡したジークは、すでに足を踏み入れたことを後悔しはじめていた。

そこには、おびただしい数のドレス、白やら、赤やら、青やら……ジークには色の違い以外はさっぱりわからないが、とにかく、ものすごい数のドレスが並んでいた。


「これはいったい……」

「アルと私で、評判の良い仕立屋に片っぱしから声をかけて、持ってこさせたのよ」

リーズは誇らしげに鼻をふくらませた。続いて、キャロルが説明してくれる。

「結婚式のドレスを選んでいるところなんです。伝統的なのは白いドレスだけど、いまの流行はブルーなんですって。なんでも王妃様が結婚式で青いドレスをお召しになられたとかで」

王妃のドレスどころか、顔すらよく覚えていないジークは、返答に困ってしまう。

「うん、たしかにブルーも素敵! でも、エイミの黒髪にはあまり合わないような……いっそ、真紅はどう?」

「あぁ、いいわね! 大人っぽくて素敵だと思う。リーズちゃん、センスある! ほら、どうかしら? エイミちゃん、着てみない?」

キャロルは赤いドレスを数着みつくろうと、エイミの前で広げてみせた。


「いや、あの……」

楽しげなリーズとキャロルとは対照的に、エイミは浮かない顔だ。

「こんな豪華なドレス、絶対似合わないというか……触るのも畏れ多くてですね」

「もう! さっきからそんなことばっかり言って、全然決まらないじゃないの! ドレスを決めなきゃ、靴もアクセサリーも髪飾りも決められないのに」

「ひ、ひい〜」

リーズにまくしたてられて、エイミは目を回している。

「じゃ、じゃあ、一番安価なもので」

「え〜! そんな夢のない決め方、絶対反対!」



「ゾフィーはどうしたんだ?」

一番張り切っていたはずの彼女が見当たらない。ジークはキャロルに尋ねた。キャロルはくすくすと笑いながら、答えた。

「お隣の部屋にいますよ。ドレスよりその下の肌を磨くことが大事だって言って、あれこれと香油の調合を考えているみたい」


療養しろと言っているのに、と、苦々しく思いつつも、うるさいゾフィーがこの場にいないのはジークにとって好都合だった。


「悪いが、キャロルもリーズも席を外してくれないか?」

ジークの言葉に、ふたりが振り返る。その目は何故?と言っていた。

「エイミとふたりでゆっくりドレスを選ぼうと思う」

「それは良い考えですね。夫婦で選んだドレスなんて、素敵だわ」

キャロルは賛同してくれたが、リーズは不満げに口を尖らせている。

「ダメか?」

「一緒に選ぼうという心意気は立派ですけど、ジーク様のセンスにちょっと不安が残るというか。後でチェックさせてもらっても、いいですかね?」

「うむ。それはたしかに、リーズの言う通りだ。では、後で選んだものを確認してくれ」

リーズはキャロルを連れて、部屋を出て行く。


ドレスの海に取り残されているエイミに、ジークが一歩近づく。

エイミはびくりと身体を強張らせた。


(ダメだ。ドレス選びくらいで、忙しいジーク様の手を煩わせるなんて。でも、ドレスの選び方なんてわからなくて、どうしていいかわからない…)


エイミは泣きたくなってきた。けれど、ここで泣いてはますますジークに呆れられてしまう。エイミは必死に涙をこらえると、目についた適当なドレスをつかんだ。

「あの、これ、このドレスにします! もう決まったので、大丈夫です。ジーク様はどうぞ、お仕事に戻ってください」

「エイミ……それは多分、下着だと思うぞ」

エイミがつかんだのは、女性の腰を締め上げるためのコルセットと呼ばれる下着だった。亡き母親が苦しい苦しいとよく文句を言っていたことをジークは覚えていた。

「え? 下着? こんなにキレイな布が使われているのに?」

エイミはまじまじとコルセットを見つめ、首をかしげた。高級なシルク地に贅沢なレースがふんだんに重ねられている。コルセットの存在など知らないエイミには、豪華なドレスとしか思えなかった。


ジークはふっと微笑むと、エイミの手を取った。

「少し座って話をしないか? 俺の仕事のことは気にしなくていいから」

「は、はい」

ジークに触れられている右の手が、急に熱くなった気がする。自身の心臓がやけに早く打ちつけているのはなぜだろうかと、エイミは不思議に思った。


ふたりは赤いビロード張りのソファに、並んで座った。

「エイミは結婚式が嫌か? それなら無理せずともよいが」

そもそも、『結婚式は乙女の夢。挙げないなんて、エイミがかわいそう』とリーズが強硬に主張するからやることにしたのであって、肝心のエイミが嫌ならなんの意味もない。

「いえ、嫌と言うわけでは! 私も女ですから、人並みの憧れは持ってましたし」

エイミの答えはジークには少し意外なものだったが、気を遣って嘘を言っているわけではなさそうだ。

「そうか。では、そのエイミの憧れを聞かせてくれないか?」


湯水のように金を使うわけにはいかないが、こんな自分の妻になってくれると言うのだ。最大限、彼女の希望に沿ってやりたい。ジークはそう考えた。


エイミは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。

「……村でみんなが挙げていたような普通の結婚式に、とても憧れていました。こんな豪華なドレスではないんですけど」


村の結婚式は素朴なものだ。ドレスは母親の手製で、色はその家庭ごとにそれぞれだったが、貧しい村のことなので白が多かったように思う。

季節の花を髪に飾って、アクセサリーの代わりにした。料理は村中の女が総出で、精一杯のご馳走をこしらえた。


「……手製のドレスか。俺の手作りじゃ、ダメだろうか」

ジークが真顔でそんなことを言った。

「え? ジーク様、お裁縫ができるのですか?」

「いや、全くの未経験だが、エイミがどうしても手製のドレスがいいと言うのなら、なんとか! 何事もやってやれぬことはないと思う」

彼らしい男気あふれる言葉だが、ジークとお裁縫とは、なんと似合わないことだろうか。

エイミはふきだしそうになるのを、必死でこらえた。


「いえいえ。手作りにこだわってるわけじゃないんです」

どのみち、エイミの母は彼女の為にドレスを用意することはなかっただろう。そんなお金があれば、妹達に回したはずだ。

でも、ジークはエイミの為にドレスを作ると言ってくれた。それだけで、エイミは天にも昇るような気持ちだった。

「ジーク様の気持ち、すごく嬉しいです! ありがとうございます」

花がほころぶようにエイミが笑う。ジークは彼女のそんな笑顔を、やはりこのうえなく美しいと思った。

「では、やはり作ろう! 俺は不器用だが、アルは器用だからアルに手伝ってもらえればきっと完璧なドレスが……」

「いえいえ。忙しいジーク様にそんな手間はかけさせられません。でも、ワガママを言っていいのなら、村のみんなと似た雰囲気のドレスを選んでもいいでしょうか?」

「もちろんだ! どんなものがいい? これだけあるのだ。きっと似たものがあるだろう」


ふたりはドレスの海の中を、宝探しでもするような気分で、ゆっくりと歩いた。

「ええと、丈は短めで、宝石とかレースとかそういうのは全然ついてなくて…」

「うーむ、このへんは全部、ごてごてと宝石がついてるなぁ」


さっきまでの泣きたい気持ちは、あっという間にどこかへ飛んで行ってしまって、エイミはドレス選びを心から楽しんでいた。そして、そんな自分の現金さにちょっと呆れた。


(リーズとキャロルさんに後で謝らなきゃ。ふたりとも、私のためにあれこれアドバイスしてくれたのに)


どうせ自分なんかと、卑屈になっていたことを恥ずかしく思う。ここでは誰もエイミを邪険に扱ったりしていないのに。


(私なんかとウジウジするのは、もうやめないと。ジーク様やみんなに少しでも好かれる為に!)
































ブックマーク、ありがとうございます!

増えてると、調子に乗って執筆ペースが早まります(笑)

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