ジークの事情
おまけ的な短め小話です。
ジークは執務室で、仕事に精を出していた。半月後に結婚式を控えているので、様々なことを前倒しで進めておかねばならない。
そんな余裕のない主の横で、アルはのんびりとお茶をすすっている。
「はぁ〜今日も平和ですね」
「うむ」
忙しいジークは生返事だ。
アルはジークの顔をのぞきこみ、じーっと見つめる。
そこまでされれば、さすがのジークも気がつく。
「なんだ? なにか話があるのか?」
「話っていうかですね、本当に烏ちゃんを嫁にするのかな〜と」
アルにとって、すべての判断基準はジークだ。ジークさえ良いなら、はっきり言えば他の人間はどうでも良い。だが、そもそもジークは本当にこれで良いと思っているのだろうか。そこが疑問だった。
ジークは大きく頷いた。
「あぁ、もう決めた。反対しても無駄だぞ」
「いやぁ、別に反対するほどふたりの結婚に興味はないんですけどね……子守り上手な女ってだけなら、他にいくらでもいるんじゃないかと」
興味がないと言いながらも、色々と考えてしまうのはアルのジークへの愛ゆえだろう。
残虐公爵の名がひとり歩きをしているだけで、ジークはいたって心優しい男だし、なんといっても公爵の身分がある。本気を出せば、嫁くらいよりどりみどりだろうとアルは思っている。
(まぁ、顔は怖いけども、醜いわけでもないし。大体、女は最後は顔より金を取るもんだ)
アルはそんなふうに、ジークにも世の女性にも失礼なことを考えつつ、ジークの顔を見た。
ジークは恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「あの、ジーク様のそういう顔、逆に怖いんで、やめてください。で、なんですか? 烏ちゃんにこだわる理由がなにかあるんですね?」
ジークはますます顔を赤くした。顔に似合わない小さな声でぽつりと呟いた。
「……エイミが相手だとな、その……普通に話ができるんだ」
「はぁ?」
アルは呆れ返った顔で、主を見返す。
「この俺が、エイミとは、普通に話ができるんだ! 他の女とじゃ、こうはいかない」
「はぁ、まぁ、ど天然のジーク様と空気の読めない烏ちゃんは『一般人とのズレ』という点から、気が合うのかも知れないですね。けど……ジーク様、比較するほどその他の女性を知らないでしょうが」
ジークが会話する女なんて、リーズとアンジェラ、ゾフィー婆やくらいなものだ。キャロルにすら苦手意識を持っていることを、アルはもちろん見抜いている。
要するに、ジークは子供と老婆しか知らないのだ。
「いや、エイミがいい理由は他にもあるぞ」
「なんですか?」
どうせしょうもないことだろう。そう思いつつも、アルは一応聞くことにした。
「……エイミは美しい。初めて見たとき、驚いた」
アルの想像以上にしょうもなかった。
エイミは、あの黒髪と黒い瞳を抜きにすれば、悪くはない顔の造りだ。
が、それだって悪くないというレベルの話で、美女というにはかなり無理がある。
大体、女性の美貌を語るうえで、髪と瞳は抜きにはできない重要パーツだろう。
「あの髪は気にならないんですかね?」
「あの黒髪がエイミの魅力だ。俺は、珍しいものが好きだ」
まるで珍種の蝶を発見した少年のように、ジークは目を輝かせている。
(結婚って……こんなノリでいけるのか? まぁ、もうどうでもいいか)
アルはすっかり呆れてしまった。ここで、恋愛のなんたるかをジークに語って聞かせたところで、なんの意味もないだろう。アルは時間の無駄がなにより嫌いなのだ。
「じゃあ、まぁ、頑張ってクダサイ」
「うむ。ありがとう、アル」
アルに認められたと思ったのか、ジークは満面の笑みだ。
ふぅとため息をつきつつ、アルは執務室を出た。すると、どこからともなくリーズがあらわれアルに声をかけた。
「寂しい? ジーク様の結婚」
「僕が? まさか!」
アルは笑い飛ばした。
「あんなおままごとみたいな結婚で、大丈夫かと心配してやってるのさ」
「本当に素直じゃないんだから、アルは。私はあのふたりお似合いだと思うけどな。きっと良い夫婦になるわ」
「……だといいけどね」
ちらりと執務室を振り返って、アルは言う。
リーズはぶらさがるようにして、アルの腕にしがみついた。
「大丈夫よ。いざとなったら、私がアルのお嫁さんになってあげるから!」
「僕は死ぬほど理想が高いんだ」
「全然問題ないわ。私、あと数年したら完璧な淑女になる予定だから。まぁ、顔だけはアンジェラにちょっと及ばないかも知れないけど~」
アルは思った。リーズが完璧な淑女になれるかどうかは不明だが、彼女の観察眼の鋭さは疑う余地もない。
リーズがそう言うのなら、あのふたりは良い夫婦になるかも知れない。
ジーク目線のはずがアルが主役になってしまいました。




