みっちゃん(石田三成)「なぜこの誤った名に……」 なおえ「死友だから?」
みっちゃん「人違いじゃねーか!」
先の道真公ネタをうけての、人名取り違えの軽いネタ投稿をひとついれて、もろちんネタにいこうかなという次第です。
死友(読み)シユウ
ttps://kotobank.jp/word/%E6%AD%BB%E5%8F%8B-526177
〘名〙 死を共にしようと誓いあうほどの親友。死ぬまで友情で結ばれた友。
※菅家後集(903頃)詠楽天北窓三友詩「詩友独留真死友 父祖子孫久要期」 〔後漢書‐趙岐伝〕
「死友」の精選版 日本国語大辞典の用例は菅原道真の著作からです。
「図解 巫女」での菅原道真公のお怒りが炸裂したのか、「図解 巫女」が2011年4月に出版されて
試験絡みのトラブルが、2013年12月です。わりとタイムリー。梅にゆかりの菅原道真公に、松竹梅の竹、たけかんむりを冠して管原としたのが、菅原道長を讒訴したと言われる藤原時平の「とき」が筆名にある朱鷺田祐介とオカルト要素をむりくり積んでいきたい。梅ヶ枝餅の冷凍ものを通販してお供えしたいところ。
名前の誤りと言えば、石田三成に関連した武将に、よく名前を間違えられる武将がいます。
直江兼続
ttps://bit.ly/2ZkpgaL
直江兼続という武将がいます。「なおえ かねつぐ」です。
直江兼継。
完全に出オチ。
直江兼続の「続」の字が、大谷吉継の「継」の字になるという誤字です。直江兼続と大谷吉継は、生きた時代と戦場が重なっているため、武将や大名をまとめていると、辞書変換の都合でだんだんとまじってきます。石田三成と大谷吉継が死友の仲です。
監修:童門冬二。
童門冬二は著作に「小説 直江兼続」「参謀力 直江兼続の知略」「小説米沢藩の経営学 直江兼続・上杉鷹山・上杉茂憲-改革者の系譜」がありますが、さらっと「直江兼継」と間違っています。名前だけ貸したパターンなのかもしれません。
新紀元社の「図解 戦国武将」では、 「でなはく」だけでなく、「直江兼継」と、その横に「石田三成」でなく「石田光成」がいます。「明智光秀」の「光」との混同と思われます。
PHP研究所で石田光成が連発しています。津本陽も「石田光成」と名前を誤っていました。
漫画「花の君参る」は、あらすじ・解説文に直江兼継がいました。この、あらすじ・解説文は誰が書いているものか、あいかわらずわかりません。
津本陽の「石田光成」を見逃した幻冬舎で、13直江兼継と、今回トップでした。この本は3「斥侯」の本でもあります。いそぎばたらきの予感。
すずきあきらの2冊。1冊目で気がついておけば良かったパターンです。
石田三成に関する本を書く場合、大谷吉継と直江兼続を外すのは難しいため、直江兼継の登場になるのだと思います。
三国志で有名な吉川英治も直江兼継と書いていました。吉川英治は多作のため、誤字・誤植もかなりの数があります。
石田三成だけではなく、豊臣側で戦った真田幸村にまつわる土地の探訪本であろう「幸村くんと地取り散歩」で、
「真田雪村」とあるのは、たぶん雪村を探訪したためではないかと思います。
学研の歴史本は色々とアクロバチカな誤字がありますが、ベーシックな誤字、直江兼継もおさえています。
大谷吉継本のため、吉継を変換して、そのまま「直江兼継」になだれこんだのでしょう。
ワイも、このまま、「もろちん」ネタ投稿になだれこみたい。
おまけ よしみつ!
表紙にでっかく「足利義満」と書いてあるけど、解説文に「足利義光」。ありがちです。
京都本で、金閣寺解説にまぎれて「足利義光」。あとの一文に「義満」とも書いているので、最上義光を至近で変換した可能性があります。
他にも大胆な人物名か神様の名前の誤字ネタがありますので、またいつか。えー、た、たたりじゃ~ ってかんじのネタです。聖刻1092の神樹編ぐらいのネタにもなります。




