始
「う、うぅぷ……おぇえ……」
胃から苦いものがこみ上げ、僕は我慢できずにトイレで盛大にぶちまける。異臭を放つもので洋式トイレを汚していく。
「うぁ……」
本当に失敗した、と思っている。まさか酔い止めを持ってくるのを忘れるだなんて。もうどれほど時間が経過しただろう? 吐くだけ吐いたからか、少しずつ落ち着き、胃も静かになり始めた。
とりあえず水を流し、ずっと占領していた個室から出て洗面所の鏡で自分の顔を確認する……流石吐いていただけあって酷い顔だった。口の中をすすいで顔を洗うとひとまずは顔も気分もマシになったので、トイレを後にした。
廊下ですれ違う僕と同じ高校の制服を身にまとった若者たちからあいつ、顔色悪過ぎだろ……みたいな印象を持ったような目で見られながら外へ向かうために歩く。そんなに顔色悪いですかね、僕。
外は4月だからかもしれないけど少しだけ肌寒い。でも雲ひとつない青空が広がって鳥も何羽かの群れが飛んでいる。あの鳥は……カモメ? いや、ウミネコ? まぁどっちでもいいんだけど。
そしてそのまま手すりを掴み、下を見ると憎き海の姿。鼻に付く潮風の香り。神経を集中されるとすぐにわかる特有の揺れ。
僕は船酔いでさっきまでグロッキーだった、というわけ。
「まだ着かないのか……」
船が出てからそれなりに時間は経過したはずだけど、船内アナウンスは何も応えてくれない。胃に入っていたものはほとんど出したけど、また吐きそうになっちゃうじゃないか。
そんな僕の悲痛な声が届いてくれたのか、タイミング良く船内アナウンスが流れ、目的地が近いということを教えてくれた。ついでに聞いていないけど目的地の方角も。
見るだけ見てみよう、そんな野次馬にも似た考えで、僕は重い足取りの中で反対側の甲板へ向かう。ちくしょう、なんでこっち側じゃないん……。
口を抑える。胃がまた凄い勢いで収縮していく。あれだけ吐いたのにまた健在だった酸っぱいものがこみ上げてきたので、口を両手で抑え、今まで生きてきた中で一番早いと思うくらいの速度でトイレに向かう。
結局僕は目的地を見ることは叶わず、トイレの個室にまた篭った。




