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「あぁだめだ辛抱できない……」



 僕の横に座るメガネの男子生徒、山城 塔矢はイライラとした様子で机をトントンと人差し指で叩く。まるでタバコを吸えない人のようだ。



「山城、少しは我慢をだな」


「そう言っても4時間も嗅げないのは……いや無理!」



 僕が止めたのも無駄に終わる。山城は制服のポケットに丁寧にしまわれたあるものを取り出して勢いよく匂いを嗅いだ。



「あぁ、やっぱいいよなぁ。生理の血…」


「……さいですか」



 頭を抱えつつ、僕は視線を教室に移す。山城の奇異な行動を見て誰も咎めるつもりもない。気持ち悪いと嫌悪感を出す女生徒もいない。そもそも視線は最初の大声の時にだけ集まり、その後の視線は戻っていく。



 日常茶飯事。その言葉が適切な表現だった。



「よし、落ち着いた。やっぱり我慢ってのは人間良くないと思うんだ」


「おうそうだな、それより顔に血ついてるぞ」



 僕に指摘された山城は「まじか」と言いながらもう一度綺麗に使用済みのナプキンをたたんでポケットにしまい、制服の片方のポケットからティッシュを取り出して鼻周りについた血を丁寧に拭き取る。



「ごめんごめん、なんの話してたっけ、八軒」


「あーっと、なんだろね、忘れちゃった」


「そっか、記憶力の低下だな」



 いや記憶力云々の問題ではないんだけど、波風は立てたくないので「そうだねぇ」と適当にあしらいつつ、もう一度教室を見渡し、休み時間特有の喧騒を観察する。



 先生に頼まれたのだろうか、クラスメイト全員のノートを運ぶ女生徒がつい、机に足を引っ掛けてしまい盛大に転ぶ。



 女生徒はえへへ、と笑いながら周りのクラスメイトと共に落ちたノートを拾っている。



 またある生徒は昆虫ケースに入った蜘蛛の素晴らしさを愛らしそうに見つめながらとにかく別のクラスメイトに語る。



 またまたある女生徒は僕らの身長ほどある精巧な男性の人形に話しかけながら髪の毛を梳かしている。



 異常と思うだろう。おかしいと思うだろう。でもそれはここでは通じない。ここでの異常は正常なのであって、正常は異常なのだ。



 どこか物思いにふけつつ、僕は4月のことを思い返す。

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