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『神の篇帙』を取り返して、町に帰る道中──俺の混乱は解けないまま、ミアから少し距離を置いて歩いている。
「ハルマさん…どうかしました?」
「い、いや…なんでも、ないです」
「先程から急に敬語になりましたね…」
「そりゃあ…ミアが…ミアさんが国のお姫様だなんて思いもしなかったから…」
「今更ですよ、気軽に話してくれて構いません」
「だったら、ミアも敬語とさん付けやめてくれよ、なんだか、罪悪感があってむず痒いから」
「え、いや、不審者であるハルマさんに敬語を使わないのは、距離が縮まった感じがして嫌ですね」
まだ不審者扱いされてたのかよ!
一緒に戦った仲だろうに!
「冗談ですよ、じゃあ、その、ハルマ」
「お、おう」
なんだかこっちはこっちでむず痒いな。
恋愛経験皆無にして女の子耐性ゼロの俺にとっては、ミアの一挙一動が高威力だ──ギャルゲーとは大違い。
「『神の篇帙』についてなんだけど」
と、突然切り出してきた。
『神の篇帙』──ミアのおばあさん、アメリアさんが持つ宝具だったな。
しかし、その分厚い書物には、厳重にチェーンが巻かれ、黄金色の錠がかかっている。
だからつまり、この鍵を解かないことには、この『神の篇帙』を読むことはできないし、そもそもこれになんの意味があるかもわからない。
「その鍵なんだけど、多分、これじゃないかなって」
ミアが腰に巻いたポーチから取り出したのは、『神の篇帙』にかけられた錠と同じ黄金色の鍵だった。
絶対これじゃん!
「おばあさまから送られてきた、最後の手紙に入っていたの」
「最後の手紙?」
「そう、最後の手紙──そして、最期の手紙でもあった」
いや、でもだって──アメリアさんは町で待っているものだとばかり思っていたけれど、そうか、最初に『神の篇帙』が盗まれたとき、爆弾を使われたにも関わらず怪我人が出なかったのはそういうことか。
アメリアさんは亡くなっていたから。
「おばあさまが亡くなったのは四日前で、この鍵が送られてきたのは七日前。おばあさまの訃報を聞いて、葬儀に出るために、私とレバルムだけが王都から町へ来たの──お父様たちは国の仕事があるから」
言われてみれば確かに、一国の姫であるミアがこんな田舎町にいるのは違和感がある──レバルムさんもそうだ、燕尾服の執事とあの町はあまりにもミスマッチだ。
と、いうことは。
『神の篇帙』は、アメリアさんの遺品ということになる──その鍵をミアに託したということは、『なにかあったらその鍵で開けなさい』的なニュアンスがある。
まあ、本当にこの鍵が『神の篇帙』を開くためのものかは、まだわからないけれど。
「じゃあ開けてみるね」
「そんな軽い気持ちでいいのか!?」
「いいじゃん…手紙には何の鍵か書いてなかったから、気になってたし。それに一応、緊急事態ではあるし」
確かに、千刃教会に目をつけられてしまったということは由々しき事態だけれど、千刃教会にも、『神の篇帙』の鍵を解く術は今のところなさそうだった。
俺たちがその鍵を解いてしまったら、さらに狙われる理由になるような気がするのだが。
「がちゃ」
と。
ミアは軽快なオノマトペを口ずさんだ。
次に言うなら、チェーンが外れて地面に落ちる音だ。
じゃらじゃら。