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「この世界にも魔法はある?」
「ありますよ、当たり前でしょう」
残念ながら俺のいた世界にはなかったなあ。
俺はミアの三歩後ろを着いていく。
ミアもちょうど町へ帰るところだったらしく、こうして共に森の中を歩いている。
森といっても、獣道のようなところではなく、道は舗装されてるし、そんなに危険はなさそうだ。
「じゃあやっぱり、マナとかMPとかを消費して魔法を使うのかな」
「いや、そういうのはないと思いますけど…本当に知らないんですか?」
「本当に知らないんだってば。この世界のこと、詳しく教えてほしい」
「どのレベルから?」
「初等教育レベルから」
「はぁ…」
わかりやすくため息をつかれた。
しかし、マナやMPの概念がないとなると、どんな風に制限がかかるのだろう──個々人の能力に関係なく、魔法には使用制限があるとか?
さすがに使い放題ってわけじゃないだろうし(ゲームバランス的にも)。
それに多分、この世界の戦う術は魔法だけじゃない。
それは、目の前を歩くミアを見ればわかった──彼女の背には、鳥の羽のようなものがあしらわれた、蒼白の弓矢が折り畳まれて掛かっている。
美術館に展示されていてもおかしくないほどに綺麗だ。
「魔法とは、この世界に存在する一人ひとりに、ひとつだけある特殊な力のことです」
「ひとつだけ?使える魔法は一種類だけなの?」
「そうです。必ずひとりひとつ──例外はありません」
「じゃあその能力って、呪文を唱えて火や水を出したりできるの?」
「いや…火や水を操る魔法はありますけど、それらを何もないところから生み出すという魔法は、私の知る限りはありませんね。それに呪文もいりません」
うーん。
俺の知ってる魔法とは少しニュアンスが違う──一人ひとりの固有特殊能力、みたいな感じかな。
「ちなみにミアの魔法はどんなやつなの?」
「私の魔法は、この弓を操る能力です──弓の名はアルテミス、魔法の名を『月の血統』と言います」
彼女の背に掛けられていた弓が開き、眩い光を帯びて宙に浮いた。
すげぇ。
弓を遠隔操作できる能力──それならこんな非力そうな女の子でも戦える。
本当に、呪文も、動作すらも必要としない──本人の意思で魔法が使えるのか。
こんな、超能力みたいな、俺のいた世界では説明の仕様がないほどに完全な魔法。
いざ目の当たりにすると感服する。
「魔法は、遺伝子と深く関わっていて、私の家系は狩猟民族に起源があるそうで──私の父も同じ魔法を使います」
「なるほど…」
深いなあ、魔法。
もしかして、もしかすると、俺にも魔法が使えるようになるのでは?
俺に目覚めたたったひとつの魔法、どんなのだろう…やっぱり仮にも主人公(多分)だし、こう、アツくてかっこいいやつだろうな。
夢がひとつ叶いそうだぜ。
「見えてきましたよ」
俺が妄想を膨らましているうちに、森を抜けて、町が見えるところまで来ていた。
おお…そこまで大きな町ではなさそうだけど、田舎感のある良さげな雰囲気だ。
ん?
「誰かこっちに向かってきてないか?」
遠くの人影がだんだん近づいてくる。
走ってるな。
手を振ってるな。
何か叫んでるな?
「──様!ミア様!」
「レバルム?」
息を切らして走ってきたのは老爺だった──いかにも走りにくそうな燕尾服である。
老爺に気づいたミアが慌てて走り寄る。
なるほど、ミアの知り合いか…え、様?
「ど、どうしたの、レバルム!」
「たっ、たいへ…ん゛ん゛っ、大変でございます!」
必死の形相で何かを伝えようとする老爺だが、息切れとむせ返りで上手く話せていない。
でもこの感じは、良い知らせではなさそうだった。
「アメリア様の、神の篇帙が盗まれました!」