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「二年前、皆さんが乗ったバスは皆さんがこちらに召喚された後、海に転落しました。その際運転手さんと女性の先生を含めて八人が亡くなっています」
息をのむ音がいくつも響き渡った。
塩谷が唇を噛みしめ、目を伏せている。
「死亡8名、行方不明者10名、皆さんは行方不明者です」
しん、と静まり返った後、誰かが「うそ……」と呟いたがミユキは黙ったままだった。
「嘘、だろ? 誰? だれが死んだんだ?」
「すみません、名前までは……ニュースで見てただけなので。ただ、今年三回忌になるって、それで区切りをつけて皆さんの探索は切り上げるとか……かなりの数のダイバーさんが潜っておられましたからね。皆さんのご家族のどなたかが免許を取られて潜ったりもされてたようですよ」
ニュースの中でおぼろげに見たことを淡々と伝える。
「それでですね、明日はそのバスが転落する寸前、もしくは転落した直後を目指して戻ろうと思います」
「「「「はぁぁっ?!」」」」
「なので皆さん、体力を万全に整えておいてください。以上、おやすみなさい〜」
「ちょっと待て!」
吠えるように叫んだ北尾が自分で口を押さえた。深く息を吸い、ミユキを見据えながら小さく咳払いをして言う。
「その、それはどういう意味ですか?」
お、何だか大人っぽい感じだぞ、我慢を覚えたか? 成長したのか? 少年!と声には出さずにミユキは北尾を見た。
「お、ぼ、俺たちは何かしなくていいんですか? その、助けたりとか、」
「そうそう、そうだよ。死んじゃったの8人でしょ? 俺たちは10人いるんだから何とかできるんじゃないの?」
「そうだよ、ミユキさん! 何とかできるよきっと!」
数人から詰め寄られたミユキは、うーーん、と小さく唸った。
「バスが……海に転落したバスが沈んでいく……。底の知れない、荒れる波の中、濡れた服を着て泳ぎながらその中の人間を救い出す……。意識もないかもしれない……。救助する方も溺れませんか?」
「──っ」
「でも!」
「それにみなさんの魔力もね、あっちじゃどうなるのかわからないし、たぶん移動の後力入らないでしょ?」
(私のせいでもあるけども……)
「そもそも俺たち帰っていいんですか? それに、死ぬ人を助けてもいいんですか?」
絞り出すように言ったのは塩谷だった。
「行方不明になるはずの俺たちが戻って、死ぬはずだった人たちが生きている。未来が変わっちゃっていいんですか?」
「バカッ! そんなの、そんなこと言ったら帰れないよッ!」
「夏光……」
涙をためた夏光の頭を怜美が抱き寄せ、ミユキを見据えた。
「こゆみは? こゆみは残るんでしょ? こゆみだけ行方不明のままですか?」
「あ、忘れてた。これだけは説明しとかないとダメだったね。皆さんのご協力も必要だし。うーーーーん、そうだなぁ、じゃあ、こゆみちゃん、ちょっと制服着てきてくれますか?」
ぽんと出てきた制服と靴をこゆみに渡した。
「あ、そうだった」
出てきた制服がぽんぽんと3着に増える。
「サイズのこともあるし、とりあえず、全員試着して合わせますか。この制服かわいいですなぁ」
男子用の制服と靴もぽんぽんと増やしていくミユキを、全員は呆然と見ているしかなかった。
「ほい、試着室。少年達はこのでかいやつ一つで何とかしてねー」
背の高いワンタッチテントを3個並べたあと、大きなテントを一つ出し(組み立て済み)全員に1着ずつ制服を手渡していく。
「サイズは立花君のサイズなので試着したらそのままお待ち下さい。靴もつっかける感じでお願いします。合わせて行きますので……あ、」
テントの中にささっと入ったミユキはうんうんと頷きながら戻ってきた。
「申し訳ないですが、下着と靴下は皆さんお揃いになってしまいます。下着はSMLサイズを上下7枚ずつ置いていますのでご自由にお選びください。ユニク○一択です。若者の好みのデザインはよくわかりませんのですみません」
制服を手にして呆然としていた少年達は、互いに顔を見合わせたあと競うようにテントに入っていく。それを見送ったミユキは眉を八の字に下げて女子3人に小声で言った。
「女の子の下着はサイズがね……。スポーツブラで大丈夫ですかね?」
見た感じ三者三様なかなかのボデイである。
「だ、大丈夫ですよ!」
三人は別々にミユキの耳にサイズと希望の色を言い、受け取ってテントの中に入っていったのだった。
「ミユキ様、なぜこゆみさままであの服を? こゆみさまは残られるのでは?」
(なるほど、これが殺気か)
一瞬感じたそれに感心しながらミユキはイークレスを見た。ヒュッと息を飲み、がくりと膝をが落としたイークレスは脂汗を額に滲ませながら首を垂れる。
「出過ぎたことを……も、申し訳ございません」
なんとなく真似したら殺気を飛ばしてしまったらしい。
「いやいや、こちらこそついつい真似しちゃってすみません。こゆみちゃんは残るって言ってたからそのための準備をするだけですよ」
「え?」
「こゆみちゃんには、残酷なことだけども、遺体がないと先に進めないこともあるからなぁ」
走り回るふたばと何やら満足そうにそれを眺めているコウスケを見ながら、ミユキはぼそりと呟いた。