85 夜のお話その1
カレーの魔力は甚大である。
少々お怒りモードだったキャサリンも匂いが漂ってきた瞬間から鍋にくぎ付けだった。竜たちも全員人化して鍋の周りから離れないし、ご飯が炊けだすと元祖勇者たちと一緒になって目を皿のようにして鍋を見つめていた。
新勇者たちは数日前まで普通に生活していたのでカレーなどそんなに懐かしむことはないと思うのだが、そこはアウトドアだし、異世界風味満タンのオーク肉だし、きっと立花の腕もよかったのだろう。エルフ族も加わってかなり賑やかに夕食の時間は過ぎていった。
そして今、エルフたちの表情は微妙にこわばっているが、世界樹の枝(枯れて落ちていたもので枝といってもかなり太い)でキャンプファイヤーをしているのである。本来ならば世界樹の下で、しかもその枝を燃やすなど、とんでもないことらしい。
世界樹の枝とは、魔術師用の杖を作ったり、粉にして薬として調合したり、剣の鞘に加工したりでとてもありがたいものらしいのだが、ここには他に燃やすものもないしカレーもここで作ったし、世界樹の下ではないところなど遠い彼方まで移動しなくてはならないので、なんだかわからないままにミユキが世界樹に向かって「お許しくださいルルラララ~」とお願いしてから点火した。
かなりの時間が経つが今のところ世界樹からのお怒りはないようである。精霊たちもふよふよと踊るように舞っているし。ちなみにキャンプファイヤーの準備も立花徳山ペアがやっていた。彼らの鉈の使い方はほぼプロ?のようであった……。アウトドアの申し子かもしれない。
「あのぅ……」
少し離れたところに設置したアウトドアチェアに座るミユキのもと高校生がやってきた。美少女である。というか、顔で選んだの?というくらい新旧含めて高校生のお顔は各種美男美女ばかりだ(ミユキ比)。
「どうしました?」
ミユキが背もたれから身を起こし、美少女の顔を窺うと彼女は真剣な表情で訴えてきた。
「わたし、ここにいなくてもいいのかなって思って」
「はい?」
「だって、選ばれてこっちに呼ばれてきたみたいだし」
「………まぁ、そうみたいですね。皆さん選ばれて「まきこんじゃったのかな?わたしのせいで!」……はい?」
「オバさんも、わたしのせいでゴメンなさい!」
「………はい?」
目の前の女子高生……ミユキはこの際JKと心の中で呼ばせていただくことにした。名前は、訊く気力がもぅわかなかったのだ。JKは両手を胸の前で祈るように組んでキラキラとした瞳でミユキを見つめている。
「あなたの……せい?でしたか」
「ええ!」
突如ふわりと吹いた風に髪をなびかせ、なんというか、ヒロインっぽい。
「それで……その……?」
「こっちに残ったほうがいいのかなって思って! もしかしたら、誰かさんの番かも知れないし……」
頬を染めたJKの視線はコウスケにくぎ付けである。うっかり馴染んでいたが、浮世離れした美形なのであった。女子高生を惑わせるほどに……。
「ハイハイそこまで〜」
「怜美ちゃん?」
「な、なに?」
どこからともなく現れた怜美と夏光がJKを両側から挟むようにして連れて行った。少し離れたところで怜美がこっそりとミユキに親指を立てている。それを眺めながらぼんやりとコウスケが呟いた。
「ミユキ殿……」
「はい?」
「番いとは、なんだ?」
「はぁ……。まぁ、動物の雄と雌の夫婦ですかね」
「どうぶつ」
コウスケの問いに、もしくはネット小説やラノベで多用されるロマン溢れるワードですよ、とは言えない。ミユキが最初に漫画で認識したのは三十年ほど前に読んだパー◯だったが……。いろいろと説明が面倒だからだ。しかし、明らかにリア充っぽいJKだったけど、彼女も読んでるのだろうか。
「まぁ、なんていうか、あっちには赤い糸の伝説ってのがありましてね」
「なんのお話ですか〜?」
遠くでふたばと駆け回っていたカケルが慌てて駆けてくる。あの少年の姿をした竜にはなんらかのセンサーが内蔵されているのだろうか?
「求め合うふたり気づかないうちに〜てな歌もありましてね」
「???」
立ち上がり、少年の頭を撫でてミユキはにこりと笑った。
「さて、やることをやってきますね。ふたば」
尻尾をふりふり寄ってきたふたばを撫でるとミユキの周りをぐるぐると周りながら着いてくる。コウスケも立ち上がり、黙って歩き出した。彼もついてくるようだ。
ミユキはイークレスと並んで焚火を見つめているこゆみの近くまで行き、静かに声をかける。
「こゆみちゃん」
こちらに残る覚悟を確かめなくてはならないからだった。




