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ミユキが変身させた高校生達を連れて転移した先は、ソール帝国の門から壁沿いに少し離れた場所だった。さすがに門の前だと騒ぎになるだろうし、見つかったら見つかったで何とかしよう……ということで、やはり行き当たりばったりなのだったが。
着いたとき、竜をのぞいて全員が半分くらいの魔力を失っており、慌てて回復した。最初に比べるとだいぶ成長したのではと思ったのだが、ジト目で睨まれたので口には出さなかった。
それからミユキの冒険者カードを複製して小細工したものを全員に渡し、バラついて入国するはずだったのだが、門番が、ひとりしか立っていない。
「あれ? 今朝出てくるときは六人いて、奥の建物に十人はいたんだけどなぁ」
意識していなかったが、記憶しているのはやはりキー○ン先生かスナイパーGのおかげなのか。
「なにかあったのかな」
ぞろぞろと門に向かうと、こちらに気づいた門番がほっとした顔で話しかけてきた。
「ああ! あんたら加勢に来てくれたんだな、冒険者ギルドの方か? 助かるよ!」
「……」(無言で口の端を上げて笑うコマンドーA)
「しかし、なんでいきなりオーク共が……」
「俺達、詳しいことは聞いていないんだけど、オークがどうかしたんですか?」
やたら愛想の良い笑みを浮かべるナイスガイTに、一瞬見とれた門番は、少し赤くなって説明してくれた。どうやらナイスガイTの笑顔の魅力は男女関係なく万国共通に効くらしい。
「森で、凶暴化したオークが次々に泡吹いて死んじまったらしい。それでみんなその回収にかり出されてさ。まぁ、久しぶりの獲物だし、大収穫になるだろうからなぁ。で、こっちはよくわからないけども、城の中でも何かあったらしくて、ここにいた兵士は城の警備の強化に全員連れて行かれてなぁ」
(……城より街の入り口のほうが大事なのでは? それにどうやって、どこから来たのかとか聞かないのかな? やはりセキュリティが甘い気がする……助かるけども)
「そうか……。俺達は、とりあえず、ギルドに行って持ち場を聞いてくるよ」
「あぁ、急いで行ってやってくれ。解体もあるだろうし、おそらくあっちも人手不足だ。しかし、あんたら強そうだな。解体より狩りに行った方がいいんじゃないか?」
門番の視線を受けて、男達はニヤリと笑う。門番も笑みを返したが、後ろを歩くミユキとコウスケに気がついて首を傾げた。
「あんたたちは?」
「あ、お気になさらず。強そうな方々と道すがら出会えたのでついてきただけの旅の者でございます」
「うむ」
コウスケは長い白銀の髪を1つに束ね、フード付きのマントを被っている。二人が冒険者カードを出して見せると、門番はちらりと見るだけで通してくれた。
「街の中、大騒ぎだから気をつけろよ」
「お気遣いありがとうございます」
頭を下げて歩き出したミユキは、胸の奥に引っかかる何かが気になっていた。
オーク………
凶暴化したオーク………!?
(わたしか? わたしがやったのか?!)
嫌な汗がひとすじ、背中を伝う。
(あの時、わたしはなんて言った? ………すべての………すべてのオーク……? いやいやいやいや結構遠くからだよね? そんな一言でこんなところのオークまで? 泡吹いて倒れたって、氷?)
(………マズい。絶滅した? ……いや、絶滅はしてないよね? カエルがここにいるから! あとでどこかに放しておこう。絶滅危惧種にしてしまったのか?)
「? ミユキさん、どうかした?」
「ひ? いえいえいえ、とりあえず、ギルド前まで行きましょう。皆さーん、手をつないでください~~~」
「えー? またかよ? この格好で手をつなぐって何かヤバくね? 本人に訴えられない?」
確かに、異様な光景であったが、一瞬でギルド前に移動している。
「では皆さん、街で見学もよし、成人男性の体ですので酒場で楽しむもよし、ですがやんちゃは控えてくださいね。騒ぎになると後が面倒ですので。できるだけ、この酒場に集まるようにお願いしますよ」
「うん、俺たち町の騒ぎが何なのか、ちょっと見てくるね」
「じゃあ、俺たちは中で話を聞いてみるよ」
「ミユキさんは?」
「え? あ、わたしは今回の勇者さんがどこにいるかわからないのでとりあえずお城に行ってみます」
「──ついて行こうか?」
運び屋Jが心配そうに聞いてきたのでミユキはちょっと嬉しくなった。
「ありがとう、怜美ちゃん。でもコウスケさんもいるし、何とかなるよ。上手くいったらここに戻ってくるね。とりあえず、何とか連絡手段ができるように考えるよ」
「うーん、(何かろくでもない騒ぎを起こしそうな気がするけど)気をつけてね」
「はい、ありがとう。ん?」
頭の中でメールの通知音のような音が響き、アイテムボックスの中身が増えたことが認識された。
(自分の頭の中がPCだかスマホになったような気がするよ………って、サルモー君?)
頭の中で展開される文字に驚き、立ちすくむミユキの顔をコウスケが覗き込む。
「ミユキ殿、具合でも悪くされもうしたか?」
「あ、いえ、大丈夫です。ただ、急いで行かなくてはならなくなりました。お手をよろしいですか?」
ミユキが出した手に、左手にふたばを抱いたコウスケが右手を乗せる。
(サルモー君のアイテムボックスを、手繰り寄せる感じかなぁ)
「では、参ります」
「うむ。お頼み申す」
次の瞬間、ミユキ達が立っていたのは、深いワインレッド色の絨毯が敷き詰められた二十畳くらいの部屋だった。絨毯の上に六人の少年が横たえられており、その脇では今朝別れたばかりのサルモーと、見知った少年達が立ち上がりかけているところだ。
声をかけようとしたとき、サルモー達と目が合った。
空気が凍り付いたのが判る。そりゃ、いきなり立っていたら驚くだろう。
怯えさせないように、何か、何か言わなければ───。
ミユキはできるだけやさしく微笑みかけたのだった。