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「えーと、北尾君。わたしが趣味で勝手にやったことですので、お礼なんてとんでもないです。少し話が脱線してしまってすみませんでした」
ミユキは頭を下げ、にっこりと笑みを浮かべた。青くなる高校生達である。北尾は何かを言いかけてから口を噤んで、どかっと腰を下ろした。
「それで、これから僕たちはどうすればいいんでしょうか?」
塩谷が話をそらすべく、尋ねてきた。続けてもっとも聞きにくいことであろう質問を口にする。
「その……、帰れるんですか?」
「そうですね。とある筋からは「できる」と言われました。ただ……「帰れるんですか?!」
らしいです。でも、一方通行でもうこちらには戻ってこられないし、二年前に帰られるかどうか、まだわかりません。それに……」
「え……? にねん…まえ?」
目を見開き、ミユキの言葉を待つ高校生達である。考えもしないことだった。
「今回の十一人の皆さんも、できたら一緒にと思ってますので……。でも、こちらに残りたい方がいるかもしれないし、しばらく待っていただくことになりますけれども、その間に皆さんもお考えください」
ミユキは青ざめたこゆみとイークレスを視界に入れながら、言った。
「な、何を待つんですか?」
「え? 今回の勇者さん達に会って、訊いてきますので、その間待ってていただきたいなと」
今回の勇者……?と塩谷が口を開きかけたとき、うとうととしていたカケルが空を見上げて立ち上がった。
え?と同様に見上げると巨大な鳥が上空を旋回している。何羽いるのか数え切れないほどだ。
キャサリンが徐に立ち上がり、目を細めた。
「……ミユキ殿。空の結界を解いてくださらぬか? どうやら、仲間のようじゃ」
「え? 結界? そんなもんしてました?」
「………無意識にしておったのか。とりあえず、あやつらが降りてこれるよう、念じてくりゃれ」
(念じ……? みなさん降りてきてくだされ~?)
言われるがままにミユキが念じると、空の隙間を縫うようにして上空から降りてきたのは鳥ではなく竜の群れであった。大型ワゴン車ほどの大きさの竜が総勢21頭、音もなく着地し、コウスケ達の前に頭を垂れるようにして整列する。先頭に立つ濃い緑色の竜が、人型に変形した。ビリジアンの長髪美形の男である。
(またしても、美形か! この世界は美形しかおらんのかい! マッチョで渋いおっさんとか味のある初老の男性とかぷよぷよした小さいお兄さんとかがたまに出てきてもいいんじゃないのか? は!? もしかしてこの世界はしたことないけど乙女ゲームかもしくはラノベの世界? どこかの国で転生した悪役令嬢が婚約破棄とかされたり、寡黙で強面(でも美形)な騎士団長が婚約者を溺愛してたり、実はとんでもない実力者なのに勇者からパーティを追い出されたりしてんのかな……)
遠い目をしたミユキがラノベに影響された頭でいろいろ考えていると、ビリジアン(仮称)が目の前で跪いた。所作がとても美しい。慌てて後ずさると横にいたキャサリンがどこからともなく取り出した扇子で口元を覆いながらミユキに囁く。
「ミユキ殿、労ってたも」
「はい?」
「この者達は瘴気が消え去ったのを感じ取り、遠い地から妾達を目指して飛んできたのじゃ。初めて会ったのじゃが、心が通ずるようで、いろいろと流れ込んでくる。妾達が封印から解放されたのがミユキ殿のおかげということも知っておるようじゃ」
「はぁ……」
(やっぱ人型じゃないと言葉は通じないのかな)
『皆様、おつかれさまです。遠いところまできていただきありがとうございました』
ミユキがぺこりと頭を下げて挨拶をすると、竜達が一斉に頭を下げた。ヒト語と竜語?の使い分けは判らないが、何となくそう思えばそうなるのがこの世界のようなので、やってみるとやはりできたようだった。
『えーと、わたしはミユキと申します。何となく行きがかり上、こうなってしまったのですが……。皆さん守護竜様方をお迎えにいらっしゃったのでしょうか?』
唖然とする高校生達とイークレス、そしてビリジアン(仮称)だったが、ビリジアン(仮称)は更に頭を低く下げた。
『あ、頭を上げてください』
「ミユキ殿、お願いではだめじゃ。命ずるのじゃ」
「なぜです? 同じなのでは?」
「そやつがそうしたがっておるのでな。命ずるまではそのままであろう。かわりにミユキ殿のおっしゃることならば何でも聞くぞよ」
ククク、とキャサリンが扇子で口元を隠して笑う。困ったミユキがコウスケを見ると、彼は椅子に腰かけたまま、ふたばを足に乗せ耳の後ろを細かく掻いていた。犬は大体そこが弱点だと誰が教えたのか、ふたばは目を細めてご満悦である。ちぇっとミユキは毒づいて息を大きく吸った。
『皆の者、面を上げぇーい!』
北町奉行所のお奉行(もちろん初代)のごとく、ミユキが腹の底から声を出すと、ビリジアン(仮称)を筆頭に竜が一斉に頭を上げる。
塩谷はその光景にぞっとした。
言葉が通じない竜を従えるなんて……。
もしも、もしもこのおばさんが、国を滅ぼせと言ったらこの竜達はそれに従うのではないか?
途轍もない想像でしかないが、大団円好きの、このおばさんがやるはずもないが、そう考えてしまった。怜美達、イークレスや北尾達を見ると、全員顔から血の気がひいている。やはり同じものを感じたのか。塩谷と視線を合わせた怜美は、口元を小さく引きつらせて泣きそうな顔で笑みを浮かべた。やはり恐ろしさを感じたのだろう。でも、と同時に塩谷は思う。
こんな規格外のひとだったら、みんなを元の世界に戻してくれるかもしれない、と。




