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その腕輪は怜美に鑑定してもらったところ、やはり隷属の腕輪だった。
現在はほぼ存在していないらしいが、二百年前は割と出回っていたとイークレスが説明した。今は奴隷の契約は魔法のかかった書類で交わすし、腕輪を使うのは非人道的という世界の流れだということだ。
ミユキにしてみれば、どっちもどっちだが、その世界にはその世界の時代背景と歴史もあるだろうし、別に異を唱えるつもりもないので黙っていた。
「本来ならば腕輪から下を腕とともに切り落とす以外に外す方法はなかったはずなのですが……」
イークレスは半ば呆れたように、ミユキを見ながらぼやいていた。
「お、お、お姫様が……くれたんだ! 竜を封印して戻ったら、結婚してくれるって! 悪いかよ!? 結婚して、一生城で一緒に暮らしてくれるってッ! 誓約書も作ってもらったよ!」
もぞもぞと腹のあたりから紙だか布だかわからないものを出して某印籠のように見せる北尾である。
「「「「………」」」」
どこかで聞いた話に似ていた。
「……じゃ、現状の説明をしますね」
「おいっ! 俺たちのは訊かないのか? 北尾だけかよ?」
「どうせ似たり寄ったりだよね?」
「くっ」
「お姫様だかお貴族様とかどっちにしても美人か美少女とか」
「色仕掛けですな。若いっていいなぁ」
遠い目をして呟いたミユキに、高校生達の視線が集まった。
「その、ミユキさんって何歳ですか?」
どスレートのど真ん中直球であった。
「まぁ、みなさんの親御さんと変わらない、むしろ年上?です」
何となくごまかすミユキである。
鼻息を荒くして怜美が言った。
「えぇ? そんなことないですよね? うちの母親42だけどそれより全然若いし」
「ははは、ありがとうございます。それはさておき、現状の説明をしますね。皆さん、お座りください」
怜美は不服そうだったが、全員が椅子を移動してきて、ミユキとイークレスの前に並べて座る。コウスケ達の椅子も立花と徳山が運んできて同様に並べる。意外なほどに世話焼きな少年達だった。ふたばはコウスケの膝の上である。懐きまくっているようだ。
「さて、まず、今は皆さんが封印をされてから、二百年、地球では召喚されてから二年経っています」
それぞれの表情が曇ったが、口を挟む者はいなかった。
「何故、別の世界から召喚したのかは、この世界の人間では、あの瘴気の中で動けず、守護竜さんの所へはたどり着けず、封印のお手伝いができないだからだそうです」
「封印のお手伝いって石になることですよね?」
「ま、そうですね」
ひでぇ、とか、くそ、とか毒づく声が漏れ出たが、騒ぎにはならなかった。
「本当に申し訳ありませんでした」
イークレスが深々と頭を下げたので、しんと静まり返る。
「皆様を石にしてしまうというのは、各国の王だけが引き継がれて知っていることだったのです。──私もこゆみ様が石にされた後、国に戻り、王に確認をとり、ようやく真実を知ったのです。……私共エルフは寿命が長いため、一度目の召喚から王が携わっておりました」
「あのぅ……」
夏光が小さく手を挙げた。
「なんでしょう?」
にっこりと微笑むイークレスに、夏光が赤くなりながら思い切ったように、言った。
「その……、とても気になってしょうがないので質問させてください」
「どうぞ?」
「あの、あなたはあのイークレスさんですよね? 夜会で初めて会ったこゆみにその場でプロポーズした、あのイークレスさんですよね?」
「はい。伴侶になって欲しいとお願い致しました」
こゆみをみながらうっとりと頷くイークレスである。真っ赤になるこゆみ。男子は全員目を見開いてイークレスをガン見していた。
げ、なんじゃそりゃ、一目惚れ? と口から出そうになったミユキはぐっと耐えた。
夏光は言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「そ、その頭、いえ髪が……その、あのときと全然違っていて……別人かと……」
「もう、まどろっこしい! イークレスさんの髪、なんでそんなに綺麗でふさふさなの? あの時は後頭部がうっすらいっておでこがもっと広かったよね? 気になってしょうがないんだけど! しかも何だか若返ってない?!」
怜美がずばっと言い、男子達がその剣幕に戦きながらも頷いている。
え? とイークレスがおそるおそる頭に手をやり、自身の毛髪を確かめ、目を見開いた。
「こ、これは?」
耳の脇の髪を一房掴んで目の前に持っていき、ミユキの顔を見る。
「え? な、なんですか? 何かあったんですか?」
「か……髪が……」
両手で波打つ金髪を掻き上げ、周りを見渡すイークレスに、高校生達がカクカクと頷いている。
「あ、髪なら、なぜか回復のおまじないでふさふさになるみたいですよ?」
「「「「「え?」」」」」
「なんか、最初におまじないしたとき、髪が伸びますようにって女の子に、めっちゃかわいい子だったんですけどね? クラ○スそっくりでね? その子が自分で髪切っちゃってて、気の毒だったんでそう念じたら、その家の執事さんもふさふさになってて……なんかそれから他の人も毛根から蘇るようになったみたいで……」
「そういえば、賀来さんの眼鏡は? しかもなんかすっごい肌がきれいになってるよね?」
へらへらと答えるミユキを遮り、思い出したように夏光が尋ねる。
「なんか、さっきミユキさんに回復してもらった後からはっきり見えるようになって……お肌?」
「あ、お肌もきれいになりますようにって……」
「あれ? 俺もコンタクトないのになんかはっきり見えるようになってるし……」
「そういや、俺も封印の直前に食いちぎられてた指が戻ってる」
「え? マジ? 見せろ」
左手をにぎにぎしながらいい笑顔で見せる東良に泣きそうになりながら喜ぶ三澤である。
「マジかよ……。よかった……俺の回復魔法じゃ、欠損までは治せなかったからなぁ。ありがとう、その……ミユキさん?」
「いえいえ、どういたしまして?」
へらっと頭を掻いたミユキは全員の視線が自分に集まっているのに気がついた。
守護竜の方々もである。視線が痛い。
「え……っと?」
目が据わっている怜美が言った。
「ミユキさんって何者なんです? その、おまじないって、なんなんですか?」
それはこっちが訊きたいことなのであった。