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草原に戻ったミユキは、またしても反省していた。
(そういや、私ってギルド長には別に何も悪いことされてなかったんだよなぁ。思い出せば最初から敬語使ってくれてたし……。なんであんな対応してしまったんだろう……。はっ! テンプレによる思い込みか!? なんか胡散臭い顔してたからなぁ。いずれにせよよく話しもせずに、つい勢いにのって申し訳ないことをしたかも。そのうち謝りに行こう)
ぶれぶれである。所詮後から悩み出す小心者なのであった。
隷属の腕輪をはめられていた4人も意識を取り戻していて、少しぼんやりとしていたが、高校生達は再会を喜び、無事を確かめ合い、そして守護竜達とアウトドアを満喫していた。
ミユキのアイテムボックスの中身について、見習い天使さんのチョイスには謎だらけだったが、傾向として調味料や食料等、あの時点でミユキの家にストックしてあったものが新品の状態で入っているようだった。つまり、米もあったのだ。なじみのメーカーの米袋(5kg)がまるっと出てきたときには、ミユキは感動し、高校生達からは感嘆の声があがり、速攻で100袋ほど複製した。
そしてアイテムボックスのアウトドアの道具から出てきたライスクッカーは有名なブランド品だったらしく、徳山と立花がとても嬉しそうに、いそいそと準備を始めた。そして、あれに使うそれがないか、これに使うあれがないかと訊いてくるので、その都度出して手渡すと、もはや驚きは通り越して、ミユキはキャンプ場か何かのなんでも貸し出し倉庫の受付のような扱いとなっていた。
ミユキが大きな木の木陰に置いたアウトドアチェアをリクライニングして寝転がり、青々と葉が生い茂る枝の隙間から零れる陽の光を浴びていると、イークレスが隣に同じ椅子を置いて腰掛けた。リクライニングはしていないし、背もたれに背を当てることなくとてもよい姿勢であるが。
「ミユキ様」
様付けはやめてくれるよう何度も頼んだが、それが覆ることはなかったのであきらめた。
「なにかありました?」
「いえ、その」
こんな場合は大抵お願いがくるのである。
イークレスも同様であった。
「───お願いがございます」
「なんでしょう?」
離れた木陰で徳山達と焼きうどんを懸命に作っているこゆみを、見つめながらイークレスが言った。
「勇者様達を、元の世界にお戻ししてあげられないのでしょうか?」
やはり、おとなだなぁとミユキは感心した。
「まぁ、そうするつもりですがね」
「えっ!?」
(自分でふっといて何故驚くのか)
青くなったイークレスにミユキは淡々と説明した。
「なんか、できるっぽいのですが、彼らがこちらに来て二百年でしょ。私たちの世界では二年経っているらしいんです……って、二年前……?」
おぼろげながら、ミユキは思い出した。
修学旅行のバスが海岸沿いから海に転落。
死者数名、確かその中の一人は担任の先生で、そして未だ十名が行方不明……。十人が不明……。
巻き込まれて亡くなった人が何人もいたのだ。今年は三回忌だと新聞で見た記憶があった。
(……って巻き込みすぎだよ、馬鹿たれがッ)
ミユキは唇を噛んだ。
「イークレスさん、後でここ二百年の説明をお願いしますね」
「え?」
「イークレスさんは生き証人でしょ? みんな、詳しいことを知りたいと思うんです。勝手に呼ばれて、気がついたら 二百年経ってて、誰だって知りたくなりますよ」
「ええ……。そうですね」
「ところでイークレスさん。教えていただきたいことがあるのですが」
「はい?」
イークレスはただでさえよかった姿勢を更に正した。
「こうなってしまって、勇者さん達が解放されたってことが判ったら、この世界では、どうなります?」
「え?」
「よくわからないんですけどね、なんとなく、こんな場合、各国で勇者さんの争奪戦が起きて、戦争とかに利用されたりするんじゃないかなと思ったのですが、実際にはどうなのかな、と」
ミユキがちらりとイークレスを見ると、その綺麗な顔には「その通りでございます」と書いてあった。
「そ、そうですね。実際、あの、封印の儀のために各国が協定を結んでおりまして、戦は起きていませんでした」
いつのまにか、高校生達が周りに集まってきている。続けていいのか、とイークレスが見てきたのでミユキは小さく頷いた。
「本来ならば、百年前に召喚の儀式が行われるはずだったのですが、戦争のために行われず、封印の力が少しずつ衰え、各地が荒れて、戦争も長引き……50年ほど前でしたでしょうか、協定が結ばれて戦争が終わりました。まぁ、小競り合いは最近まで時折あっていたようですがね」
「じゃあ、もしも戦争がなくて百年前に召喚があっていたら、私たちは?」
怜美がひどく醒めた目で訊いてきた。
答えは判っているはずだが、おそらく最後に解呪された四人、北尾、向谷地、東良、三澤に理解させる為なのだろう。
「新しい封印石が来ると、粉々に砕け散って、交代じゃな」
キャサリンがひどく底冷えのする声で答える。
そんな、と北尾が小さな声で呟いた。
「で、あんたたちにこの腕輪をつけたのは、だれ?」
夏光は四個の腕輪を指にひっかけて、訊いたのだった。




