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「何やってたんですか?!」
部屋に入ると玲美が駆け寄ってきた。そしてミユキに顔を近づけ小声で訊いてきた。
「あのひと、ほんとにコウスケさんですか?」
床に座り、ふたばと楽しげに遊ぶ塩谷とコウスケが視線の先にいる。それをベッドに腰掛けた夏光がうっとりと眺めていた。
「うーん、本来はあの姿らしいですね。先ほどのはわたしが(金○一さんに)変身させちゃったので」
「ふーん、ミユキさんのこのみだったんですね」
(おぉ! おばさんから名前に昇格している!)
「まぁ、とっさに浮かぶくらいだから、好みなんでしょうなぁ」
「それよりさっきのあれ、なんなんです?」
玲美がドアのほうをちらりとみた。
「この部屋、かなり強い結界張ってくれてたでしょ。外の音、ほぼ聞こえなかったけど、今のミユキさんの声だけ聞こえましたよ」
「え」
「あのふたりには聞こえないけど、わたしはね、特別だから」
クスリと玲美が笑った。
「それで荒野って?」
「……あぁ、そうか、今、何故かこの世界の男の人たちの髪の毛って、その、薄いんだけど……って、みんなのところに行って説明するね」
「え、待って。わたしたちが来たときも、男の人の頭はみんなしょぼしょぼのはげちょろけでしたよ!」
「しょぼしょぼって……」(かわいい顔して……容赦ないな)
「みんな顔はいいのに残念だったなぁ。あ、こことあっちの部屋もミユキさんのまねしてキレイにしときましたよ。あれは便利ですね!」
「……ありがとう……見ただけなのに、さすがだなぁ」(残念って……)
二つの部屋をつないでいた扉の前で、ミユキは両手を広げた。
「えーと、元に戻れ~の、ラミ○スラミ○スルルルルル~~~~」
(なんのかんので便利だな、この呪文。何でも元に戻るみたいだわ)
螺旋状の光が扉を包み、光が消えると扉も消えていた。もとの壁である。夏光と玲美はただただ呆然とし、二人が同じ呪文で石から解放されたところを見ていた塩谷は複雑な表情で見つめていた。彼は、自分もこの変な呪文で石から戻ったんだろうなぁと思っていたのだった。
「さて、では参りますか。結界を解除して同時に移動します。おそらく、前よりは皆さんの魔力を使わないですむかとは思いますが……。では、わたしのどこかを掴んでください……はっ! エヘン、……40秒で支度しな!」
「「「………はい」」」
ミユキの渾身の台詞には反応してくれなかった高校生三名がミユキの腕をそろそろと掴み、ふたばを抱えたコウスケが後ろから肩に手を乗せた。わかっていたら背後のまわられても大丈夫らしい。
「ミユキ殿、かたじけない。よろしく頼む」
(うん、使いどころを間違えたかな……。部屋に戻ってすぐに勢いで言うべきだったか……)
ミユキはパン、と手を叩き、部屋全体の結界を解除して、言った。
「では出発します~~~~」
間の抜けたかけ声の後、5人と1頭がいたのは、あの草原であった。
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「どういうことだ?」
ようやく開いたドアから飛び込んだプルガティオと冒険者一同だったが、すでにもぬけの殻である。
人がいた形跡がきれいさっぱり消えていた。
判ってはいたが、頭が追いつかない。信じたくない、というべきか。
然るべき陣もなく、詠唱もなく、そもそも魔力のない人間が瞬間で移動するなど可能なのだろうか?
あの広範囲の回復魔法は、詠唱こそしていたが、聞いたこともない呪文で、大勢の人間どころか馬までもの怪我、欠損やら明らかに死亡していたであろう傷を負った者まで、一度で完全に治癒していた。
ざっと訊いてまわらせただけでも、あの緑色の光を浴びたギルドの冒険者は、昔の古傷から小指の傷、歯痛や持病にいたるまで完治し、目がよく見えるようになり、更に毛髪が豊かになるという訳のわからない事態になっているのだ。きっと村人も同様だろう。回復魔法の範疇を大幅に超えている。
プルガティオは頭が痛くなってきた。
そして森では瘴気を消滅させたらしい。
更に土壌が浄化されたのか、滅んでいた薬草が復活しているというのだ。
この村だけで手も触れずにオークを23頭倒した。
信じられないが、遠い森の中でも同じ死に方でオークが全滅した。
そして、そのオークをひとりで回収してあっという間に運んできた。マジックバッグにしても異常な質量だ。それが本人の能力だとしたら、など考えたくもない。
ふと、薄く笑った女の声が低く耳元で囁いた気がした。
『誰が信じると思います?』
誰も信じないだろう。
自分でも信じられないのだから。
これは王都のギルド本部やここの領主に報告をしなければならない案件なのだが、その方法が思いつかない。文書でも口頭でも、無理だろう。下手をしたら虚偽罪になりかねないのではないか。
プルガティオはふらふらと自室に向かった。自室にはさっきミユキに心を砕かれたウルススがいるだろう。濡れた前髪を掻き上げながら、またひとつミユキが使った訳のわからない魔法を思い出してため息をつく。
いずれにせよ、プルカディオの心も折れそうだった。




