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少し前のことである。
「あの~、皆さん瞬間移動って使われてます?」
「「「は?」」」
バーベキューの片づけをしながら尋ねたミユキに三人の勇者は素っ頓狂な声をあげた。
そもそも、使った網にクリーンの魔法を使うことが、魔力の無駄遣いとは思わないのだろうか?
「いえあの、ここにいたらそのうちソール帝国?の方々がいらっしゃるかもしれないし……。安全そうな所に移動したほうがいいかなと思いまして……」
「瞬間移動って……」
「ほら、眉間に指を当てて……ね?」
子供の頃から見ているアニメで、某戦闘民族がヤー○ラット星で取得した技のことを言っているのだろうか? と塩谷はぼんやりと技をマネするミユキを見た。
「やったことないです」
悔しそうな顔で怜美が答えた。かなりの負けず嫌いなのである。
わたしも、と夏光がテヘペロをした。塩谷も頷く。
「そうでしたか。じゃ~やってみましょうか」
え、と三人が顔を見合わせるとミユキはにこりと笑った。ひ、と怜美が息を飲み込む。条件反射になりつつあるようだ。
「なんていうか、ど○でも○ア知ってますよね? そんな感じですよ。目標地点を地図で見て、ドアを開ける感じです」
日本で育った子供なら、いや、今や日本だけではないらしいが……。きっと誰もが知っているであろう道具の名前を例に挙げ、ミユキは説明する。ミユキの妹は第一期のそのアニメも見るために(再放送なのか毎朝放映していた)幼稚園を一年間登園拒否していたのだ。おそるべし魔力を持つアニメである。ちなみにミユキが生まれて初めて購入したコミックもその5巻であった。
「某にもできるであろうか?」
「できますよ! 二百年も瘴気を抑えてくれていたんですから! こんなのへのカッパですよ! このふたばにもできたんですから!」
力説するミユキは、足元のふたばを指差したが、オークの肉で満足したふたばは、腹をみせて寝ていた。
「ふたば殿に……某が触れてもよろしいか?」
「どうぞ。ご随意に」
恐る恐るふたばに手を伸ばすコウスケは置いておいて、三人の勇者である。
「「二百年……?」」
(あ、この二人には言ってなかったっけ?)
記憶を辿るとどうやら話してないようだった。
(話さなきゃ……先に進めないだろうけれども、あと2回同じことを繰り返すのも……)
当事者の方々には申し訳ないが、せっかちなミユキは一度にまとめて説明したい気もする。しかしやはり、高校生の人生もあるし、本人だったら自分のことは早く知りたいだろうから、とりあえず、かいつまんで説明した。というか、ミユキ自身もよくわからないので、ミユキの知る範疇で。二百年前のことだし、すべてを知っている人間が生きているとは思えない。そもそもソール帝国が二百年たった今も存在するのだろうか?
「二年、ですか」
夏光が呟いたのは、日本での時間の経過だった。
「ええ。でも皆さんの時間は止まっていたようなので、お年は変わってないと思うのですが……」
「でも! 今帰ってもあれから二年後ですよね? みんな卒業しててッ! いきなり二年ダブリで! 大学だって全部二年遅れで! 親だって、生きて戻って、みんな困るんじゃないの!?」
「夏光……」
「小山内……」
「年齢とか、もうわかんないよね? 二歳くらい、時間とまってたのでまだ16歳だって言っても誰も信じてくれないよ…… うぅ…」
顔を真っ赤にして唇をかみ、涙をぽろぽろとこぼしだした夏光の肩を、そっと怜美が抱きかかえた。
こんな場合、誰かに先に泣かれると他の者は泣けないんだよなぁとミユキはぼんやりと三人をみつめていた。そんなミユキに塩谷がぼそりと尋ねてきた。
「……戻れるんですか?」
「はい?」
「その、ミユキさん。そもそも俺達戻れるんですか?」
「えーと、私は巻き込まれて来ちゃったのでなんとも言えないです」
死んじゃったからね、とは何となく言えなかった。
「で、とりあえずは他の方々を迎えに行こうと思います」
「「「は?」」」
泣いていた夏光も含めて三人がハモった。
「コウスケさん、封印石は力がなくなると、どうなるんですか?」
おそるおそるふたばの腹を撫ぜていたコウスケは顔を上げた。
「粉塵となってこの世から消える。次の封印石がやってきたときにも同様であった」
「……やはり、そうですか」
遠い昔、連れてこられた誰か達が、塵となって消えてしまった。
「そして支えを失った我らもな」
淡々と言うコウスケに、三人は押し黙った。
「ですので、他の方々のところに行こうかと思います」
バーベキューセットをしまい終えたミユキは、とりあえず元気に言ってみた。
「その間、待っててもらう場所に、これから一緒に行ってもらおうと思いまして……」
「私は、みんなのところに一緒に……行きたいんですけど」
「わたしも」
「……俺も」
やっぱ、そうだよね、とミユキは思った。
「そんじゃ、やっぱり瞬間移動をやらないと、まずは練習でここに」
ジャ○ニカ学習帳(無地)を出して、ミユキがにこりと笑うと、三人は青ざめた。(以下略)
ほら、ここに、とページをめくると覗き込んできた塩谷が呟いた。
「あ、ソリス村だ」
「ほんとだ」
夏光と怜美も覗き込む。
「ご存知で?」
「うん。ここに来る前に泊まった村です。なんか、金髪に紅い目の人しかいなくて……」
(すごい! 二百年も前から! 由緒正しい血筋なのか?)
「それなら練習にちょうど良いですね~。では、みなさんソリス村を思い浮かべてください。一応、私の肩に手を乗せて。で、コウスケさんはふたばをだっこして、ふたば、ソリス村に行きますぞ! さんはい!」
「「「えっ⁈」」」
五人と一頭がいた場所には、一陣の風が残った。




