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「さて〜〜、お腹空きませんか? そういや、こんな何もないところで何食べてたんです? な〜おれなおれ〜〜ルルラララ〜〜」
回復の緑色の光を掌から湧出させながら、ミユキはドラゴンを振り返った。ドラゴンは、ただただミユキの手元をガン見している。光が見渡せる限りの大地を覆い尽くしてから、よし、と呟くと芽吹いていた草が力強く、5センチほど伸びた。遠くでは木が伸び、林ができている。
『なんだ、これは』
「あぁ、おまじないですよ。でも、石化は解けませんでしたね」
お呪い? と、頭の上に???を盛大に並べているドラゴンは置いておき、ミユキは草原に立っている三体の石と、ドラゴンの下半身を見て考える。
(元に戻るやつってなんだっけ? ………あ!)
「コンパクトはないけれど〜〜元の姿に戻るには〜」
手をくの字に曲げて呪文を唱える。
「○ミパス○ミパスルルルルル〜〜」
曲げた掌から出た螺旋状の白い光がドラゴンの全身を包み込んだ。
『な、なんだ?』
「おおっ! 成功だぁ〜」
石化が解けた脚を見て、逆にドラゴンが固まっていたが、ミユキはその場で右手を掲げて大きな声で繰り返した。
「○ミパス○ミパスルルルルル〜〜!」
ドラゴンの真正面に立つ石に手を向けると、光が石を包み込み、吸い込まれる。直後、剣に手をかけた男がガクリと膝を落とした。
膝をつき、ぼんやりとこちらを見ていた瞳に、光が戻ってきたと同時に男は剣を抜き、足を踏み出す。
「え?」
よろけながら向かってくる男は、やはり高校生くらいだった。召喚されたのだろう。
傷だらけの血に濡れた手で剣を握りしめて、一歩一歩近づいてくる。ギラついた目はドラゴンしか見えていないようだ。
「あの、封印石の皆さんは、一緒に瘴気を防ぐお仲間だったのでは?」
『うむ、某はそのつもりであったが……」
「双方に誤解があるようですな」
『………』
「まぁ、石の中身は治せないというのが判りました」
やんわりと回復の光と洗浄を飛ばして、勇者様を回復&きれいにする。と同時に勇者様は走り出した。
(あ、しまった。話を聞いてから回復すべきだったか〜〜)
後の祭りである。
「あの〜〜ちょっといいですか〜〜?」
ミユキは剣を振り上げた勇者とドラゴンの間に割って入ったが、振り上げた剣は止まることがなく、そのまま振り下ろされる。ガキン、と鈍い音がした。
「な、なんだと?」
剣は、ミユキの交差された手の甲の間で止まった。素手の手首である。その間から、困った顔のミユキが挨拶をした。
「ども、私はミユキといいます。勇者さんですよね?」
挨拶しながらミユキに掴まれた剣はピクリとも動かない。ふぅ、と息を吐いてミユキが言った。
「私に3分だけ時間をいただけないでしょうか」
「え……………それ、ドラマ……?」
「お? お判りに? どの辺までご覧になりました?」
「え? もんじゃ焼き……母さんが……」
「そっかー、月島中央署までですね。最近の舞台は京都でしてね。あ、剣をしまっていただけますか?」
「あ、はい。すみません」
勇者は頭を下げて剣を鞘に戻しながら、思い出したように周りを見て、呆然とする。そんな彼はとりあえずそっとしておいて、ミユキは食事の用意をすることにした。そろそろ昼だろう。
「さて、ご飯にしますか。何かいい道具はあるかな?」
アイテムボックスにアウトドア用品というのがあったので、バーベキューセットとテーブルとまな板と包丁、レジャーシートの上にオークを一体取り出した。
ギョッとする勇者とドラゴンである。
「できるかな? 解体〜〜 カローさんを見習って、でもお肉以外は分解消滅お願いします」
オークは一瞬で様々な部位の肉に解体され、スーパーで見るような塊り肉になってしまった。
「おぉ! 便利だ。ゴミも出ないし何でもありだなぁ」
テーブルの上のまな板に肉の塊を置き、1センチ厚さくらいに切っていく。豚肉と変わらないようだ。
塩と胡椒をして、炭に火をおこし肉を乗せると、唖然としてみているドラゴンと勇者に話しかける。
「さて、後のお二人も石化を解きたいと思いますが、その前にドラゴンさん、変身とか、できませんかね?」
『ドラゴン?』
「あ、すみません、違いました? お名前を教えていただけます?」
『名前……などない。好きに呼ぶがいい。変身とはなんだ?」
「変身というか、人型に変わっていただけたらお二人を戻した時にパニックにならず面倒がないなと思いまして」
『………其方に任せる。好きに変えろ』
「……では、仮で今この場だけですのでお許しください。ホントに申し訳ないのですが、ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げながら、ミユキは先ほどのように右の手のひらを90°に曲げ(コンパクトのつもり)ドラゴン(ではないらしい)に向けて呪文を唱えた。
「テクマ○マヤ○ンテクマ○マヤ○ン、○田○さんになぁれ」
手のひらから出る螺旋状の光が(よく見ると先ほどとは逆周りの螺旋状である)ドラゴン(仮)を覆った。白い影が人型に変形していく。勇者は呆気にとられて見ているしかない。
白い光が吸い込まれたあと、草原に立っていたのは、髪がぼさぼさで、目鼻立ちがはっきりした、中肉中背の中年の日本人だった。黒っぽい着物に羽織と袴姿である。
何処かで見たことがある、と勇者は思った。そして、思い出した。
「な、な、な、なんで?」
よくテレビで見る俳優に似た男を目の前にして、勇者は指差し慌てふためいた。
「えーと、名前はコウスケさんでよろしいでしょうか?」
「うむ、構わん。む? おぉ、声が出る、話せる
ぞ?」
うんうん、とミユキは頷いた。思ったとおりの低音ナイスな声である。
「きっと、体の作りが変化したので人間と同じように声がでるようになったんですね〜。よかったです。あ、お肉も焼けてきたようですし、あとのお二人も戻しますか?」
ジュージューと透明な肉汁を落としながら焼けてきた肉を見て、ゴクリと喉を鳴らした二人は顔を見合わせた。
「すみません、先にちょっと食べさせてもらっていいですか? あいつら戻ったら、大騒ぎでしばらく食べられないと思うんで」
石のままの二人を見て、申し訳なさそうに言う勇者に、ミユキは皿に乗せた肉と箸を手渡した。アウトドア用のテーブルと椅子を設置して座るよう二人を促す。
「はい、そう言えば、お名前は? 私はミユキといいます」
念のために再度自己紹介をしながら、もう一枚の皿に肉を乗せて、おっかなびっくり椅子に座るコウスケに手渡した。こちらはフォークにする。
「塩谷 仁です。いただきます」
「む、いただきます」
手を合わせた仁を真似て、コウスケも手を合わせる。
二人は仲良く手を合わせて、肉にかじりついたのだった。