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あの日の夜、高速道路のS.Aは、霧雨だった。
みゆきは夫と、二年前に購入したワンボックスタイプのキャンピングカーで、関東から九州まで何度目かの里帰りをして家に戻る途中だった。子供はいないが、ビーグル犬が三頭一緒だ。
法事のために九州まで行き、関東に戻る途中、あのS.Aで車中泊をするために、夫は寝床を確保して、みゆきはふたばを連れて用を足させるためにドッグランに向かった。路面が濡れていたので一頭ずつ順々に抱き抱えて行ったのだ。
ふたばが用を足し、跡を片付けて再び抱き抱えて戻る途中だった。悲鳴と轟音とブレーキ音が鳴り響き、大型トラックが蛇行しながら小型車の駐車スペースになだれ込んできた。
数台にぶつかりながら、減速することもなく、その進行方向にはワンボックスタイプのキャンピングカーがあった。
車にぶつかり、トラックの勢いは少し緩くなったが、圧倒的な大きさの前では、夫と犬二頭が乗った車は、押し潰されるしかなく、そして、炎に包まれたのだった。
その後、どうやって家に戻り、葬式をどうやったのか思い出せない。ほぼ、夫の職場の方々に済ませてもらった後、税金やいろいろな手続きをするのに1週間以上費やした。
その後、ふたばだけがいる家で、パスワードを数冊にメモしてあったノートを片手に解読し、自作パソコン二台とタブレット三台、スマホの名義を取り消したり、変更したり、ローンを解約したり、家を処分する手続きをひとしきり終わらせたが、夫の生命保険と退職金と家の売却で、結構な金額になり夫の実家と相続と税金とでゴタゴタして疲れてしまっていた。
(ほんとに、一緒に死んじゃえばよかったなぁ)
引越しの日、そんなことを考えながらふたばと散歩していたから巻き込まれて死んじゃったのかもしれない、と思いながらミユキは未だ落下中なのであった。
ふたばを見ると、落ち続けるのに飽きたのか、丸くなっている。猫か?
(どうせなら、着地の時は少佐みたいにズーンと地面を砕きつつ……いやいやあれはあの肉体美だからかっこいいのであって、いくら腹のお肉が減ったところでこの肉体じゃ……土俵入りっぽいかも)
ちょっぴり哀しくなったミユキは腕を組み、正座の状態でビーグル犬と暗闇をただただ落ちて行く。
更にしばらくすると、だんだんと周りが明るくなってきた。ゴツゴツとした岩肌が見える。
真上から見た落下地点になるであろう場所には、黒い影があった。
(やば! あれ、生き物?)
かなり大きそうな生き物だが、流石にこの高さ?から落ちてきて、ダイレクトにぶつかると双方のダメージは計り知れない。
(と、と、と、飛べないの? なんか飛ぶヤツなかった?)
ふたばをみると、なんと、真横におらず、見上げた先でホバリングのように浮いているではないか⁈ 前脚を二本揃えて前に伸ばし、後脚も二本揃えて後ろに伸ばし、まるでパラシュートで降りるかのようにゆったりと落ちている。
(うーん、仕方ない……よし!)
ミユキは徐ろにふたばを指差し、呟いた。そうだ! 新婚旅行って、グアムだった! お隣の国は社員旅行だ。なんで忘れていたんだろう?
夫と行った最初で最後の海外、グアムのレストランで夫が使いまくったあの技。あの技を使うのだ。
「すみません、あれと同じものをお願いします〜〜(注:失礼なので決して真似してはいけませんよ)」
ガクンと上に引っ張られるような感覚の後、落ちるスピードが格段に遅くなった。
(モモンガってこんな感じ? いや、忍者のアレ?)
両手両足を開いてゆっくりと落ちてゆく。
ゴツゴツとした岩肌の上に、真っ黒な生き物がいるのが見える。……なんというか……
(爬虫類? 両生類? いや、そうだよ、ここはファンタジーの世界だから……)
地面に降り立ったミユキの前には、漆黒のドラゴン(だと思われる)がいた。
「えー、おじゃまします」
取り敢えず、一礼して頭を下げてみた。問答無用で火とか吹いてきたらどうしたものか、いや、ゴ○ラの例もあるし、背中からも何を吹いてくるかわからないものだ。
「お休み中ですか?」
目は開いているが、寝ているようだ。瞼がないのかもしれない。周囲に仲間がいるのかもと思いながら、ミユキは辺りを見回した。(仮)ドラゴンを囲むように長ひょろい石があるだけだった。石は三つ。三角形の中心にミユキと(仮)ドラゴンがいる。
(うーん、触ってみたい……)
なんというか、質感が、爬虫類の鱗でもなく、両生類のヒンヤリ感でもなさそうなのである。ゴツゴツとした岩のような……
(寝てるのなら、顔とか尻尾じゃなければわからないかも、いやいや、失礼だよね。起きるまで待つか)
取り敢えず、その辺を見て回ろうと、ミユキは顔を上げ、ひょろ長い石に向かって歩いた。背丈的にはミユキと変わらないようだった。
(妙な形なんだよなぁ。人間っぽい、頭があって首があって……でも、ヒトって、穴が3個近よってあるだけで人間の顔に見えてくるって誰かが言ってたし、気のせいか?)
しかしその時、ぞわりと背筋に何かが走った。嫌な予感がする。
足早に石に近付き、回り込んで角度を変えた時、嫌な予感が当たってしまったことに気がついた。
これは人間のような石ではない。
人間が石になっているのだ。




