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「おい! 大変だ! 森の中でオークが……」
静まり返ったギルドに息を切らした男が駆け込んで来た。
「そうだ! 森に行った連中が……」
思い出したように男達が次々に立ち上がり、武器を手に仲間同士で何やら打ち合わせ始めたところに、ギルド長が声をかけた。
「レノ! 何がどうしたんだ? 落ち着いて説明しろ」
「ギルド長……それが、信じられないでしょうが、森の中のオーク達が…全滅した……みたいで、今みんなで見て回ってます」
「「「………」」」
静まり返ったので、レノは慌てて続けた。
「あの、ほんとなんです! 突然、白い霧みたいなのが森を覆って、気がついたらオークが倒れてて……それから、それから……」
ガクガクと震えだしたレノの肩をギルド長が抱いて落ち着かせようとしたが、震えは止まらなかった。
「オ、オークの頭をみ、水の塊が……」
その光景を思い出したのか、レノは涙ぐんでいる。
誰かが継いだ。
「オークは溺死した上に、腹の中まで凍ったんだな? で、全滅」
「何でそれを⁈」
驚いて顔を上げたレノに、酒場の面々は、うんうんと頷いていた。
「そりゃ怖かったろうな。俺も夢に見そうだわ」
「ホント、俺ちびりそうだったし」
「ちびったんじゃねーの?」
「ちょっとあんたら! 何呑気な事言ってんだよ。次は俺たちがあんな目に合うかも知れねえんだぞ?」
「………そりゃ、怖いな」
冒険者達の視線がミユキに集まる。ギルドで作ったカードを取り出して見ていたミユキは慌てて周りを見渡した。
「で、森の中のオークはどの位いたんだ?」
ギルド長は冷静だった。
思い出したようにレノが答える。
「30頭超えてたよ。明け方営巣地を見つけたんだ。ボスはいなかったけど、しばらく様子を見て、一旦引き上げようとしたら誰かが見つかって……、それからは、もう、めちゃくちゃで……」
しん、と静まり返り、ギルド長が続けた。
「怪我人は?」
「あれ? 確かあいつは足を折られて、動けなくなって……あいつも、腕が………俺も……でも何であの後、みんな普通に動いてたんだ?」
「落ち着いて思い出せ。緑色の光を浴びなかったか?」
「あ、あぁ、あれ。そうだ、一面きれいな緑色になって、はは、俺たち髪が……、あ? お前らも髪が⁈」
全員がうんうんと頷いている。
「実はこっちもな、オークの大群が押し寄せて、凄いことになってたんだ」
「え? でも……」
「23頭、肉屋で捌いてる最中だ。俺たちがやったヤツは肥料にまわされたが……今晩には久々にオークのステーキだ! 久々だなぁ。肉」
「ステーキ⁈ この村ではステーキを食べられるんですか?」
思わず訊いてしまったミユキに冒険者は不思議そうに顔を向けた。
「肉と言えばステーキだろう?」
「いや、今はそんな話は……」
誰かのツッコミは無視である。
「いえ、あの、王都で聞いたのですが、お肉は茹でて食べるって」
男達が苦笑する。
「あぁ、あっちはあんまり肉が出回ってないし、お貴族様は何でも茹でて食うんだよ。しかも小さく切り刻んでさ。それに習ってみんな同じように食ってんのさ」
「へえ〜〜! ありがとうございます。謎が解けました。で、ステーキって、こちらの食堂で食べられるんですかね? 幾らくらいで食べられるんでしょうか? 豚だからしっかり焼かないとね〜。お塩とか、胡椒とかあるのかな? 私はニンニク醤油が好きなんだけども………ハッ⁈ こっちって生姜を見ないなぁ。生姜焼きが出来ないのか? それをいうなら白米も見ないからなぁ。生姜焼きにポテトサラダ定食は遠い夢だわ……む?」
自分に視線が集まってるのに気づいて、ミユキはエヘンと咳払いをしてごまかした。誤魔化せてはいないが、ミユキをすごい顔で見るレノと目が合い、笑顔を返してみたが、胡散臭かったかもしれない。
「こいつは、誰だ? 昨日は見なかったよな?」
「おぉ! 失礼しました。今朝この村に到着しました、まじない屋のミユキと申します。Fランクの冒険者で、薬草を集めてポーションを作るのが当面の目標ございます。何かありましたらお申し付け下さいませ」
冒険者ギルドだし、それらしい事をできるだけ愛想よく言って頭を下げたが、周りの視線は冷たかった。
(……ポーション必要なのか?)
(Fランク……?)
「うーん、そんなにたくさん倒したのなら、血抜きを早くしなくてはいけないのでは? お肉が不味くなると先ほど伺いましたが」
「30頭も運べるかよ。オバさんが行けばいいんじゃないのか? マジックバッグ、うっ……」
軽口を叩いた男が突然膝から崩れ落ちた。顔色が真っ青になり、汗とよだれを垂らしてガクガクと震えだしている。
「どうした? ルートラ⁈」
「あ……あ………」
パクパクと口を開いて懸命に呼吸をしているさまに、周りの冒険者達が慌てて駆け寄って様子を確かめるが、手の施しようがない。助けを乞うようにミユキを見た冒険者の1人は、その目の冷たさに、ぞっとして言葉を失い、これが誰の仕業なのかを理解した。
「ミ、ミユキさん?」
声をかけることができたのは、やはりギルド長だった。
「あらら」
我に返ったミユキは、目の前の男の惨状に気づき、気まずそうに手のひらからの光で回復した。ついでによだれと失禁を分解洗浄する。ツヤツヤに仕上がった。
「すみませんね〜。何だかやっちゃいましたかね。いえね、自分で自分をオバさんって言うのは平気なんですけど、他人に言われて許せるのは高校生、うーん、10代の子くらいまでかなぁってね? そう思いませんか? まぁともかく、いい大人が女性に向かって血縁関係でもないのにオバさん呼ばわりするのは如何なものかと思いますよ? 思いませんか?」
勝手なオバさん的理論であったが、全員が頷くしかなかった。
「「「は、はい! そう思います!」」」
「すみませんでした!」
傍の男から頭を叩かれてルートラが土下座した。
うむ、と頷いたミユキはバッグからノートを出して、レノの前に広げ、ボールペンを渡しながら言った。
「森の場所と営巣地の位置を簡単に描いていただけますか?」
レノは震えながらギルド長を見たが、頷かれるだけったので、恐る恐るボールペンを握り、村の地図の南東に位置する場所に森を描き、その中に丸く印をつけた。
「この辺りが営巣地だ。……馬が生き返ってたから、早く戻ってこれたけど……」
(生き返った……?)
レノがさらっと言った言葉に、酒場がざわりとした。
が、次の瞬間には、ミユキはふたばとともに消えていたのだった。