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暑苦しくて目が覚めたら、ふたばが首に巻きつくように乗っかって爆睡している。こんなに呑気な犬だっただろうかと考える。……確かにこんな犬だった。目だけ動かし窓を見ると、外は薄く明るい。朝のようだ。
(アイテムボックスって、どうやって中身を出すんだろうか)
昨夜は部屋に戻ってバタンキューだったので何も試していなかった。
長い一日だった。
服もそのままだ。旅人の服がどうたらと見習い天使さんが言ってたなぁ。
寝転がったまま、ポケットに手を突っ込んでみる。
(バイオ○ザードみたいにボックスタイプじゃなくてよかったわ〜。セーブ部屋行くのが大変だったもんなぁ。お?)
頭の中に石板のようなものが浮かび、これまた小さな文字でちまちまたくさん書いてある。
(検索もしくはカテゴリ分けとかできないのかな? 衣類とか……おぉっ!)
石板の文字が一旦消えて、一回り大きな文字が数行出てきた。
・衣類(自動洗浄機能付き)
・武器
・食料
・飲料
・調味料
・寝具
・衛生用品
・アウトドア用品
・ふたばさん(キャリーバッグ機能付き)
・雑貨
(………ツッコミどころ満載だよ……家計簿の仕分け項目みたいだわ)
とりあえず、衣類、と思うと衣類の文字がすっと光って他の文字が消えた。そして文字が浮かび上がる。
・旅人の服 上下(伝説級防具 ミユキ用)
・旅人のマント フード付き(同上)
・旅人のブーツ(同上)
・旅人のグローブ(同上)
・旅人の靴下 五本指「同上)
光学迷彩スーツ(空間歪曲型)製作中
しばらくお待ちください
・無敵の下着(各10枚)
(……いったい彼は何を目指しているのだろうか?
私に何をさせたいのか……。謎だ。
しかし、靴下が五本指というのは心の底から感謝です。ありがとうございます。見習い天使様)
首に乗ったふたばを抱えてベッドから降りると、床にふたばを置き、腕立て伏せを開始した。日々、鍛錬である。素晴らしい! 笑いが出るほど続けられる。
1000回やってから、膝を曲げて腹筋を開始した。こちらも無限に続けられそうだ。これを続けられるならば、腹の肉が無くなったのも遅かれ早かれ仕方のないことだったのかもしれない。
(これなら三○郎様並みのレスラーになれるかもしれない。三角絞めの特訓をしなければ)
ミユキの30年来バイブル的漫画であった、1、2の三○郎の得意技はブレ○バスターであって、三角絞めではなかったが……。
ストレッチまで終わらせると、もう一度、アイテムボックスを覗いてみる。
(ふたばさん(キャリーバッグ機能付き)ってなんだ?)
・いつものドッグフード
・新鮮な水
・ゴハン皿
・水用の皿
・ふかふかの寝床
・ササミ巻きジャーキー
・ヒズメ
・ブラシ
・トイレシート
・リード
ミユキはそっとアイテムボックスを閉じた。
手にはドッグフードが入った皿と水の皿がある。
出したい、思っただけで出せてしまった……。
しかも、この粒は確かにいつものやつであった。
(異世界感がまるでない! いいの⁉︎ これでいいのかい⁉︎)
ふたばが期待に充ち満ちた表情でみてきたので、前に置くと一心不乱に食べだした。大好物なので、ありがたいのだが……。トイレシートを取り出して傍に敷いてみた。サイズもいつものワイドサイズである。フードを完食したふたばは水をひとしきり飲んで、シートの上で上手に用を足してみせた。ドヤ顔である。撫でまわして褒めてやると、ドアの前で見上げてきた。
「散歩か……」
呟くと、駆け寄ってきてシッポをふりふり二本足で立ち上がってアピールする。
使用後のトイレシートに、試してみたかった呪文を唱えてみた。
「トイレシートだけ分解〜」
一応念のために指定してみた。
すると、床の上のシートは端から砂のようにサラサラと小さな粒状になった後、霧散した。
「げ、これ、ゴミ問題は解決するけど人に使っちゃダメなやつだよね?」
思わずふたばに話しかける。そう、犬がいると(猫でも)独り言が増えるのが難点なのだった。
旅人の装備を一式取り出してみると、まず、手触りに驚いた。布なのか、革なのかわからないが、とにかく滑らかである。
着ていた服を脱ぎ、ルルル〜全身洗浄〜〜とか呟くと、ミユキとふたばがミストのような光に包まれてすっきり爽やか石鹸の香り付き、となった。
(これが洗浄魔法か! やってみてびっくりだわ。あの日本の、くそ暑い夏の日に使えてたら便利だったろうなぁ)
分厚めのアイボリーのTシャツを着て、同色のパンツを穿く。伸縮自在のようで動きやすい。上着はモスグリーンで、ざっくりとした生地だ。着物のような、格闘技の道着のような形だが、長さは膝まであり、羽織ってから胴の部分を革紐で帯のように巻いて留めるようだ。
(五本指履いて、ブーツを履いて、と)
ローブもどきのグレーのパーカー、ジーンズと、紺のTシャツを畳んで、靴下とスニーカーと床に並べる。
(しまった、パーカーのポケットに繋がってたんだっけ。今度はどこに繋がってるんだろう)
なんとなく、両手を衣類にかざして、仕舞っちゃえ〜と念じると、パッと消えた。
どうやら、この世界で、できないことはないらしい……。
ミユキは遠い目をして、ため息を吐くと、ふたばを抱えて部屋を出たのだった。
旅どころか、部屋からすら出られませんでした……。




