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「その……先にお伝えしておきますが、妹は、ラーヤというのですが、先日、自ら……その、」
「?」
屋敷を案内しながら、シルーシスは気まずそうに口を開いた。
「ラーヤちゃんがどうしたの?」
ロンブスが少し剣呑な光を目に宿らせる。
(みんなのアイドル的な妹ちゃん?)
「いや、その、目を離した隙に……髪を……」
この先は言えない、とばかりに唇を咬む。ロンブスとアングイラが息を飲んだ。
「第二王子の誕生会か……」
「あぁ。服で隠して何とかしようとしてたんだが、髪があれでは、誕生会どころか人前には出られないよ」
シルーシスは泣きそうだった。扉の前でみな立ち止まる。察するに、この世界では、髪は女のいのちということか。
「ですので、ミユキさん、短い髪ですが、驚かないでください」
(………ワタシも短いんだけど……とつっこむべきなのか?)
オトナなので、突っ込まずに黙って頷く。
「ラーヤ、ただいま。お客様をお連れしたよ」
何となく、「開けないで!」とかの抵抗でもあるかと思っていたミユキだったが、すんなりと扉が開いた。更に薄暗い部屋を想像していたが、カーテンの開いた窓からは夕日が差し込み、丸テーブルの前の椅子に腰かけた少女を柔らかなピンク色に包んでいた。
「どなた?」
「ドロボーです」
「え? ミユキさん?」
「ああああああぁ! ごめんなさい〜 違います〜」
条件反射で答えてしまい、ミユキはあわあわと取り乱してしまった。だってだって、声がおんなじだったんだもの。シルエットもおんなじなんだもの。
ふらふらと近づくと、顔まで似ていることに驚愕である。首までの茶色の柔らかそうな髪、透けるような白い肌に静かな湖面のような深い青の大きな瞳。ちっちゃいク○リスがいる! もう少し育ったら白いブラウスに紺色のスカートを履かせたい!
拳を握りしめるミユキの傍からロンブスが優しく声をかけた。
「ラーヤちゃん、こんばんは」
「こんばんは。ロンブスお兄さま、アングイラお兄さまも。今日は召喚の儀式だったのではなかったのですか?」
「うん。そっちはきちんと成功したよ。明日から成功祝いのお祭りが始まるんじゃないかな」
「………そう」
短い答え方がますますそっくりである。
「それで、そちらのお方は?」
「こんばんは。私はミユキと申します」
「ミユキさま?」
下から可愛らしく見上げられた。
(〜〜〜〜〜〜!!)
悶絶である。グッジョブである。
「あ、あの、ミユキさんは……」
「お茶をお持ちしました。こんばんは。私はオストレア家の執事、ブランキアと申します」
突然の乱入であった。
「おぉっ! こんばんは。遅くにお邪魔致しまして、申し訳ございません。私は遠方より旅をして参りました、まじない屋のミユキと申します」
ペコリと頭を下げたミユキに、執事は胡散臭げに片眉を上げた。
「おまじない?」
ラーヤが興味深げに見上げてくる。よく見ると、右の頬から首までと、恐らく服に隠れている部分も火傷の痕が続いているのだろう。痛々しい。
「ええ。ワタシの国では家内安全商売繁盛交通安全安産祈願、何でもおまじないで万事解決でございます」
「おまじない屋さん…」
(さん づけ! さんづけで呼ばれたよっ)
「まあ、うちは代々皆様が健康でいらっしゃるように、お願いしてまわることを生業としております。おひとついかがです?」
「え? 私?」
しかし困ったように辺りを見回した。
「でもお代が……私に何か差し上げるものがあればよいのですが」
(ノオォォーッ)
もはや、鼻血を吹いてもおかしくない状況であったが、ここは依頼主のためにゴル○並みに表情には出さない。
「いえっ! お代の方はシルーシス様に頂戴しておりますので」
ラーヤが思わず、シルーシスを見ると、優しく頷き返したので、嬉しそうにミユキに微笑んだ。
「ミユキ様 お願いします」
「お嬢様、お待ちを……」
止めようとした執事は両側からロンブスとアングイラに抑えられた。ミユキはそっとふたばを床に降ろす。
「では、お手を拝借」
跪き、ラーヤの小さな手を包み込むと、右の手のひらまで火傷の痕があった。熱かっただろうに。
気合を入れて、ブツブツと唱え始める。掌に暖かな熱が集まってくる。ラーヤがハッと顔を上げた。
「なーおる治る 何でも治る〜ルルラララ〜」
テキトーな呪文である。
それでも、緑色の光がやわやわとラーヤを包み込む。
やはり呪文は何でも良さそうだった。
「ラン、ラ、ララランランラン」
更に光が部屋全体に広がって、驚きに目を見開いている執事の体をも包み込んだ。
「お肌はもちもちのツヤツヤ 髪もツヤツヤのキラキラ 唇ピンクのぷるっぷる〜 爪は可愛いサクラ色〜 おメメはぱっちりウルウルちゃん〜 おんなのこ〜は〜とっても優しいステキな子〜〜 はい!」
緑色の光が部屋にいた人間の体の中に吸い込まれるように消えた。
「こ………これは」
目をぱちぱちさせているクラ○スもとい、ラーヤにミユキは思わず言ってみた。にっこり。
「これが今のせいいっぱい」
一歩後退しながら、もう、ウキウキである。その辺りをキャーキャー喚きながらゴロゴロ転がりたい。
「お、お嬢様……」
「ラーヤ……」
「ラーヤちゃん」
髪が腰まで伸び、輝かんばかりの美しさを醸し出す妹に群がる男たち。しかし、ラーヤは大きな目を更に大きく見開いて、呟いた。視線は上である。
「ブランキア………か、髪が」
「え?」
全員の視線が執事の頭に釘付けになった。
(……き……金髪だったのか……)
頭上では、ほぼ黄昏ていた執事ブランキアの毛髪が、金色の野の如く、ふさふさと波打っていたのであった。