102 戻った人の話
(ひと晩で戻ってこれてよかった……)
健康診断の後(受けたことはないが、母が言うにはほぼ人間ドッグらしい)、事情聴収のような(事情聴取なのか?)尋問を受け、疲れきった秋月は母親と家に向かうタクシーの中で目を閉じていた。
(確かに大捜索になるよね……)
召喚?されたとき、秋月達がいたのは三階建ての棟の一階の教室だったが、屋根から一階の天井まで円形状に穴が突き抜けていたそうだ。ちょうど人が一人通るくらいのものが、人数分の十か所である。危険なため防犯カメラの映像しか見せてもらえなかったが。
(誰も巻き込まれなくてよかったよ……)
そんなことになっているとは思いもしなかったので、最初は学校にみんなで泊まってみたと言ってごまかすつもりだったのだが、すぐに無理だと判り、知らぬ存ぜぬ路線に変更した。───するしかなかった。気が付いたら屋上にいた、の一択である。昨晩打ち合わせをしていてよかった。おそらく誰も信じていないだろうけど。
家に着き、玄関の鍵を開ける母親の背中を見ながら秋月は小さく息を吐く。ドアが開き、母親に続いて家に入った瞬間、家の匂いを感じた。靴を脱ぎ、玄関ホールを抜けてリビングに入ると更に匂いが濃く感じる。思わずソファに腰を下ろし、目を閉じて深く息を吸い込んだ。今まで家の匂いなど意識したことはなかったのに。ただ懐かしいと感じた。
「尚弥、コーヒー、飲まない?」
「飲む。ありがとう」
即答した秋月に母親がキッチンで小さく笑いながらコンロに水を入れたケトルを載せて火をつけた。
「あのね、私が高校の時、クラスメートが同じようにいなくなったの思い出して」
「え?」
カウンターキッチンの中の母親を見たが、彼女はドリップの準備をしながら話を続ける。
「あのときは、9人で、三日間。夏季キャンプの間だったから遭難だと思われてね。大変な騒ぎだったけど、あの時もみんな無事に帰ってきて───本当によかった」
しゅんしゅんと湯の沸く音が鳴り始めた。ふと、顔を上げるとカウンターの向こうから母親が涙を浮かべながら笑んでいた。
母さん………と言おうとしたが、喉に引っかかったまま声にならない。
「そのなかのひとりが私の親友で───今も時々遊びに来てくれてるでしょ」
そんなこと知らない、と言わずに秋月は母親を見る。
───いや、知っていた。
母親が高校生の頃学校の行事で何人か行方不明になり、そのまま見つかっていないことを。その中に親友がいて、名前は───
「み、美香子さん………?」
───今、時々遊びに来ていると言わなかったか?
「うん、そう。美香子がね、最近こっそり教えてくれたのよ。なんか、よくわからないんだけど、《異世界》に連れていかれていたんだって。嘘じゃないわよ? 美香子は嘘なんかつかない子だからね?」
息が詰まる。
「異世界ってところでね、よくわからないんだけれど、何日か経った時に突然日本人みたいなおばさんが現れてね」
ふふ、と母親が笑う。
「みんなをこっちに帰してくれたんだって」
無意識に息をのんだ。
ミユキさんだ。そんなことができるのはあの人だけだ、きっと。
「私ね、もし尚弥も《異世界》なんてところに連れて行かれてたらって………ふふっ」
───そうだよ。俺も行ってきたんだよ。
「無事に帰ってきて、本当によかった……」
笑っているのか、泣いているのか判らない母親の声とコーヒーの匂いがそっと近づいてきていた。
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木洩れ日のなかをさくさくと歩いていく。
頭上の世界樹の枝葉はきらきらと風に揺れている。
懐かしいふたばの鳴き声が近づいてくる。
住むのは森にするか、林にしようか、やはり山がいいのか。
「ふたば!」
呼ぶミユキのもとに、たれ耳をばたつかせながら走ってくるビーグル犬は最高にかっこいい。
膝をつき、顔中を舐めてくるふたばの全身を撫でくりまわす。ほのかに伝わる体温が愛おしい。
遠くからコウスケさんがゆっくりと歩いてきている。
キャサリンさんとカケルくんも一緒にいる。世界樹さんも。
ふたばを抱きかかえ、ミユキは叫んだ。
「戻りました! またよろしくお願いします!」
おしまい
長くかかりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました
感謝です
ここで一旦終了といたしまして、ポツポツと個々のお話や後日談をと思います
よければお付き合いください




