凡人
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校門前に停まっていたのはリムジン...とかはさすがにないが、高級そうな黒の車と茂村さんが待っていた。
「どうぞ」
俺たちが近づくと茂村さんが車のドアを開けてくれた。
「あ、ども。」
我ながら庶民的な返事をしてしまった。やっちまったと思いつつ自分はやっぱり庶民と納得した。
「ところで桜井さん、どこに?」
「決まってるじゃない、私の家よ。」
なんとなく予想はしてたけど、唾を飲み込んでしまった。ああ、なんと庶民的な反応...
そんな俺の様子に気づいたのか、桜井さんは
「緊張しなくても大丈夫よ。」
首をちょっと傾けて微笑んだ。
だけど相変わらず桜井さんの目は笑っていないような気がした。
車が走り出しても特に話すことはなく、俺は流れる景色を見ていた。しばらくして見えてきたのは高級住宅街だった。大きな家に広い庭がついている家が並んでいる。
もし大人になってもこの街に住んでいるならここに住みたいとは思うけど借金まみれになりそうだ。
つまらないことを考えていると車は大通りから右折してそれでも広い脇道に入った。
「茂村さん、もうすぐなんですか?」
あんまり黙っておくのも気まずくて聞いてみた。
「いえ、もう桜井家にはついていますよ。正確には敷地には、ですが。」
ミラー越しに茂村さんが目尻にシワを寄せて笑っているのが見えた。
まさかあの門は通りの入り口って意味じゃなくて桜井さん家の門だったのか...?
少し金持ちが怖くなった。
感じの良い並木道を進んでいると大きな洋館が見えた。
「お待たせいたしました。三島殿、ここが桜井邸でございます。」
「な、なるほど。」
なるほど、それ以外なんていったらいいのか。
自分の家も一軒家ではあるが余裕でうちの家族全員が5、6セット分くらい暮らせそうだ。
いや、それ以上か...?
茂村さんが車のドアを開けてくれたので外に出ると、
「「お帰りなさいませ。」」
綺麗にお辞儀をするメイド達が出迎えてくれた。
もう...もう、なにも言うまい.....
通されたのは客間だった。いや、客間、な気がしただけだ。たぶんどこの部屋に通されても俺は広すぎて客間と思ったに違いない。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
紅茶を運んできてくれたメイドさんにお礼をいって啜ってみる。
ふんわりと柔らかい香りがして、少し緊張がほぐれた。
「改めて、お礼を言うわ。ありがとね、三島くん。」
「いや、お礼なんてそんな。ただ俺は側にいただけで...」
「それでも助かったわ。...三島くんが手を繋いでいてくれてたのはなんとなくわかったの。」
そういって桜井さんは自分の手で自分の手を包んだ。
「あ、ご、ごめん!勝手に触っちゃって...」
「ふふ、いいのよ。嫌がったりしたかしら?助かったって言ったのよ。」
ふわりと桜井さんが笑った。
「あ、ありがとう...」
...対女子スキルがない。
話が続かないのだ。お互い、というかたぶん一方的に俺が本日何度目かわからない気まずさに陥って、紅茶を啜る。
大時計の針の音が響く。
「三島くんはさ、」
「ん?」
静寂を破ったのは桜井さんだった。
「世界って、滅亡すると思う?」
「いきなりどうしたの?」
唐突すぎて笑ってしまいながら聞いた。
「世界の滅亡って、よくわからないじゃない。...他の人はどう思ってるのかなって...」
「う~ん...そうだなぁ。」
自分のなかで結論は出ていたが今一度考えてみた。
「滅亡、するんじゃないかな。今まで世界の滅亡なんて無いって言ってた科学者とかみんな口を揃えて滅亡するって言い始めてるし、メディアもそのことしか取り上げない。だったらそれはそうなんじゃないかな?」
見つめてくる桜井さんを見つめ返して答えた。
俺がそう言うと桜井さんは目を伏せて続けた。
「三島くん、なにも知らないのに?私たち、どうやって滅亡する、とか全く聞かされてないのよ?」
「それはね...」
紅茶を含んだ。
「たぶん凡人だからわからないんだよ。政治だってそうだよ、学校で習うけど結局凡人は事が起こったあと知る。これっていつもそうだと思わない?だからたぶん俺たち凡人は滅亡してから知るんだ。ああ、滅亡しちゃったんだなって。」
「凡人だから...」
それは悠には聞こえない呟きだった。
「ね、ねぇ。俺からもひとつ聞いて良い?」
意を決して聞いてみることにした。
無言で子首をかしげる動作を肯定ととって言ってみた。
「桜井さんって...その、喋れる...の?」
怒られるかと思った。さすがに自分でも不躾すぎた、と。
だけど桜井さんはそんなことしなかった。
迷っているようなそんな表情を浮かべて桜井さんは俯いた。そしてすぐに顔をあげると
「三島くんは、凡人、なんだよね?」
「え?」
「三島くん、凡人って自分でいってたじゃない。」
あのいつもの、困ったような顔をして桜井さんは微笑んだ。
意味がわからない。
「あ、えっと...そう、だと思ってるけど何か関係ある...の?」
なんだか触れてはいけない所を触っているような気がして背中を冷たい汗が流れた。
「三島くんは私の何でもないのよ。」
「...え?」
また俯いた桜井さんが次にあげたときの笑顔はたぶん忘れられないだろう。
「三島くんは、私の何でもないの。」
痛いものを我慢しているような微笑みだった。