唐突な提案
見慣れた天井の染み。幼い頃はこれが人の顔に見えるといって毎晩母親に泣きついていたことを三島はふと思い出した。
体を起こしもせず目だけを開けていると再び眠りに落ちてしまいそうで、俺はゆっくりと体を起こした。
なんの変哲もない自分の部屋。
のはずが、ゆっくり見回しているとなんだかいつもと違う気がしてならなかった。
ここ何日か桜井さんの家で過ごして、昨日は島のロッジで泊まって。
それだけで感じ方も変わるものなんだなと俺は眠たい頭を振りながら朝ご飯を食べに階段を降りていった。
「久しぶりな気がするわねぇ。悠と朝ごはんを食べるの。」
「そうかな?」
俺は母が作ってくれた玉子サンドを頬張りながら答える。朝の静かな食卓に食器の音がよく響いた。
カーテンの向こう側から朝の光が差し込んでキッチンを白く照らしている。
「今日は学校にいくの?」
コーヒーカップを両手にもって母が静寂を破った。
「うん、いくよ。昨日は遊びに行っちゃったしね。」
「昨日は楽しかった?」
嬉しそうに母が目を細めた。
「久々の海だったからね!楽しかったよ。ちょっとまだ肌がヒリヒリするけど。」
俺も笑って答えると
「よし、ご馳走さま!...用意してくるね。」
俺は食器を手早く重ね、シンクに置くとキッチンを後にした。
それから自分の用意をテキパキ終わらせるとまた部屋に戻る。机の上から適当に教科書をバックに放り込み、直感で選んだ服に袖を通す頃には眠気もすっかり吹き飛んでいた。
開け忘れていたカーテンを勢いよく開けて、軽快に階段を降りると、そのまま俺は元気に家を飛び出した。
「いってらっしゃい。」
母の見送る姿を確認して、
「いってきます!!」
そう元気に返した声が、やけに静かな住宅街にこだました。
..............................
「おはよー。」
ガラガラと音が鳴るドアを開けて教室に入る。
「うーっす。」
「よーっす。」
「おっはー。」
既に教室にいた何人かと挨拶を交わしながら自分の席に座った。
集まってきたクラスメイトと他愛もない話をしながら、俺は朝の時間を過ごすことにした。
しばらく駄弁っていると再びガラガラとドアが鳴るのと同時にうるさい声が飛び込んできた。
「俺はぁ!!」
「あ、田中だ。おはよー。」
「おお、おはよー!....じゃなくて俺は!」
「ちーっす田中。」
「うーっす。」
「よーっす。」
「よっすよっすー。...じゃなくて!!」
声の主はみんなにことごとく挨拶(邪魔)をされて続きが言えない田中であった。
言わせてもらえないのを悟ったのか、ドアを開けっぱなしにしたまま鞄も下ろさず、田中はずんずんと教卓まで歩いていって両手をバンと叩きつけた。
「俺は!!学祭がしたい!!」
シンと教室が静まり返ったのも束の間、ぱちぱちと拍手が起きて賛同の声があがる。
「いいねぇー、私もやりたーい!」
「俺も俺もー。」
「出店、一回やってみたかったのよねぇ。」
「はぁ!?なんだよ、学祭と言えば劇だろ!俺は劇がやりたい!!」
「出店に決まってるでしょー!?」
言い合いも起きているがみんな賛成のようだ。
「んじゃあ、出店の劇やるってのは?」
「「却下!」」
田中のくだらない提案に二人の声が揃った。
なんだかんだ仲のいい二人組だ。
「まぁでも生徒会に許可とらないといけないよねぇ。」
その言葉に教室のテンションが下がる。
まだできるかどうかわからない.....のだが、
「あ。」
唐突に発せられた俺の言葉に教室中の視線が集まる。
俺は手のひらの携帯を見せて続けた。
「生徒会、オッケーだって桜井さんが。学校あげての行事にしましょうって。」
その瞬間沸いたみんなの歓声は学校中に響いたらしい。
...............
『やっぱり田中くん?』
「わかる?」
俺は手を頭の後ろで組んで答えた。
『なんとなく、かな。』
二人で正門を目指してグラウンドを歩く。
砂ぼこりが時折夕焼け空に舞い上がっていた。
「これから学祭の準備の日々が始まるのかぁ。...生徒会的には学校で徹夜作業ってありなの?」
『目をつぶるわ。』
隣でくすりと笑う気配を俺は感じた。
携帯を介さなくても、顔を見なくても、桜井さんが何を思って、どんな顔をしているのかが少し分かるようになってきた気がして俺は少し嬉しくなった。
『今日もうちくる?』
「え?」
突然話題が変えられて、思わず声が裏返ってしまった。俺は慌てて咳払いで誤魔化す。
「あ、いやーでもさすがに連日は桜井さんに悪いかなーって。」
...しまった。
俺は自分のミスに気づいて動きが止まる。
桜井さんを名字で呼んでしまった。
みるみる口を尖らせる桜井さんは俺の腕を唐突に掴む。
「ちょ、ちょっとこのはさん!?」
そのまま引っ張られて、正門に待機していた車に一緒に乗せられてしまった。
桜井さんは間髪いれずに運転手に合図を出す。
車が滑らかに動き出すと、ふぅと息をついて俺の腕を掴んだまましてやったりといった顔を俺に向けた。
「わかったわかったって....今日もお邪魔しますっと。」
どのみち動き出した車からは逃げられないのだ。
俺は嬉し半分照れ半分の顔を見られまいと、後ろに駆けていく景色に目を向けるのだった。




