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船着き場にて

自分が幼稚園の頃、夏のお昼の過ごし方は軒下の影から眩しく光る園庭を眺めることでした。

なんとなくそんな気はしていたが桜井さんは俺の隣、いつもの定位置にいた。昨日はあんなに落ち込んでいたのにそれだけでちょっと嬉しくなる現金な自分に苦笑いをした。だが変に意識してしまって話の種が思い浮かばない。

差し障りのない話題を口にしかけたが、腕に感じる桜井さんの頭の感触に起こすのも悪いだろうと自分に言い聞かせてまた俺は口を閉じた。


結局、島から帰る船のなかで俺は一言も言葉を発することは無かった。

楽しくて、ちょっぴり後悔した一日は一瞬で終わったのだった。


「また、来たいな...」


俺は窓の外のキラキラ光る海を眺めてそう呟いた。

またこんな日が来ることはあるのだろうか。

世界の崩壊なんて非現実な現実が本当に非現実だったら、『また』は来るのに。

三島は世界の崩壊を少し恨めしく思って、そして前まではただ現実を受け止めるだけでそんな感情もなかったことに気づきもせず再び窓の外に目を向けるのだった。




「ジュース1本...いや、2本でどうだ!!」


「ええー、どうしよっかなぁ~?」


現在俺は田中に躍らされていた。

船を降りてみんながそれぞれ帰路についた後の話だ。


「頼むよ田中さん!!」


「えー、しょうがないなぁ~...俺が持ってても意味ないしあげちゃおっかなぁ~?」


「あざっす!!」


「いやまだあげるとはいってねぇし!?」



とある写真一枚をかけて俺たちは茶番を繰り広げているのだ。

いや、俺は必死なのだが。


その写真というのが、さっきまで乗っていた船の中での物なのだが、桜井さんが俺に寄りかかってその上に俺が寄りかかっている何ともゲットしておきたいツーショットなのだ。


「はやくはやく!!」


「ええー...仕方ないなぁー。」


俺の熱意(?)が伝わったのか田中は文句をぶつぶつ言いながら携帯を弄っている。送る準備をしてくれているようだ。


「ほれ、ジュース2本だからな。」


自分の携帯の着信を確認する。


「サンキュー田中!」


俺はそそくさと携帯を立ち上げて写真を確認する。


「しっかし、フラれておいて...なんというか肝が座ってるよな、お前。」


「いやまだフラれてねぇし!?」


間髪いれずにそこだけは否定してまた写真の確認に戻る。



「ま、それでこそ悠か...」



俺は田中が何をいったか聞き取れなくて顔をあげた。


「あ?なんかいったか?」


「いんや、何も。...おっと、帰って来たようだから俺はここで!じゃあな!!」


田中は手をヒラヒラと振るとすぐに道を曲がって消えていった。

俺も田中が消えていった道の方に手を振り替えす。

そして、


「お帰り。」


両手にコーラの缶を持ってきた桜井さんを振り返った。

差し出された一方のコーラを受け取って二人してあける。

プシュッと小気味のいい音がしてシュワシュワと泡が弾けた。


「それじゃあ、ただいま。」


伸ばされたコーラの缶に自分のをぶつけて、一気に中のコーラを呷る。音をたてて喉を通る茶色い液体が体に染み込むようだった。


「プッハァー...あー、早かったなぁ。」


『ま、一日だけだったしね。』


それからまた二人でコーラを飲む。


『そういえばさ、』


「ん?」


携帯を覗き込む形で桜井さんに正対する。


『なにもらってたの?』


「うげ。」


我ながら変な声だったと思う。


『ねぇ、なにもらってたのよー。気になる。』


十中八九あの写真のことだろう。

田中とのやり取りが聞こえていたのかもしれない。

平日の、真っ昼間の船着き場にいる人なんて少ないから余計だろう。


「ま、まぁなんというか大事なものです...はい。」


狼狽える俺に訝しげな目で顔を近づけてくる。


「ほ、ほらコーラも飲み終わったし俺たちも帰ろっか?」


『私、まだ飲みきってないんだけど?』


桜井さんは缶を横に降ってちゃぷちゃぷと音を立てる。


ピンチ、三島。

あの写真を持っていることがばれたら色々と終わりそうである。


「いや、大したものじゃないんだって。ほんとに。」


さらにジッーと見つめられて思わず目をそらしそうになったところで諦めてくれたのか、桜井さんはまた缶に口をつけた。

俺もバレないようにため息をこっそりついて海を見る。


波が海岸を黒く染めては返し、染めては返し。

心地の良い波の音と、それから磯の香り。

船着き場の屋根のしたから日の光が降り注ぐ海岸を見ていると白い砂に光が反射して余計に眩しく感じた。


気持ちいい風が吹いて隣の桜井さんの髪の毛を揺らした。

なにもすることなく二人で海を眺めているだけなのだが不思議と退屈とは思わなかった。




「また、」



気がつくと俺は口を開いていた。


「また、行こうね。」


桜井さんは一瞬驚いたような顔をしたが、とびきりの笑顔で嬉しそうに頷いたのだった。




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