前編
『光の勇者と闇の巫女』の続編です。そちらを読まないと、内容が分からないと思います(^-^;)
今回は織音が奏を弟ではないと知ってショックを受けるので、ストーリー的に少し暗めかも知れません。
こんにちは。
ご無沙汰してます。響 織音です。
最近は風邪も流行っているようですね。
皆様、如何お過ごしでしょうか?
くれぐれも体調には気を付けてくださいね。
…………え?
あ、私ですか?
私は、と言いますと──。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……………………」
豪奢なシャンデリアが天井を飾り、それが日の光を受けて、きらきらと輝く。
天井にも壁にも、嫌味にならない程度の細かな模様が彩られ。
部屋の隅から隅に至るまで、美しい調度品の数々が整然と並べられている。あ、あの花瓶、高そー……。
「……………………」
そうです。
私は今、現実逃避をしております。
だって、ね……。受け入れ難いと言うか、信じられないことがあったから……。
まっっっさか!
よりにもよって!
あんなことが起きるなんて、夢にも思わなかったよ……!
実の弟だと思ってた人に、
「僕、実は人間じゃないんだー。本当は魔物で、しかも魔王でしたー」
って言われて、
「そっかー☆」
って納得できる程、精神タフじゃないんだよぉおお!
只でさえ異世界へ召喚されて、どうしよう明日可燃ゴミが……!ってテンパってたのに、こんなことになって…………。
「……如何されましたか?」
「えっ」
声を掛けられて、はっと気付く。
そうだ、今私1人じゃなかったんだ。
鏡越しに見えるのは、お仕着せの衣装に身を包んだお姉さん。
女の私から見ても凄い別嬪さんで、ナイスバディで──…………耳が尖ってる、お姉さん。
確認するまでもなく、魔物ですよね。
(…………でもてっきり、捕まるかと思ってたのに……)
そう。
一応、曲がりなりにも『勇者』の私は、魔物にとっては敵である筈。
だからてっきり、敵意を向けられると思ってたのに……。
ちら、と鏡越しに見ると、目が合う。
わ、と思うより先に、にっこり微笑まれた。うん、別嬪さん。
「──素晴らしいですわ。夜空のような、お美しいお髪。私も遣り甲斐があるというものです」
そう言って、私の髪に櫛を通し、綺麗にまとめあげてくれるお姉さん。
…………うん。
私は今、このお姉さんに身支度をして頂いてます。
何故だか大きなベッドで寝かされていた私は、目が覚めてしばらく呆然としていたけれど、彼女がやって来て色々とお世話をしてくれました。
今は大きな鏡のある化粧台の前に腰掛ける私の背後から、化粧や髪型のセットをしてくださってます。
…………何故なのか、猛烈に訊きたい。
「──でも少し傷んでいますね。長旅をされていたのですから、充分なケアが出来ませんでしたでしょう……お労しい……。こちらの香油を塗っておきましょうね」
「……あ、ありがとう、ございます……?」
「まぁ! そんな、お礼を言ってくださるなんて……! 畏れ多いですわ、織音様」
う、うわあ……!
様って! 様って……!
だ、駄目だ、そんなふうに呼ばれたら悶絶する……!
「…………あ、あのぅ…………」
「はい?」
「その、様って仰るの……やめて頂けませんか……? 呼び捨てで結構でs」
「まぁまぁそんな! それこそ畏れ多いですわ!!」
あれ、ぶった切られちゃった……。
私と話しながらも、てきぱきと髪を結ってくれる彼女。
でもなぁ……そんな、「織音様!」だなんて……。むず痒いしなぁ……。
やっぱり、やめてください。
そう言おうとした私よりも先に、お姉さんが宣った。
「そんな、次期魔王妃様を、呼び捨てだなんて……!」
…………………………。
………………。
今なんてった!!?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの後、別嬪さんのお姉さん──リズリスさんってお名前だそうな──から聞きました。
曰く。
魔王様より。
私を丁重に扱うように、とのお達しがあったそうだ。
このお城に居る者……まぁ魔物さんなんですけど! その全てに、『私』についての紹介があったんだって。
………………次期魔王妃、として。
エ?
聞イテナイヨ?
て言うか何それどういうこと!?
私達きょうだいだよねぇえぇ!?
結婚なんて、出来るわけないじゃないのよぉおおぉお!!
第一そういうことは先に私に言うべきじゃないの!?
私をびっくり死させたいの!?
「…………──凄い剣幕ですねぇ」
「──ッわ! びびびびっくりしたぁあ!!」
リズリスさんが部屋を辞した後、ソファの上でクッションにパンチをボスボス入れていたら、突然声が聞こえた。
びっくー!!って音がするぐらい、飛び上がって驚いたよ……。
慌てて振り返ってみれば、其処には1人のイケメンさん。
真っ白の髪を背中で括って、ワインレッド色の服を着て、水色の瞳の……。
「……──あっ! あの時の……!」
そうだ!
この人……見たことある! 知ってる!
魔王を倒すぞー!ってとこで現れて、奏を「我らが王」って呼んで……。
……………………あれ?
………………って言うか、いつの間に、この部屋に…………?
急いでソファから飛び降りて、その背に回る。
だって多分、この人、只者じゃない……!
授けられた聖剣が見当たらないから、今はこうやって隠れるしか出来ないけど……!
見るからに警戒する私を見て、彼がくす、と笑った。
笑顔も格好いいです。
でも、そんなことで私は警戒を緩めたりしないよ。
だってイケメン笑顔は見慣れてるからね!(弟で。)
「…………いや、失礼。一応ノックはしたのですけれど……」
3回程。
そう言われて、私はむぅと押し黙る。
…………確かに、そう言えば、何か聞こえてたような……?
クッション相手の憂さ晴らしに夢中で、気が付きませんでした。
「……………………それは、こちらこそ、失礼しました」
ちょっと小さく謝る。
まあ注意していなかった私も悪いんだし。
そう思ってのことだったんだけど、彼には予想外だったみたい。端正な顔のまま、びっくりしてた。
「…………あぁ、失礼しました……まさか、謝られるとは思っておりませんでしたので……。流石は、魔王様のご伴侶様でいらっしゃる」
「……ッちょ、それ……!」
この人まで!
奏くん君一体何してくれちゃってんの!?
がばっ!と立ち上がって叫ぶ私にも涼しい顔で、彼が──アスタロトさんっていうらしい──「はい?」と首を傾げる。
「……ぇっと、その、魔王妃って……!」
「あぁ、はい。今は婚約者ですが、将来は結婚なさると魔王様より伺っております」
「違いますそれデマです結婚なんてしません~!!」
「何故です?」
「エッ」
思わず声が裏返った。
アスタロトさんは心底不思議そうに、私を見ている。
「私がこう申し上げるのも何ですが、なかなか居ない好物件ではないですか?」
まぁ魔王だからね!
そうは居ない物件だよね!
「──いや、そうじゃなくて! そもそも、私と奏は結婚なんて出来ないじゃないですか!」
「何故です?」
「エッ」
あ、また裏返った。
至極当然な疑問を投げ掛けてますって顔で、訊かれている。
えっ、な、何でって……。
「……え、と……こっちの世界では……って言うか、魔物さん達は違うかも知れませんけど……、わ、私の居た世界では、姉弟は結婚出来ないんです」
だってそうだよね。他の国ではオッケーな所もあるかも知れないけど、少なくとも私の居た日本では、姉弟での結婚なんて出来ないもの。
奏ってば 、何でそんなふうに言っちゃったんだろう?
辿々しかったけど、言い切った。
頑張ったよ、私……!
ふぅ、やれやれ。って感じでアスタロトさんを見ると──。
「?」って顔だった。
えっ!? あ、あれ……!?
私の言い方がまずかった?
分かりにくかったかな……?
「…………──織音様」
「ハイッ!?」
静かなトーンの声で呼び掛けられて、思わず背筋を正す。
あれ、もしかして禁句だったかな……?
こうやって世話をしてもらってる身で、何を生意気なことをって、思われちゃったかな……!?
びくびくしていた私だったけど。
次に言われたことで、そんなことは頭から抜け落ちてしまった。
「…………──貴殿方は、ご姉弟ではありませんよ?」
……………………。
…………………………。
……………………。
………………──え?
がち、と。
置物みたいに固まった私に構わず、アスタロトさんが説明を続ける。
「……魔王様は、あの時お話しされた通り、こちらでの騒動から避難する為に、織音様の世界へ転移なさいました。こちらでのお肉体のまま」
………………え?
「お姿が違ったのは、そちらの世界に合わせてのことです」
………………そ、れって…………。
「ですから、」
…………──嗚呼。
………………頭が、痛い……。
「貴殿方に、血の繋がりは、ありませんよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昔から、奏は器用だった。
1度聞いたら、すぐに理解した。コツを掴むのも上手かった。
だから、勉強もさらっと出来たし。
運動も当たり前のようにこなした。
そんな彼が、私は羨ましかったのと同時に、嬉しくもあった。
私の、自慢の弟だと。
心の底から、そう、思っていた。
(…………──思って、いた、のに…………)
かつかつ、と。
靴音が響いていた。
少し先を歩くアスタロトさんの、靴音だ。
天井が高いので、よく響いてる。
私の居た部屋を出て、今は真っ直ぐ廊下を歩いているところ。何でも、城内を案内してくれるんだって。
彼は、時々ちらりと振り返る。私がついてきているか、確認してるんだろうな。
(…………逃げやなんて、しないのに…………)
だって、何処にも行くあてなんて、無いんだから。
ふぅ、と小さく息を吐いた。
あの後、アスタロトさんはごく普通に、入室の用を告げた。「城内の案内を致します」って。
…………多分、この人は、『事実』を述べただけなんだろう。
いやまあ実際そうなんだけど。
でも。
でも、さ。
(…………──違うんだ……)
幼い頃から共に居た、大切な存在。
大事な大事な、私の家族。
たった1人の、きょうだい。
──じゃ、ないんだ…………。
(…………奏…………)
そんな人間は、居なかったんだ……。
自分の中に、ぽっかりと穴があいたような気分だった。
酷い空虚感を抱いていた。
(…………──私……独りぼっち、だ…………)
「──あら」
前方から、女の人の声がした。
アスタロトさんが、こっそり小さくチッて舌打ちしたのが聞こえる。
私はぼんやり床を見ながら歩いていたから、反応するのが遅れた。歩みを止めたアスタロトさんの足が視界に入ったから、何だろうって立ち止まる。それから、のろのろと顔を上げた。
(…………──わ)
其処に……アスタロトさんと対峙するように居たのは、2人の侍女さんを連れた女の人だった。
目を見張るぐらいの深紅の髪を長く伸ばして、それを背中に流している。
肌は羨ましいぐらいに、しみ1つ無くて、真っ白。
紫色の、ぴったりしたドレスを着ていて、体のラインがよく分かる。私と違って、ナイスバディな人だ。
大人の女性ってやつだね。
真っ赤な口紅も、よく似合うなぁ。
「…………──聞いているの? 貴女」
「…………えっ」
あっ、やば!
どうやら話し掛けられてたみたい。
ぼけーっと観察してたから、一切耳に入ってなかった。
アスタロトさんの向こう側で、女の人が眉をひそめている。
「……あ、あの……」
すみません、聞いていませんでした。
そう謝ろうとしたら、アスタロトさんがちょっと前に出た。まるで、私と女の人の間に入るみたいに。
「……──織音様、こちらはヴァイオレット様です。我が国の筆頭貴族のお嬢様です」
「オトネ? まあ、ではやっぱり、貴女がそうなの?」
はあ、そうなんですか。
こんにちは? こんばんは? 此処での挨拶って、どんなのなんだろう?
取り敢えず、こんにちはって言おうとしたら、その前に女の人──ヴァイオレットさん──が喋っちゃた。あ、挨拶のタイミングが……!
「……ぇ、と……」
「聞きましてよ。貴女が魔王様のお妃ですって? 全く、私を差し置いて、こんな貧相な者が選ばれるなんて、魔王様も余程お疲れでいらっしゃるのね」
「……はぁ……」
「ヴァイオレット様、お言葉が過ぎますよ」
アスタロトさんが、ちょっときつめの口調で窘める。
それに対して、ヴァイオレットさんは何処吹く風で、手にしたゴージャスな扇で口許を隠して笑っている。
「ほほ、何を言うの。皆もそう思っているわ」
目を細めて笑う姿は、凄く優雅だ。本物のお貴族様って感じ!
…………あ、お貴族様だった。
「──ねえ、織音様?」
「はい……?」
「貴女も、本当は分かっていらっしゃるんでしょ? 貴女が此処に居られるのは、魔王様のお情けのおかげだって」
「ヴァイオレット様!」
突然、アスタロトさんが大声を上げた。
私はびっくりしたけど、ヴァイオレットさんはちょっと顔をしかめただけだった。流石お貴族様は余裕だなあ!
「何よ。私、何も間違ったことは言っていなくてよ」
「しかし、お言葉が過ぎます……!」
「大体、私は貴方とお話ししていないわ。──ねぇ、織音様」
「……え……?」
呼び掛けられて、目を向ける。
アスタロトさんが何か言って注意していたようだけど、私の耳には入って来なかった。
ただただ、艶然と微笑む女の人の言葉だけが、はっきりと聞き取れた。
「もう魔王様を振り回すのは、いい加減になさったら?」
「お分かりでしょう? 魔王様に、貴女は相応しくないのよ」
「あのお方はお優しいから、貴女を見捨てておけないだけ。一応、一時であれ姉弟だったんでしょう?」
「でも、いつまでもそんな甘えは許されなくてよ?」
「だって──……」
ふふ、と吊り上がる、真っ赤な口紅を施した、唇。
其処から紡ぎ出される言葉が、私をぐさぐさと刺してゆく。
それを、呆然と受け止めていたけれど。
「だって、本当は、貴女はあのお方と──……」
(──嫌!)
聞きたくない!
それ以上は、耐えきれなくて。
私は、咄嗟に走り出していた。
踵を返し、彼らの──誰も居ない所へ向けて。
(……嗚呼……)
嗚呼。
嗚呼。
どうして、こんなことに?
空虚だった胸に、何かが込み上げてくる。
それに逆らうこと無く、ただ涙を溢した。
後ろの方でアスタロトさんが呼んでいるけど、振り向けない。立ち止まれない。
もう、逃げ出したかった。
ただ、悲しくて。
虚しくて。
信じていたのに。
当然だと、思っていたのに。
そうじゃ、なかった……なんて。
(……──もう、これ以上、何も知りたくない……!)
奏が出てきませんでした(^-^;)
実の弟だと、家族だと思っていた『当たり前の日常』がどんどん壊されていく織音。
それでも何とか立ち上がらなければと、次回頑張ります。
その彼女に対して、魔王様は一体どうするのでしょうか?
次回はちょっとラブコメテイストかな?と思います。