あたしの竜馬
「竜馬、逃げてっ!!」
「お、お龍!?」
自分の叫び声で、あたしは目を覚ました。
「・・・・夢?」
部屋を見渡してから、あたしは小さなため息をつく。
「夢か・・・。」
“お龍”
夢の中で、あたしの名前を呼んだ男。あたしが生涯で唯一、本気で惚れぬいた人。今でも、あの人のことを思い出す。ずっと、ずっと、ずっと、愛してるから・・・。
「竜馬・・・・。」
坂本竜馬。あたしが愛した自慢の夫。
「お龍さん!」
「・・・?誰だよ、あんた!?」
「わし、坂本竜馬言う者じゃ!お龍さん、わし、あんたに『ぷろぽぉずぅ』をしに来たんじゃわ!」
「・・・はぁ?」
「だから!わし、お龍さんに惚れたんじゃ!!」
「え!?」
「お龍さん、わしのまことのこもった『ぷろぽぉずぅ』、受けてくれんかのぅ・・・!?」
初めてあの人と会った時、あたしは言葉を失った。
あたしの父さんは医者だったが、安政の大獄で連座され、そのまま獄死してしまった。父さんが死んでから、犯罪者の娘として、あたし達家族は苦労に苦労を重ねた。泣いてなんかいられない。やられたら、やり返す!女だからって馬鹿にされないように、気を強く持って生きてきた。だからあたしは、滅多なことじゃ動じない。それなのに・・・・。
「わし、お龍さんの気風ぅのよさに惚れたんじゃ!妹思いのあんたに惚れた!」
「・・・あんた、廓の者・・・!?」
その言葉で、あたしはあの出来事を思い出した。
ある日、あたしのとこに知り合いが来て、あたしの妹二人が、遊郭に売られそうだと知らせてくれた。あたしは、側にあった包丁を掴むと、妹達の元へと向かった。扉を蹴り倒し、泣き叫ぶ妹達を抱き寄せる。驚く売人の喉に、あたしは持ってきた包丁を突きつけた。
「誰の妹を売り飛ばす気じゃ!?そっちがその気なら、あたしはお前を殺して、磔になってやる!!いいや・・・刺し違えても妹は渡さんよ!!」
「な、なんだ、お前は!?」
「この子らの姉のお龍じゃ!さあ、早く護身用で持ってる刀を抜かんかい!!これから殺し合いをするのよ!?大事な妹を廓にも、お前にも、渡してたまるか!!」
「ま、待ってくれ!落ち着い――――・・・・!!」
「ちょいとあんた!いきなりなにを――――!?」
「それはこっちの台詞じゃ、世話焼きババア!!そこで見てるお前らも同罪じゃ!!一人、二人、殺すのも同じこと・・・!!あたしの妹達を連れて行くなら、まとめてこの場で殺してやるっ!!」
「だ、だれか役人を―――――!」
「呼べ!今すぐ役人を呼べ、クソババア!!役人の前で、お前ら全員道連れにしてやる!!その体を切り刻んでやる!あたしの妹を奪う奴は、誰であろうとぶっ殺す!!」
「ひっ、ひぃい・・・!!」
「わ、わかった!わかったからやめてくれ!金をやるから、あんたの妹を連れて帰ってくれ!!」
包丁を振り回して怒鳴り散らせば、その場の誰もがあたしに従った。あたしは、『侘び料』として妹達の代金と、妹二人を家に連れて帰った。おかげで、あたしの妹を、遊郭に紹介しようとする馬鹿な輩はいなくなったんだけど・・・。
「わしな、あんたの話を聞いて、あんたに会いたくなったんじゃ!妹思いのあんたを、一目見てみたかったんじゃ!」
あの事件以来、目の前にいる男のように、あたしを見物に来る連中が増えた。客商売をしていたので、客が来ることは店の利益になった。その分、あたしの手間賃も増えるので好都合だった。でもたまに、あたしに好きだのなんだのと言い寄ってくる輩がいた。あたしはその度に、言い寄ってくる男供を追い返した。見物ついでに、女を口説く男に限って、ロクな奴はいやしない。だからこの時も、いつものように追い返そうとした。
「それじゃあ、見て気がすんだでしょう!?仕事の邪魔だから、さっさと帰って!」
「それは出来ん!わし、一目あんたを・・・お龍さんを見て、好きになってしもうたんじゃ!」
「なによ、あんたあの売人から金でも貰ったの!?あたしを誘惑して来いとか言われたわけ!?」
「だから違うんじゃ!わし、人買いの知り合いなんぞおらん!純粋にお龍さんに誘惑されたんじゃ!!」
「あたしがいつ、あんたを誘惑したの!?」
「今。」
そう言って、なにかをあたしに差し出す。
「これ・・・。」
「わしから、お龍さんへの『ぷぅれぜんとぉ』じゃ!」
「『ぷぅれぜんとぉ』・・・?」
「贈り物じゃ!贈り物!!」
男が差し出したのは、小さな花束だった。それは、どこにでもあるような花もあれば、そうでもない花もあった。いろんな花が混じった花の束。それを、桃色の和紙に包んで、色鮮やかな紐で、変わった形に結んでいた。
「・・・それが・・・これ?」
「そうじゃ!まぁ・・・ちょっと、しょぼいけどなぁ・・・。」
そう言って項垂れる姿に、あたしの情がほだされた。思わす、男の手から花束を受け取ってしまったの。あたしが受け取った瞬間、男の顔がパッと輝いた。
「気に入ってくれたんか!?」
「そうね・・・綺麗よ。」
あたしの言葉を聞いて、嬉しそうに、はにかむ男。ところが、何故か急に、悲しそうな顔でため息をついた。
「ど、どうしたの?そんな暗い顔して・・・!?」
相手の変化に、思わずあたしは聞き返していた。すると男は、少し拗ねたような口調で言った。
「・・・わし、本当は、きちんとしたものを贈りたかったんじゃ。でもな、用意してる間に、お龍さんを他の男に取られたらと思うと、焦ってしもうて・・・。」
「・・・え?」
「とにかくお龍さんに、あんたに惚れてる男がいるってことを早く伝えたかったんじゃ!でも、手ぶらで会いに行くのも格好がつかんから、喜んでくれそうなもんをいろいろ考えたんじゃが・・・。」
「・・・その結果が、これ?」
「これでもわし、頑張ったんじゃよ?」
苦笑いを浮かべる相手に、あたしも自然と笑みがこぼれる。
「なに言ってるの?これで十分よ。あたし、すごく気に入ったわ。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが・・・やっぱり、わしの気がすまんよ。本当はもっと良い物を、お龍さんに『ぷぅれぜんとぉ』したかったんじゃ・・・。」
「落ち込まないでよ!あたしは、これで満足してるんだから、それでいいじゃない!?」
「・・・すまんな、お龍さん。今、手持ちがなくて・・・・。わしには、これが精一杯なんじゃ。」
「ちょ、ちょっと!お侍様が、自分の懐事情を、こんな人前で言っちゃだめでしょう!?」
「ええよ。見栄張っても、ないもんはないんじゃから。」
「ないって・・・・。」
「それにわしは侍じゃない。坂本竜馬じゃ!わかりやすく言えば、優しいお龍さんに惚れた男じゃよ!」
「え・・・?」
(優しい?あたしが?)
「お龍さん、誤解せんでくれ!わしは、どこの回し者でもない!ましてや、人買いの手先でもない!!」
「ちょ、ちょっと!」
「わしは、純粋にお龍さんに惚れてるだけなんじゃ!!」
まっすぐな瞳が、あたしを見つめる。その瞬間、今まで感じたことのない気持ちにあたしはなった。返事に困るあたしに、あの人はまじめな顔で言った。
「わし、お龍さんを本気で愛しとるんじゃ!!!」
店の中で、あたしに向かって大声で宣言する男。客も、店の子も、みんな呆気にとられていた。大の大人が、人前で、それも本人の目の前で、『好き』だと告白する。侍の格好をしてるのに、侍じゃないと言い張り、侍とは思えないほど、ほがらかな態度を取る。聞きなれない言葉を使いながら、あたしに花束を贈る男。大人のくせに、子供のように頬を少し染めながら言う姿。ニコニコしながら、あたしの返事を待っていた。
そしてあたしは――――――
「・・・なによ、『ぷろぽぉずぅ』って。」
竜馬の言葉に、胸が熱くなっていた。
その日を境に、あたしは竜馬と会うようになった。竜馬は毎日、あたしに会いに来てくれた。店の者が、『あれは有名な、坂本竜馬だぞ!』と、騒いでたけど、そんなことあたしには関係ない。
「竜馬・・・あたしも、あんたに惚れた。」
相手がどんな男だろうが関係ない。惚れた相手が、『坂本竜馬』という名前と身分を持ってたってだけのこと。
「本当か!?」
「本当よ!・・・すごく大好き・・・!」
「じゃあ、愛しとるんか!?」
「うん、愛してる!!」
あたしの言葉に、あの人は子供のように笑う。そして、力いっぱいあたしを抱きしめてくれた。やったぁーと、声を上げて喜ぶ竜馬。そんな竜馬に、あたしはすごく嬉しくなった。
「お龍!今日から、わしとお前はずっと一緒じゃ!!」
こうしてあたしは、竜馬が泊まっている『寺田屋』で、あの人と一緒に過ごすこととなった。竜馬と暮らし始めてから、あたしはあの人がすごい人だと実感した。みんな、竜馬を慕って集まってくる。竜馬に憧れ、頼ってきた。あの人は、どんな人間でも拒まなかった。誰に対してもわけ隔てなく接する竜馬にみんな惹かれていった。
もちろんあたしも・・・!
「あたし・・・竜馬のこと、ますます惚れ直したよ。」
あの人の腕の中で囁けば、あの人もあたしの耳元で呟いた。
「わしは、もっと惚れとるぞ。お龍のことが、大好きじゃ・・・・!」
人懐っこい笑みを浮かべて笑う竜馬。あたしも、それにつられて笑った。竜馬といる時、あたしはいつも笑っていた。だって、とても楽しいんだもの。
誰からも好かれる竜馬。
だけど、そんなあの人を快く思っていない輩もいた。
「わし、敵が多いんじゃ。だからお龍も気をつけてくれよ。」
お龍になにかあったら嫌じゃ、とあの人はぼやく。あたしはそれを、いつも笑い飛ばしていた。竜馬を殺す奴がいるなら、あたしが竜馬を守ってみせる。そう思っていた。
「間違いないのか?ここに坂本竜馬が・・・!?」
「確かめた!殺すなら今じゃ。」
だからその会話を聞いた時、あたしはすぐに行動できた。
その時、あたしはお風呂に入っていた。竜馬は二階で、仲間の三吉さんと一杯やっている。
そっと湯船から上がると、声のする方へと耳と目を向ける。するとそこには、浪人風の男達が話しこんでいた。
「奴は、我々に気づいていない。」
「よし、刀のサビにしてやろう・・・!」
(こいつら竜馬を殺す気だ!!)
考えるより先に、あたしの体は動いていた。風呂場から飛び出すと、一目散に竜馬のいる部屋に飛び込んだ。そして、愛しいあの人に向かってあたしは叫んだ。
「竜馬、逃げてっ!!」
「お、お龍!?」
あたしの言葉に、竜馬は飲んでいた酒を噴出す。側にいた三吉さんも、大げさにむせかえった。
「酒なんか飲んでる場合じゃないよ!早く逃げて!」
「逃げ・・・!?お、お龍、お前その格好―――――!」
「今風呂場で聞いたんだよ!浪人達が、あんたを殺そうとしてるの!!」
「なっ・・・!?さ、坂本さんをですか!?」
「本当か、お龍!?」
「そうだよ!ほら、早く逃げて!刀はどこ!?また腰からはずして!!」
咳き込む三吉さんと、目を見開く竜馬の頭を叩く。そして、無造作に転がっている刀を拾って渡した。
「侍が、刀を体から離してなにやってんだい!?」
「怒るな、お龍!お前こそ、なにをしとるんじゃ・・・!?」
痛たた、と言いながら、羽織っていた着物を脱ぐ竜馬。
「お前・・・裸でここまで来たんか?」
そう言って、あたしに服をかける。頭に血が上っていたあたしは、竜馬のその言葉で落ち着きを取り戻した。
「ずいぶん、『さぁびすぅ』したんじゃなぁ〜?」
ゲラゲラと笑う竜馬。その横では、坂本さん、と真っ赤な顔で三吉さんが注意する。
あたしは、竜馬のためなら、どんなことでもするつもりだった。だから、竜馬が笑った時、その耳を掴んで言ってやった。
「のん気に笑ってる場合!?あたしは、坂本竜馬のためなら、この格好でどこだって行ってやるよ!」
「い、痛たた!お、お龍・・・!」
「惚れた男のためなら、あたしは殺されてもいいんだよ!惚れて男を守るためなら、どんなことだってしてやる!」
「お龍・・・。」
「だから早く逃げてよ、竜馬ぁ!!」
竜馬のために、急いで来たのに。なのにあの人は、ぜんぜん危機感を持ってない。
「この馬鹿!あたしがどれだけ・・・・!」
(どれだけ心配したのかわかってるの・・・!?)
自然と涙があふれてきた。その涙が、なにを意味しているかなんて、あたしはわからなかった。わからなかったけど――――――
「・・・お龍、その浪人は、風呂場の側で話してたんか?」
「・・・そうだけ―――――りょ、竜馬!?」
あの人はあたしの涙をぬぐった。暖かい・・・ゴツゴツとした大きな手で、あたしの涙をぬぐうと抱きしめた。
「お龍、すまんな。お前が知らせてくれて助かった。」
そう言った竜馬の表情は、すごく真剣でまじめな顔をしていた。
「わしのために、泣いてくれとるんじゃな。お龍を泣かせたわしは、悪い男じゃ。」
「竜馬・・・。」
「心配かけたな、お龍。」
その言葉で全部わかった。あたしが泣いてるのは、竜馬が原因。竜馬のことで泣いてるんだ。竜馬は、あたしの大事な人だから。心底惚れぬいた男だから。それほどの男だから。
「竜馬が死ぬなんて許さない・・・!」
「わしは死なんよ。お龍が、恥を忍んで知らせてくれたんじゃ。だから逃げるぞ。」
あたしの涙をぬぐいながら、優しい声であの人は言う。でもその顔は、いつもとは違う、【男の顔】をしていた。走ってきたせいか、あたしの胸はすごくドキドキしていた。
でも、それだけじゃなかった。
「わしらは、このまま逃げる。慎蔵君、急ごう!」
「はい、坂本さん!」
「竜馬・・・!」
男らしい竜馬を見たせいだ。こんないい男、日本中探しても見つかりっこない。
そう思って、ギュッと抱きつけば、竜馬も強く抱きしめてくれた。
「裏から逃げた方がいいな、慎蔵君?」
あたしを抱きしめたまま、竜馬は三吉さんに声をかける。目だけで竜馬を見れば、あの人は優しく微笑んだ。
「わかっとるよ、お龍。」
その言葉で、あたしの不安は吹き飛んだ。三吉さんも、竜馬の言葉で素早く身支度を整えた。
「さあ、急ぎましょう!」
そう言って、三吉さんは部屋から出ようとしたんだけど――――――――
「待て待て!そっちじゃない!!」
「え!?」
「竜馬!?」
逃げようとする三吉さんに、待ったをかける竜馬。これには、あたしも声をかけられた三吉さんも驚いた。
「なにを言ってるんですか、坂本さん!?」
「そうよ!早く裏から――――――」
「―――――逃げるんはお前じゃ、お龍。」
「竜馬!?」
「いいか、お龍。お前は裏から逃げて、助けを呼んでくれ。わしは、慎蔵君と一緒に行くからな。」
「助けって・・・!今逃げるって言ったじゃない!?まさか戦う気なの!?」
「ノンノン!さっきも言ったが、わしらは逃げるんじゃぞ?」
「でしたら、早く行きましょう!お龍さんの話では、奴らがここに来るのも―――」
「――――――時間の問題じゃ。だから、あっちから行こう。」
そう言って、竜馬が指差した先には小さな障子。
「窓から逃げるの!?」
あたしの言葉に、シーと、人差し指を立てながら竜馬は言った。
「大正解。さぁ慎蔵君、夜の闇にまぎれようか?」
「なるほど!屋根から逃げた方が、下まで降りる手間がはぶけますね・・・!?」
「そういうことじゃ。お龍、お前も見つからんように逃げるんだぞ。」
「竜馬・・・。」
「お前になにかあったら、わしは嫌じゃからな。」
「だったら、腰から刀を離さないでよ!あたしだって、竜馬になにかあったら嫌よ!?」
「刀がなくても平気じゃ。これをかませばいいんじゃから!」
そう言って、懐から黒く細長い物を取り出す竜馬。変な形をした鉄の塊に、あたしは首をかしげる。そんなあたしに、竜馬は満面の笑みで言った。
「西洋式の武器じゃ。これはすごいぞ〜!どんだけすごいかは、今度教えてやるからな!」
「馬鹿!この生き死にかかってる時に、なにのん気なことを・・・!」
「平気じゃ!弁天様の裸も拝めたからの〜?」
「竜馬っ!」
助平な笑いをする竜馬に、あたしは声を荒げる。そんなあたしに、怖い怖い、と茶化す竜馬。
「坂本さん、お龍さんも!痴話喧嘩はそこまでにしてください!!」
あたし達のやり取りに、痺れを切らした三吉さんが声をかける。
「すぐ行くよ〜慎蔵君。じゃあな、お龍。」
そう言うと、あたしに口付ける竜馬。人前でされたことと突然だったことで、あたしは顔が熱くなった。
「これも西洋式じゃ。」
口をパクパクさせるあたしに、あの人はにっこりと笑いかける。そして竜馬は、素早くあたしから離れた。
「愛しとるぞ〜お龍。」
そう言い残すと、夜の闇へと竜馬は消えてしまった。
あの人の行動に、あたしは呆気にとられた。でもすぐに、部屋からも、池田屋からも飛び出した。竜馬がくれた着物を羽織、そこら辺に干してあった紐をかっぱらって腰に巻いた。
(あの助平!助平!助平竜馬!!)
三吉さんの目の前で接吻なんかして!なにが西洋式よ!?人が心配してるのに!
頭の中は、竜馬のことでいっぱい。竜馬に対する怒りや愛情、喜びや戸惑い、いろんな感情があたしの中に渦巻く。そんな気持ちを振り払うように、あたしは夜道を走った。
竜馬のために―――――――・・・・!!
その後、あたしと竜馬は結婚した。竜馬と一緒にいる時間は少なかったけど、それでもあたしは幸せだった。心のままに、笑って、泣いて、怒って、笑って・・・・。
「新婚旅行じゃ!」
一緒にいれないあたしのために、竜馬は二人だけの時間を作ってくれた。夫婦水入らずで過ごすために、『新婚旅行』だと言って、あたしと竜馬は旅行に出かけた。
めまぐるしく変わる世の中で、これほど穏やかで、幸せな時間が過ごせるなんて・・・。
「わしらは幸せじゃな、お龍!」
「幸せよ・・・竜馬。」
竜馬が与えてくれる幸せが、永遠に続くように思えた。
竜馬が夢見る、争いのない、みんなが平等に暮らせる世界。
身分や格式にとらわれず、平和で幸せに暮らせる世の中。
坂本竜馬なら、それを実現させるとあたしは信じていた。
本気で信じていた。
竜馬のことを―――――――・・・・・
「竜馬・・・。」
枕元に置いてある包みに手を伸ばす。
「なんで、死んじゃったのさ・・・。」
あんたが死んだと聞いた時、あたしはあんたが死んだなんて信じられなかった。
「馬鹿だねぇ・・・あれほど、刀を腰から離すなって言ったのに・・・。」
信じられなくて、あんたに会いたくて、あんたの側に行こうとした。
「どうして、女房の言うことをきかないのよ・・・・!」
でもあたしは、竜馬の死に顔を見れなかった。
「男同士で心中なんて・・・浮気もいいとこじゃない?」
怖くて見れなかったんじゃない。
「もう・・・何年経つのかね。あんたがいなくなって。」
あたしはそんな弱い女じゃない。
「竜馬・・・今日ね、あんたの『仲間だと言う奴ら』に会ってきたよ。」
竜馬の葬儀に行くことも、出ることも、坂本竜馬の仲間達が許さなかった。
「あんたが死んだ時、あいつらはあたしに・・・竜馬の葬儀に来るなと言った。あたしを『坂本竜馬の妻だと認めない』だってさ・・・!」
妻である、正妻であるあたしに、坂本竜馬の葬儀に来るなと、あいつらは言った。
「それが今になって、『坂本竜馬先生が、愛した人だから出てほしい』だって。あいつら、世間の目を気にして、あたしにそんなことを言ってきたんだよ?馬鹿馬鹿しくて、笑えやしない・・・!」
竜馬の周りの男達が、あたしを嫌っているのは知っていた。嫌いなら、嫌いなままでいい。無理して、好かれる必要なんかない。
「竜馬・・・あたし、悔しくなんかないからね。」
あたしは、竜馬に愛されていればそれでいいの。
「竜馬・・・・・今のあたしでも、愛してくれる・・・?」
ゆっくりとした手つきで、お龍は布の包みをひもとく。
竜馬が死んでから、周囲の勧めもあって、あたしはあの人の実家に行った。あの人が育った土佐の地で、残りの人生のすべてを、夫・坂本竜馬の供養にささげようと思った。
だけど――――――
「いくら弟の嫁だっていっても、もう我慢できないね!この性悪女!!今すぐ出て行きな、クソガキ!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!クソババ!!竜馬の姉じゃなかったら、足腰立たなくしてやってるさ!」
あたしは竜馬の家族と・・・・姉の乙女とうまくいかなかった。仲良くやろうと努力はした。でも、あたしも乙女も気が強い。そして、思ったままのことを口にする。乙女が、あたしをどう思っているかなんてわからない。だけど、竜馬を慕う志士仲間から、あることないこと聞かされていたらしい。『お龍』を嫌っている連中から聞いた話。坂本竜馬を尊敬し、敬うもの達から聞いた話。だから乙女は、会う前からあたしを嫌っていたんだ。あたしがどんなに『義姉』として慕っても、あの女があたしを『義妹』と認めることはなかった。
結局、乙女義姉さんと喧嘩をして、あたしは土佐を飛び出した。
みんな・・・・・誰もあたしを助けてくれない。
竜馬の仲間も、家族も、誰も・・・あたしを助けるはずがない。
「あたし・・・妬まれてたみたいだよ。坂本竜馬が、一番愛する人間だったから・・・。」
苦しい生活の中で、町から町に流れ・・・横須賀にたどり着いた。
そこであたしは、呉服商人をしている男と結婚した。
竜馬以外の男と結婚した。
竜馬以外の男の妻になった。
竜馬以外の男に体を許した。
生きていくために、竜馬以外の男に身を売ったの。
「あたしを『養ってくれてる男』は、あたしのことが好きなんだって。」
呉服商の男は、あたしを大事にしてくれた。あたしに一目惚れして、毎日あたしの仕事場に通ってきた。
「変なところが・・・あんたと同じだよ、竜馬。」
包みの中身を取り出し、それを手に取るお龍。
「あんたが死んでから・・・あたしは酒びたりの悪妻になった。『ひどい女』っていう、烙印押されてるんだよ・・・・。」
好きでそうなったわけじゃない。
竜馬以外の男と一緒になった自分が許せなかった。
竜馬を忘れようと、気をまぎらわそうとお酒に手を出した。
「その結果が、手のつけられない悪妻なんてさ・・・!」
お龍の頬を涙が伝う。その雫は、彼女の手の中へと落ちた。怪しく、黒光りする塊の上へと・・・。
「これは、西洋式の鉄砲で、『銃』というもんなんじゃよ!」
「こんな短いのが・・・!?」
短筒を見せながら、竜馬は子供のように笑う。
「お龍、これお前にやる!」
「はぁ!?鉄砲をあたしにぃ〜?」
「これな、鬱憤がたまった時にぶちかませ!スカッとするぞ!」
「竜馬、これはあんたが大事にしてるもんでしょう?それを、あたしなんかに―――」
「お龍だから、やるんじゃ!わしはもう一つ持ってるからえぇんじゃ!」
「だけど―――!」
「いいから、いいから!わしは、お龍が大好きだからやるんじゃぞ!?」
「もう!なにかって言うと、好きだのなんだって―――!」
「言える時に言いたいんじゃ!手紙で書くより、面と向かって言った方がいいじゃろう!?」
「竜馬・・・。」
「それともお龍は嫌か!?こういうわしは―――――・・・?」
しょんぼりとする竜馬。あたしは、そんな夫が愛しくて、嬉しくて、本当に――――――
「大好き。」
そう言って、口付ければ、竜馬は真っ赤になった。
「お、お龍!?」
「これが、『西洋式』なんでしょう?」
「うぅ〜・・・!――――お龍にはかなわん!!」
降参とばかりに、両手を挙げる竜馬。万歳をした手は、そのままあたしを捕まえた。
「お龍、大好きじゃ!」
「あたしも竜馬が好き!」
「わし・・・お龍には、本当に一目惚れだったんじゃぞ?」
「あたしも。」
「本当か!?」
「あたしが、嘘言ってる風に見えるわけ!?」
「見えん!!」
お互いに、強く抱きしめ合う。ずっと、ずっと、愛しい相手を抱きしめた。
「竜馬・・・あんたが死んだのは、あんたがいけないのよ。」
竜馬からもらった鉄砲を握り締める。
「『寺田屋』の時みたいに、あたしを側に置かなかったのがいけないのよ。」
形見となった銃は、とても冷たくて、熱くなったあたしの心を冷やしてくれた。
「あたしを連れて行ってれば、『寺田屋』の時みたいに助けたのに・・・。」
“竜馬、逃げてっ!!”
“お、お龍!?”
さっき見た夢を思い出す。寺田屋での出来事。
今でもあたしの夢に出てくる、懐かしい思い出。
竜馬が死んだ日。あの日、あの場所にあたしがいれば―――――!!
「竜馬は絶対・・・死ななかった。」
あたしが竜馬を守ったのに・・・・・!!
「竜馬・・・あたし苦しいよ。」
あんたが、あたしを好きだって言ってくれた時みたいに、すごく胸が熱いよ。
だけど、あの時みたいに嬉しくもなんともない。毎日、つらいことばっかりだよ。
「とにかく、落ち込んだ時に打ってみろ!」
そう言って、渡された銃が、竜馬からの最後の贈り物。あたしはそれを強く抱きしめた。
竜馬が死んでから、日本は大きく変わった。平等の世界に程遠い。どいつもこいつも、戦争、戦争で喧嘩ばっかり。血みどろの争いをしてる。あんたの仲間だった連中も、志士も、同志も、子分も、信者も、盟友も、みんなみんなみんな――――――――!!
「・・・いいこと思いついたよ、竜馬。」
そう呟くと、銃を持って、そっと部屋から抜け出すお龍。
「竜馬・・・『ここに来てる』なら見ててよ・・・。」
あたしは今、あんたが死んで、その何回忌目かをしのぶための祭典に来てるの。年数なんて数えてないよ。だって、【裏切り者達】が決めた『パフォーマンス』なんだから。
あたしは、その見世物として招待されたの。
「フフフ・・・まだ起きてる。」
洋式の建物の無数にある窓の一つ。そこだけ、明かりが灯っていた。その部屋は、竜馬の部下だった男が使っている部屋。
「全員いるみたいね・・・。」
窓に映る人影を数えると、銃に弾を込めるお龍。
散々人を馬鹿にしておいて、今頃になってから『坂本竜馬の妻』として認めるという連中。
「あたし・・・ずっと気に入らなかったのよね。」
月明かりを頼りに、銃口を的へと向ける。
“これな、鬱憤がたまった時にぶちかませ!スカッとするぞ!”
「周りになんて言われようが関係ないの・・・・。」
見栄や外見、体裁ばかりを気にする卑怯者の、小心者共!
「あたしは坂本竜馬の妻・お龍・・・・!」
周りの許可なんて要らない。竜馬だけに必要とされればいい。あたしが望むものは竜馬との愛だけ。
「坂本竜馬に愛され、竜馬に妻として認められた女――――――!!」
積年の怒りと、恨みと、悲しみと、苦しみをこめて引き金に引いた。
ガラスの割れる音と共に、絶叫が館中に響く。
それを聞き届けると、上機嫌で彼女はその場を後にした。
坂本竜馬の死後、彼をしのぶ会が開かれた。
竜馬を慕う男達は、久しぶりの再会を果たし、思い出話に花をさかせた。彼らは夜中まで酒を酌み交わした。話題は、坂本竜馬のことから、今後の政治、経済、女の話へと変わる。
そして、偉大なる坂本竜馬の話を戻した時だった。
銃声と共に、窓ガラスが割れ、部屋の中のシャンデリアが落下する。そして、部屋は漆黒の闇に包まれた。突然のことに、逃げ惑う者、腰を抜かす者、怒鳴り散らす者で、部屋は大混乱になった。
結局、狙撃をしてきた犯人はわからずじまい。無論、犯人を捕まえることはできなかった。そのため、この出来事は公にされることはなかった。
ただ・・・・・彼らの部屋に打ち込まれた銃弾を見て、誰もが凍りついた。
「おい、この弾は・・・・!」
「間違いない・・・!坂本先生が使われていた銃の弾だ・・・。」
「誰かのいたずらじゃろう!?」
「馬鹿言え!この型は古いから、もうどこにも売ってないし、政府でも取り扱っていないんだぞ!?」
「そ、それじゃあ――――・・・!ば、化けてでられたのか!?」
「竜馬がか・・・!?」
「まさか!そんな非科学的なことが――――・・・・!」
言い知れぬ恐怖を覚え、その場にいた全員が口を閉ざす。
その後、坂本竜馬をしのぶ会は無事に閉幕した。
あの晩、部屋にいた誰もが、無言のままそれぞれの岐路へとつく。
そんな中、ただ一人、『坂本竜馬の妻』だけは、満足そうに帰っていったのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
坂本竜馬の妻・お龍さんについて書いてみました。短編として書いたのですが、長々と書いてしまいました・・・その点が、ちょっと反省です(大汗)
今回、竜馬とお龍を題材にして書いたのですが、少し、オリジナルで書いてみました。坂本竜馬は、個人的にすごく好きで、その妻であるお龍さんもかなり好きです。だから、短編という形で、お龍さんを主人公にして書きました(照)
お龍さんが、竜馬の仲間に嫌われていたのは知っていましたが、竜馬の姉・乙女と仲が悪いというのは知らなかったです・・・。今回、この小説を書くにあたり、いろいろ調べているうちにわかったんですよね・・・(汗)ただ、お龍という人間を調べていくうちに、この人が本当に愛していたのは『坂本竜馬』だけなんじゃないかと思えてなりません。
いろんな意味を込めて、竜馬とお龍が、死後の世界で仲良く暮らしていることを願います・・・!!
誤字・脱字・史実と違うという点を発見された方、こっそりでいいので、教えてください・・・!!よろしくお願いします・・・!!ご連絡をいただき次第、即座に訂正いたします(下記)
※
※
※
ある方からのご連絡により、2008年 01月 17日に本文の一部を修正いたしました(赤面)
そして本日、2010年6月9日、2009年 10月 16日にご連絡頂いていた方からご指摘により、後書きを一部訂正いたしました(大汗)!!
後書きで、【坂本竜馬が暗殺された事件】を『池田屋事件』などと書いてしまいましたが・・・・
正しくは『近江屋事件』でしたー(赤面)!!!
ごめんなさーい・・・!!
後書きの間違いもそうですが、ご連絡頂いたことにまったく気づいていませんでした・・・(大汗)
親切で教えてくださったのに、気遣いとかお馬鹿過ぎます・・・本当にすみません・・・!!
本当に申し訳ありませんでした(土下座)!!!
そして、ありがとうございまいした(感涙)
間違って、覚えてしまった方、心より、お詫び申し上げます・・・(土下座)!!
ご指摘くださった方のお名前は、その方のプライバシーを考え、前回同様この場では伏せさせていただきますが、本当にありがとうございました・・・・!!!教えてくださった方、ありがとうございます!!なのに、気づくのが今頃と言うのは・・・笑ってください・・・(泣)
そして、なにも知らずに読まれた方!!真に申し訳ありません!!本当にごめんなさい!!誤報を伝えてしまいました!!池田屋は新撰組関連の事件ですので、正しくは近江屋です!!読んでいておかしいと思いましたよね!?竜馬ブームで読み込んでいらっしゃる皆さんに、失礼なことを・・・!!
本当に、お騒がせいたしました(平伏)