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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
99/142

リターグ動乱・3

「敵三番艦、中破、下降。戦線離脱」通信士の声が飛ぶ。

「目標、敵四番艦。砲撃はじめ」艦長の野太い声が響く。

 砲撃はじめ、と、通信士が射撃指揮所に伝える。

 その背後のやりとりを、ルキフォンスとケンサブルは、感慨もなく耳にしていた。

 この旗艦の戦闘指揮所には、司令も参謀もいるが、いまはブリッジとやりとりはしていない。ほとんど艦長の判断で、戦闘を展開している。それだけ、戦況は明らかだということだ。

「地上も、もう終わるねえ」と、ケンサブルが、だれにでもないようにつぶやいた。

 ブリッジから見える、遠い前方に広がるリターグ市街は、黒煙に包まれていた。

「いかに『知事』でも、どうにもならぬ」ルキフォンスが応じた。「リターグは落ちる。これで、あのリディアという娘は、流浪の徒になる」

「流れ流れる、そんな自由が、あるかねえ」ケンサブルが笑いを含んだ声でいった。

 ルキフォンスはフェイス・マスク越しに、口の端を曲げた。

 エアハルトたちが撤退命令を受けて、数十分が経過したころのことだった。

 ──それにしても、やはり知事局は、われら中枢卿団がおさえなくてはな。

 ルキフォンスは、正面に小さく見えるその建物に目をやりながら、思った。

 あそこには、『知事』の情報が詰まっている。占拠に失敗したエルフマンの二の舞は避けたい。タイミングを見はからい、ケンサブルとわたしの部隊で、中にいる『知事』を葬る。だが、おもだった者は、捕らえて、尋問にかける必要があるだろう。

 ルキフォンスの頭の中で、カチカチと、計算が組まれていく。

 リディア・ナザンと知事局の両取り。完璧だ。これほどの戦功があれば、ケンサブルもわたしも、堂々とエントールの主戦線におもむける。ようやく、最強のわがルキフォンス艦隊が、思う存分、力を発揮するときがくるのだ。

 と、その直後、ルキフォンスはふと眉をひそめた。

 ──ん?

 ……気のせいか、知事局の建物が、いま動いたような気がしたが。遠目の錯覚か?

 そのときだった。

「リターグ市街で地震発生。陸上部隊は進攻停止!」通信士が叫んだ。

 なに? と、その場のだれもが色めき立った。それはルキフォンスもケンサブルも同じだ。いや、中枢卿のこの二人は、全身にビリビリと伝わる、強烈な波動を感じていた。

「なんだこれは?」ルキフォンスはそういって、思わずケンサブルに顔を向けた。

 次の瞬間。

 ドドドドドド! という轟音が、三十キロほど離れたこの艦内にも、かすかに響いた。

 そして、リターグの周辺にいる、すべての者が、あっけにとられる光景が繰り広げられた。

 浮かんでいく。

 知事局が、地面を離れ、浮かんでいく。

 いや、ちがう。

 知事局だけではない。リターグの町全体が、すさまじい音と震動を立てながら、徐々に浮かびあがっていくのだ。

 市街に入っていたアイザレン軍のフロート・タンクが、バランスを失い、ひっくりかえり、落下していく。そしてリターグの、知事局以外の建物も、ことごとく崩壊して、倒れていく。

 その中で、一つのかたちをおびた、尋常ではない大きさの物体が、空に着実に浮かんでいくのだ。

 ルキフォンスもケンサブルも、目を見張り、声もなかった。

 ブリッジの艦長以下、兵士たちも、口をぽかんと開けて、その、この世のものとは思えない光景に見入っていた。

 陽光に照らしつけられたそれは、全体的に黄土色をしていた。

 遠目から見ると、まるで超巨大な、縦に長い岩のかたまりだ。しかし、よく見れば、それがまぎれもない装甲をまとった、一個の戦艦の様相を呈していることがわかる。

 ごつごつとしたシルエットだが、先端だけは台形に整っている。そして船体の至るところに、砲門がすえられている。

 その怪物は、ちょうどルキフォンスたちの乗る戦艦の高度で、停まった。そのときになってもまだ、町の残骸を、無残なほど地上に振りまいていた。

 ブリッジは、静まりかえった。

 これは、まるで悪夢だ、とだれもが思っていた。

 ──ざっと見積もって、全長1500メートル、というところか。

 あっけにとられながらも、ルキフォンスは平静な心を残していた。

 最大の戦艦として知られる、わがメサイアの、数倍はある。

 あれはもう、船というよりは、島だ。そして知事局の、あの小山のような建物は、ちょうどブリッジのような位置にある。

 あんなもの、どうしろというのだ。

 ドン! と、超戦艦の下の地上で、巨大な爆発が起こった。

 その場所には、まだリターグに入っていなかった、アイザレン軍の後方の陸上部隊があった。

 超戦艦からの砲撃で、陸上部隊が一瞬で吹き飛んだことは、遠方にいるルキフォンスたちにも、容易に察せられた。

「……艦長、なにをしている、退却しろ」

 ルキフォンスは後ろを振りかえって、きびしい声でいった。

「司令部からは、まだ退却の指示は受けていない」艦長は、あまりの出来事に、ほとんどあえぐような声でいった。「司令部の命令がなければ、動かない」

「では、すぐに司令と話をさせろ」ルキフォンスはさらにいった。

「卿団に指示されるいわれはない」取り乱しながらも、首を横に振って、艦長が答えた。「これは軍の船だ。きみたちの領分ではない」

 フッと、ルキフォンスの姿が消えた。

 と、まばたきをする間もなく、ルキフォンスは椅子に座る艦長の前に立っていた。

 光景が、凍りつく。

 ルキフォンスの白い鞘から抜かれた剣は、艦長の首を刺し貫き、剣先からは大量の血がしたたっていた。

 ごぼ、と喉から音を立てて、艦長が血が吐き出した。

 ルキフォンスは剣を引き、抜身のそれを片手に下げ、ブリッジを威圧するように見まわした。艦長は、椅子にうなだれた格好で死んでいた。

「権限により、この艦隊は、われら中枢卿団が接収する」

 ルキフォンスの声が、ブリッジ内に響きわたった。

 ケンサブルは、その騒動にまったく関心がない様子で、手をうしろに組み、うつろな表情で、はるか前方の超戦艦をながめていた。

「艦隊はただちに反転し、レンに退却。艦隊運動の指揮は司令に、この艦の指揮は副艦長に任せる。副艦長、すぐに司令に通信をつなげ」ルキフォンスがさらに声をあげた。

 だれもがぼうぜんとする中で、立っていた副艦長は無意識に、携帯通信機をふところから取りだした。

「やれやれ」

 外をながめるケンサブルは、そうつぶやいた。そしてふと、ギラッとけわしい目つきになった。

「あの娘と『知事』、近くにいるのに。残念だ」

 ほどなく、長方形の艦が整列するアイザレンの飛行艦隊は、180度に一斉回頭し、戦線から遠ざかっていった。

 超戦艦は、それを追う様子も、攻撃する様子も見せず、不気味に浮かびあがったままだった。


  *


 サヴァンとリディアは、言葉も出なかった。

 アッハハハハ! と、レダの笑い声が、狭いコックピットに響きわたる。

「とうとう飛んだな! サヴァン、リディア、いいか、あれが、リターグの本来の姿だ!」

 ケンサブルが察知したとおり、サヴァンたちは、リターグのすぐ近くまで来ていた。スレドラハムから飛行艇で出発して、考えらしい考えもなく、とにかく敵の陸上部隊との距離をたもって、こうしてリターグにむかって進んできたのだった。超戦艦となったリターグとは、十キロ離れた地点だった。

 コックピットからは、敵のフロートタンクがことごとく黒煙をあげている様子がとらえられた。陸に動くものはなかった。さきほどの、リターグのとてつもない砲撃で、アイザレンの一個軍団の地上部隊が壊滅したことは、空にいるサヴァンたちの目にもあきらかだった。だが、いまは上空のリターグに意識をむける以外の余裕は、サヴァンにもリディアにもなかった。

「どうだどうだ? 超兵器リターグをおがんだ感想は?」

 楽しくてしょうがないという風に、レダがサヴァンとリディアにいった。あいかわらず操縦席にはリディアがいる。サヴァンは後部座席で、レダと一緒に座っていた。

「……いや、な、なんというか」サヴァンはリターグから目を離さずに、声をふりしぼった。「つまり、おれたちは、……戦艦の上で暮らしていた、ということなのか?」

「まあ、そんなとこだ」のんきな調子でレダは答えた。

「でも、住民の方々は、どうされたのですか?」ハッとした風に、リディアがレダに顔を向けた。

「みーんな、あの中にいるぞ」ニヤッとしてレダがいった。「五万人くらい、軽く収容できる。あれが起動したってことは、避難が完了したってことだ」

 サヴァンはふと、眉根を寄せて考えこんだ。

 これまでリターグに感じていた、そこはかとない疑問が、溶けていく。なぜ、あんな小国なのに、地下の軍艦用のドックが、不相応なほど整っていたのか。なぜ、知事局のある区画だけが、あれだけ近代的だったのか。前にリターグが攻められたとき、レドムが姿を消していたのは、どうしてなのか。

 そうした、さまざまな疑問が、いま渾然一体の解答となって、空に浮いている。でも、一番の疑問は、まだ残っている。

「レダ。なんで、おまえはこのことを知っていた?」

 今度こそ、きちんとした答えをもらうぞ、レダ。

 サヴァンの、レダを見る目は真剣だった。

 こんな重大なことを、あらかじめ『知事』で知らされているとしたら、、たぶんトップ・エース級だけだろう。

 おれとつるんで大陸中をうろうろしている、『知事』の厄介者のレダが、なぜ、このことを知っている?

 それだけじゃない。レダは、いつも、ふつうの『知事』では知りえない情報を手にしている。中枢卿団の、表舞台には出ないマッキーバのことや、エントールの女帝の素性のことなど。それに、エントールの静導士団・団長のリカルド・ジャケイとも、おれにはよくわからないつながりを持っていた。

 『知事』になる前の予備学校時代から、喧嘩にあけくれ、ふてくされていたレダ。その実力はすさまじいものがあるのに、いっこうにエースになれないレダ。

 なあ、レダ。おまえは、なんなんだ?

「……あたしたちは、『知事』だ」

 レダの声で、サヴァンはわれにかえった。

「『知事』は、『事を知る』のが本分だ。そうだろ、サヴァン」

 答えをはぐらかされたかたちのサヴァンだったが、それでも、うなずくだけのものを、レダの声音は持っていた。

「おまえにも、わかるときが来るぞ、必ずな」いつにないおごそかな声で、レダはいった。「必ず、知るときがくる。なぜあたしたちが、ここにいて、こうして戦いの場に身を投じているのか、ということをな」

 すこしの間、沈黙がはさまった。

 息を飲んで、二人のやりとりを見つめるリディア。じっとサヴァンに目をやるレダ。そして、茫漠とした、とりとめのない思いから、窓の外をながめるサヴァン。

「……なんにせよ、これで、パワー・バランスが崩れるかもしれないな」

 やがて、理性の光を取り戻したサヴァンがいった。

「砂漠の諸部族を、団結できるかもしれない」

 サヴァンは、十キロ先に浮かぶ、超戦艦の威容から目を離さなかった。

「でも、そのあとはどうする。エントールに行くのか、アイザレンを攻めるのか。……もうリターグは、ああなってしまえば、戦うしかないんだ」

「いまはとにかく、リターグに向かいましょう」リディアが、いった。「きっと、レドムさんも、エアハルトさんも、待っています」

 ふう、と息を吐いて、サヴァンはうなずいた。

 リディアは操縦桿を握り、飛行艇は、空に浮かぶリターグに、ゆっくりと近づいていった。サヴァンはレドムと連絡を取るために、携帯通信機を取り出した。

 レダはそんなサヴァンの様子を、どこかいつくしむような目で見守っていた。


  *


「来るべきときが、来たな」老人の声がする。

 暗い部屋だ。

 巨大なホログラム・ディスプレイが、部屋の景観をおぼろに映し出す。そしてディスプレイ自体が映し出しているのは、遠景の、浮遊したリターグの姿だ。

「そうだね」温和そうな、若い男の声がする。「これで、また一歩、マザー・キーに近づける」

「そうならよいがな」少女の、凛とした声が聴こえる。「我は、もう待つのは嫌だ」

「ここまで、永く待った……」老人が、しわがれ声でいう。「それに比べれば、いまの時間など、問題ではない。われわれの問題は、」

 老人はつづけた。

「だれが、いつ、どう動くかだ。ラザレクでの戦いは近い。おまえたちも出るのだろう。それが今後にどう影響するのか、見届けさせてもらうぞ」

「戯言を」冷やかに少女がいった。「我に、目付けは不要だ。我は好きなように動き、好きなように動かす。きさまは自分の心配でもしているがよい、ビューレン」

 バッ、と身をひるがえし、少女が部屋を去っていく。

「カザンは、暇をもてあましている」少女が去ったあと、青年がぽつりといった。「彼女は知らないんだね、時間というものの、使い方を」

「おまえは知っているのか、マレイ」

「さあ、どうだろうね」

 ふいに、マレイと呼ばれた青年の気配が消えた。

 ビューレンはため息をつくと、瞬時に両脇に現われた、別の二つの影に、声をかけた。

「シドとミドは?」老人が、片方にたずねる。

「全快しております」

「クードとジュードは?」老人が反対側の片方に声をかける。

「再調整、終えております」

「おまえたちも、調整をおこたるなよ、ゴドー、リクドー」ビューレンはいった。「ラザレクのエネルギーの渦に、飲みこまれたくなければ、な」

 は、と同時に声を発して、その二人の気配も、瞬時に消えた。

 ビューレンは、ディスプレイに映るリターグの様子に、けわしい目を向けつづけた。


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