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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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砂漠の決闘・4

「なんということを!」

 激怒したスレドラハム王に気おされ、サヴァンは口をつぐんだ。

「冗談では済まされぬぞ、サヴァン殿。われらはリターグの防衛に役立てばと思ったからこそ、地雷や火器をお渡ししたのだ。それが、たった三人でアイザレン軍を奇襲したと?」

「もちろん、考えがあってのことです」サヴァンはふりしぼるようにいった。「すこしでも進路がそれれば、それだけリターグの助けになるかと」

「ばかな!」スレドラハム王は吐き捨てるようにいって、大きく息をついた。

 ここは、昨日までいた砂漠の部族都市スレドラハムの、都城の一室だ。数日前の交渉と同じ広間、同じような顔ぶれ。しかし前と異なるのは、だれもが険悪だということだ。

 リターグに戻るという選択も、ないではなかった。しかし砂漠民を団結させる、とリディアが豪語した手前、なんの成果もあげないうちに、リターグに帰ることははばかられる。だからひとまず、こうして近場のスレドラハムに引き返したのだが。

「これで、われらの立場は、さらに悪くなった」

 王の側近のひとりが、口を開いた。

「スレドラハムも、知らぬ存ぜぬでは通らん。そもそも、敵は侵略者だ。こちらの言い分など聞く必要がない。これによってアイザレンが増援を送りこみ、われらスレドラハムが窮地におちいったとき、そなたらは、なにをしてくれるのか」

 サヴァンは、言葉につまった。

 もしこの場にリディアがいれば、なにか勢いのあることをいってくれたのだろうけど、とサヴァンは思った。でも、リディアはここにはいない。数時間前、砂漠で倒れてからまったく生気がなく、いまは部屋で休んでいる。ついでにいえば、レダも肩の傷の治療と、リディアの付き添いでいない。孤立無援。なんとも無力だ。

 日ごろ、『知事』だなんだといわれ、尊敬されはするけど、実際はこんなものだ。矢のような追及になにも答えられず、うなだれている。こんなとき、エアハルトならどうしただろう。それか、コーデリアなら。かれらのようなトップ・エース級なら、もっとましな対応ができるんだろうな。

 サヴァンは沈んだ面持ちで、いまにも爆発しそうなこの会議の席を、どうやって切り抜けるかと思案した。

「もし、アイザレンが増援を送り、はるばる南下をしてくるのであれば」

 やがて、サヴァンはほとんどやけっぱちでいった。

「それは、このヴァキ砂漠全体の窮地ということです。スレドラハム一国の問題ではありません。それ以前に、このレガン大陸そのものが、もはや窮地といっても過言ではありません。エントール皇国は聖都をおびやかされ、われらの聖地リターグも、いまこうして危急の憂き目を見ております」

「……状況を確認したところで、どうにもならぬ」

 スレドラハム王が応じた。

「わが血はすなわち、民ひとりひとりである。民を守るためであれば、忍従もいとわぬ」

「お立場は、心得ております」サヴァンは、そうかしこまっていうほかなかった。

「貴公らには、リディア殿下の体調が整い次第、即刻この国を出てもらう」側近のひとりが、厳しい口調でいった。

 リディア……

 サヴァンは目を伏せて、いまは床についているはずのリディアに、思いをはせた。



 舞っている。

 どこか遠くで、舞踏の音が聴こえる。

 木々におおわれた広大な地平。

 舞う者はだれか。すがたは見えない。ただ女の舞いの歌声と、楽器の音色だけが耳に届く。

 目は、木々を俯瞰している。

 実りのない枝をさらした、貧しい木々たち。

 ふと、舞いの音が大きくなる。耳元に迫る。

 すると、とたんに木々たちが、赤や白のきらめく花を、見る見るうちに咲かせていく。

 なんという光景。

 見る間に咲き誇った木々たちが、今度は動く。

 地面をなだれる。滑るように、大波のように、一体となって、どこへかすさまじく移動する。

 あとには、地面だけが残される。

 茶色の土砂の広がり。

 風が吹く。

 たちまちのうちに、土砂の地面は、砂の平原に一変する。

 これは、いいことなの? わるいことなの?

 かたずを飲んで、リディアはそれを空から見おろす……



 夢から覚めてみれば、はげしい動悸と耳鳴りがしていた。

 すぐ近くに気配がする。もう空気の揺らぎだけで、それがだれかわかる。

「レダさん」リディアは、ベッドの横の椅子に座っているレダに、声をかけた。

「お、やっと起きたか」レダはリディアに顔を向け、ニヤッと笑った。「サヴァンは、いまたぶん、針のむしろだぞ。さーて、これからどうしたもんか、考えなきゃだな」

「わたくし、また気を失って……」

「気にするな、いつものことだ」さらっとレダがいった。「一応いっておくけど、ここはスレドラハムだぞ。あたしらは、あの中枢卿の連中から逃げて、ここに戻ってきたってわけだ」

「レダさん、怪我のほうは?」リディアは、レダの制服の、血に染まった片腕を目にして、ベッドから半身を起こした。

「なあに、たいしたことないぞ」明るくそういうと、レダはその腕をぐるぐると回した。

 ほっと息をついたリディアだったが、疲労と、記憶がおぼろげなことと、いまの夢のなごりで、表情はさえなかった。

「あの、サヴァンさんは、どこに?」リディアがたずねた。

「王と会談中だ。ま、歓迎はしてくれないな」

 レダは民族調の家具類に囲まれた部屋を、ぶらぶらと歩きながら答えた。

「わたくしたちは、これから……」

「一度、リターグに戻るしかないだろ」

 レダはいった。

「もう挟撃は無理だ。いまのままじゃ、リターグはつぶれる」

「すみません、わたしの力不足で……」

 リディアが沈痛な顔でうつむくのを、レダはちらっと目にしていった。

「おまえは、なんでも背負いこみすぎるぞ。だから、心が追いつかない。ま、いってもしかたのないことだけどな」

「あの中枢卿のふたりも、リターグに向かったのでしょうか」

「知らん」レダはあっけらかんといった。「でも、もしそうなら、あのケンサブルという男は、エアハルトがどうにかできるとは思えないな」

「そんな……」

「ふん、むしろ」レダの目がきらりと光った。「クイラと戦わせてみたいぞ。あれは、おもしろい子だ」

「もし、わたしたちがリターグに戻ったとして」リディアが心細そうに口を開いた。「レドムさんや、エアハルトさんやクイラさんや、ほかの方々は、どう思うでしょう。いたずらに、戦局をかき回すことしかしないで……」

「なーに、心配ない」

 レダはとぼけるように、片眉をあげていった。

「いよいよになれば、リターグは奥の手を使う。まあ、レドム次第だけどな!」

「奥の手?」

「ああ、そうだぞ!」

 レダはにんまりと、いかにも楽しげに答えると、窓の外に目をやった。

 白い街並みのむこうには、見晴るかす砂原が広がっている。

 レダは蒼い空に目を移すと、ククク、と忍び笑いをした。


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