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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
95/142

砂漠の決闘・3

 風にあおられて、壮麗な白銀のマントが揺れている。そしてひきしまった白銀のローブ。腰には白鞘の刀。フェイスマスク。女だ。

 となりには、その者より背の低い、中年の男が立っている。さえないジャケット姿。オールバックになでつけた髪。片手には、抜身の刀が握られている。


「はるばる来てみたはいいものの」ルキフォンスは、よく通る声でいった。「このような子供の集まりとは、いささか拍子抜けだぞ」

「そうでもないさ」ケンサブルが片手の刀を揺らしながら、やんわりといった。「振り向く前に、斬るはずだったんだから」


 サヴァンは、腰の剣をすばやく抜いた。一キロ先の、敵の部隊のうごめく音が、ここにも響きわたっている。あの大部隊はどう動くのか。迂回するか、あるいは、こちらに後退してくるのか。

 でも、いまは、目の前に突然現れた、この二人だ。

 サヴァンは剣を構え、男と女を交互に見やった。

 ──中枢卿か。それにしても、敵の部隊に気を取られていたとはいえ、これほど近づかれるとは信じられない。どうやってここまで来たんだ?

「『知事』は、おまえがやるか、ケンサブル?」ルキフォンスは、隣に立つケンサブルをちらりと横目にしていった。

「いいねえ、楽しみだなあ」そういうと、ケンサブルは、へらっと不気味に笑った。

 ──ケンサブル?

 サヴァンの眉根が、きつく寄った。

 『卿団の刃』といわれる、あのイル・ケンサブルか? 卿団の隊長が、なんでこんなところにいるんだ。エントールの戦線にいるはずじゃないのか?

 そういぶかっている間のことだった。

 スタスタスタと、ケンサブルが刀を手に砂地を歩いてくる。

 それを、さも当然のことのように感じて、動かないサヴァン。

 間合いが近づく。

 ──え?

 斬られるイメージ。頭の中で、強烈な一閃が、自分に襲いかかる。

 ──あ。

 やられた、と覚悟したその瞬間、サヴァンの肩に振り下ろされた刀を、受ける剣があった。

「なるほど、いーい腕をしてるな、おまえ」

 サヴァンの横に立つレダが、片手の剣でケンサブルの刀を止め、ギラリと目を光らせていた。

「おや、受けたかね」

 ケンサブルは、スッと自然な動作で刀を離すと、数歩後ろにさがった。

 すらっと、ルキフォンスも美しい白鞘から剣を抜き、サヴァンとレダに対峙した。

「おまえはいいよ、ルキフォンス」

「万が一だ。失敗は許されん」

 二人の会話を耳にして、サヴァンはさらに驚いた。

 ルキフォンス? あの、卿団の第二隊長か?

 名だたる隊長が二人も。それほどまでして、アイザレンはリディアをつかまえて、どうしようというんだ?

「おいサヴァン。あの小男、あたしが討つ」

「なに?」サヴァンは、レダに顔を向けた。

「ひさしぶりの余興だ。なーに、本気は出さないぞ、たぶん」

 サヴァンはさらに声をかけようとしたが、レダの全身全霊は、もうケンサブルに向けられていた。獰猛な、そして楽しげな顔つきをしている。

 ──さて、どうするか。

 サヴァンは一刻の猶予もない状況の中で、考えをめぐらせた。

 もしレダが本気を出したら、それは暴発というものだ。自分たちが乗ってきた飛行艇も吹っ飛ぶし、おれやリディアの身の安全も保障できない。

 だから、レダの力は、セーブさせなければいけない。

 でも、相手はケンサブルだけじゃない。ルキフォンスも、さらに向こうには、敵の一個軍団もひかえている。

 すべてに気をまわす必要がある。

 なかでも最優先は、リディアの護衛だ。おれもレダも、そのためにここにいるのだ。

 レダとケンサブルは、もうふたりだけの果たし合いに「仕上がって」いる。

 じゃあ、おれがすること、まっさきにしなければならないこと。

 おれを切れるような目でにらんでいる、白銀の女、ルキフォンス。

 勇名とどろく隊長を相手に、リディアを背中に守りながら、戦うしかないのか。

 サヴァンは、正面のルキフォンスにむけて、剣を構えた。

 背後で息をのむリディアの気配が、サヴァンに伝わる。リディアの手にも、短剣が握られている。

 瞬間、ルキフォンスが、すばやく剣を横に払った。

 ブワッ、と衝撃波がサヴァンの身体を撃つ。後ろのリディアは、とっさに身を縮ませた。

 ──クッ!

 サヴァンは剣を両手に、まっすぐルキフォンスに突進した。

 空間が揺らぐような、渾身の突きを、ルキフォンスに見舞う。

 が、ルキフォンスは一歩手前で、後ろに退いた。

 ゴウッ、と音が鳴りそうな、サヴァンの突き。常人であれば、確実に胸を貫かれている。

 しかし、ルキフォンスは避けた。剣技はケンサブルにははるかにおよばなくとも、危機察知能力は、ずば抜けて鋭い。この力のおかげで、海上要塞ベアトリスでは、メイナード・ファーと渡りあえたのだ。

 ルキフォンスは、ちらりとリディアに目を向けた。静かだが決然とした顔、片手に握りしめる短剣。

 ──なるほど、アイザレンが国をあげて捕らえようとしているリディア・ナザンとは、こういう女か。

 それにしても、ケンサブルと向き合っている『知事』の女は、あなどれない。あのケンサブルの剣を、易々と受けるのだから。

 では、わたしの前にいるこの男はどうか。さすがにこちらも『知事』だけあって、その戦闘能力は並ではない。だが、つけ入るスキはある。そもそも本来の目的は、こいつと戦うことではない。

 ルキフォンスは、片手の剣をふっと横に振った。

 たちまち砂塵が、サヴァンの横面に吹きつける。

 顔をしかめてそれを払ったサヴァンの前には、もうルキフォンスはいなかった。

 サヴァンの背後で、ギリギリと刃の当たる音がする。

 振り下ろしたルキフォンスの剣を、短剣で必死にくい止めるリディア。

 ──うむ、たしかに捕らえがたい。

 ルキフォンスは、眼前のリディアをにらんだ。

 ほかの隊長には劣るとはいえ、自分も卿団の隊長を引き受けている身だ。凡百の剣士なら、相手にはならぬ。だがこの娘は、わたしの剣を受けた。さすがに、ただものではないのだな。

 ルキフォンスはすばやく身を引いて、サヴァンとリディアから距離を取った。

 ──わたしの腕では、強引に生け捕るのは不可能か。ならば、ケンサブルを待つしかない。

 すこし行った横では、ケンサブルとレダの戦闘が繰り広げられている。

 戦闘、というよりは、剣舞に近い。

 互いが剣を振り下ろし、それを受け、振り払い、また受ける。流れるような、剣技と剣技の交わり。

 じりじりと照りつける太陽。

 遠くでは、軍の部隊が態勢を立て直し、停止している。

 折り合いの悪い軍部とは、なるべく接触したくはない、とルキフォンスは思った。

「ケンサブル、急げ」ルキフォンスは、サヴァンとリディアに目をやったまま、声をあげた。

 ──急げというが……

 ケンサブルは、レダの剣を受けて、それを払い、後ろにさがって間合いをとった。

 この女、強い。

 ケンサブルはゆらっと前傾し、するどい突きを見舞った。それを、レダはわずかな動きで避ける。残像のような一瞬のできごとだ。

「どうした、本気を出していいんだぞ?」レダの不敵にからかう声が聴こえる。

 ケンサブルは立ちつくすと、すこしのあいだ無表情で黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。

「そうだなあ。そうさせてもらうかなあ」

 だらり、とケンサブルの両腕が下がった。急に全身の気が抜けたような感じだった。

 次の瞬間、ケンサブルの姿が掻き消えた。

 と、思う間に、レダの背後に現われていた。刀を正眼に構えた姿勢で、レダの背中と対峙している。

「……ほう」

 レダが重々しくつぶやいた。

 たちまち、レダの肩から鮮血がほとばしる。切り裂かれたところからしたたる血が、砂の地面に落ちていく。

「いい腕だ。あたしの家来にしてやってもいいぞ」うしろに顔を向け、レダがいった。

「時間がないんでね、そろそろ、終わらせてもらうよ」ケンサブルは淡々というと、まただらりと腕をさげた。

 数瞬の静寂。

 サヴァンは、あっけにとられた。

 ──あのレダが、刀傷を負った? ありえない。おれにはケンサブルの動きは見えなかったけど、レダには見えるはずだ。それだけ、とほうもない力を、レダは持っているのだ。

 避けることはできただろう。なのに、なぜ斬られた?

 ルキフォンスも、まずはケンサブルとレダの戦いを、見守る風にしている。その顔には迷いがない。ケンサブルという男に、信頼を置いている証だ。

 サヴァンは、リディアに顔を向けた。

 リディアは、目を見開き、放心している様子だった。傷ついたレダを見ながら、どこか別の場所を見ているかのようだった。

 レダは、流れ落ちる血に、白い制服の片腕を染めながら、気丈に立っている。ケンサブルをにらみつけ、傷のない腕に剣を持ちかえて、次の攻撃を待ち受ける構えだ。だが、あまり長くは戦えない。あの肩の傷は、相当の深手だ、とサヴァンは見てとった。

 どうする、とサヴァンは思い悩んだ。レダが危険なこの状況で、なにもしないわけにはいかない。こうしている一瞬にも、もしかすると勝負がついてしまうかもしれないのだ。

 サヴァンが、まさに一歩踏み出しかけた、そのときだった。

 ──ゴスペル。

 リディアの声が、聴こえたような気がした。

 そのとたん、バアン! と、大地を激震させるような轟音が響きわたった。

 音圧に押され、サヴァンは思わず地面に両手を付いた。

 ルキフォンスもケンサブルも、ひざを折ってうずくまっている。レダだけが、肩から噴き出る血を気にするそぶりもなく、リディアを見ていた。その目はいつになく、深い色を帯びているようだった。

 気がつけば、一キロ先の敵の部隊も、いまの衝撃で混乱している様子だ。

 いまのは、なんだ? サヴァンは顔を曇らせた。なにか、突発的な自然現象か? それとも……

 地面に倒れこむように座ったリディアは、いまは荒い息をついて、じっとうつむいたままでいる。

 サヴァンは一瞬、リディアに問いかけようかと思ったが、すぐに気を取り直して、自分たちの飛行艇が無事なことを確認した。

「逃げるぞ、レダ!」サヴァンは大声をあげ、ケンサブルとルキフォンスがまだ身動きできないと見て、リディアのもとに駆け寄り、肩を貸して身体を起こした。

 三人が乗りこむと、ほどなく飛行艇は離陸した。それを見あげる力もなく、ケンサブルとルキフォンスは、がっくりと地面をはうような姿勢でいた。

 やがて、前方のアイザレン軍の部隊の一部が、ふたりのいる方に、徐々に近づいてきた。


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