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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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砂漠の決闘・2

 ブウン、という低い飛行音が、コックピットに響いている。

 そのコックピットのシートは、二人がならんで座るタイプだ。

 そして、そこにはいま、男と女の姿がある。

 操縦席の男のほうは、ときおり航行パネルに手を伸ばし、操作をしている。

 隣席の女のほうは、腕組みをしたまま、微動だにしない。

「見えた。あの船がそうかなあ」男が、のんきなような声でいった。

「解せんな」

 女がいぶかしげにいった。

「たしかに『知事』のような気配だが、もしリディアという娘を連れて、このような砂漠の真ん中を飛んでいるとすれば、目的がわからぬ」

「なあに、会ってみればわかることさね」息を吐くように、男がいった。「娘がいなくても、『知事』を排除できれば、儲けものだ」

「どうする、不時着させるか?」

「生け捕り、が団長の命令だからねえ。しばらく様子を見るさ」

「……『知事』、か」女が、どこか遠いような声でいった。

「不安かね、ルキフォンス?」おもむろにパネルのスイッチを押しながら、男がいった。

「おまえがいれば、いや、おまえと共にあれば、不安はないぞ、ケンサブル」ルキフォンスがいった。

「そうかね」おぼろげな声で、ケンサブルは答えた。

「わたしは、ただ『知事』という存在が、不可解なだけだ」ルキフォンスがいった。「やつらは、いったいなんのために存在するのか」

「そうだなあ」ケンサブルがぼんやりと答えた。「おれは、強いやつと立ち合えれば、それでいいけどねえ」

 コックピットに、静寂がおりた。静かな飛行音だけが、切れ目なく聴こえている。

「降りるみたいだねえ」やがて、ケンサブルがぽつりといった。

「こちらの陸戦隊の背後か。ますますわからぬ」

「どうするね。この機体なら、やつらの背中を突けるよ」

「いや、おまえがいったとおり、相手の出方を待とう」ルキフォンスは答えた。「『知事』がなにをするつもりなのか、見てみたい」

「前にいる、うちの軍部の部隊には、知らせなくていいのかね」

「必要ない」冷然とルキフォンスは答えた。「へたに手出しをされて、娘が死んでは、元も子もない」

「まあ、そうだねえ」

 ケンサブルはパネルのスイッチをいくつか操作し、操縦桿を握った。とたんに、機体が横にかたむき、滑るようにゆっくりと下降しはじめた。

 しかし、その姿を目にとらえるものは、だれもいない。

 アイザレンの誇る光学透過戦闘機『ロヴァ』は、きつい太陽光すら反射させずに、まるで気体のかたまりのように透明のまま、不気味なほどひそやかに、まだだいぶ遠いところにいる一隻の飛行艇に近づいていった。


 八個師団が集まった軍団の行軍は、壮観だった。

 歩兵部隊ではなく、戦車が主体の機械化部隊だ。

 八百輌以上のフロート・タンク。それらは一見すると、灰色のゴムボートが、どでかい棒を伸ばしているような姿をしている。

 おなじくフロート型の車両で移動する歩兵は、三万ほど。

 砲を積んだ輸送車両も、何百と路を行く。

 フロート車は地面に触れずに移動できるので、これだけの大規模な部隊でも、リターグまでの五百キロの道のりを、二日ほどで踏破してしまう。

 不測の事態が起こらなければ。


 ドン! と鈍い爆発音が、砂漠に一つ響いた。

 一台のフロート・タンクが、煙を上げる。

 そしてたてつづけに、ドン! ドン! ドン! と轟音がつづく。

 緊急停止を余儀なくされた、最前線のタンクの列から、黒煙が立ちのぼる。

 一瞬の混乱。まさかこんな砂漠の僻地で、攻撃?

 たちまち戦闘態勢に入る。全体でやや散開し、隊列は横に伸びた。

 ドドン! とまた爆発音が響く。今度は前方ではなく、後方だ。たちまち車両が黒煙を上げる。無数の歩兵の動きが、一気にあわただしくなる。まさか、挟み撃ちか? それらしい気配もなかったのに?

 部隊はさらに散開し、前と後ろからの攻撃に対応する態勢を取った。あとの行動は、指揮官の命令待ちだ。この場にとどまって迎撃するか、それとも、いったんルートをそれて退避するか……


「よし。左に移動するみたいだ。撃ちまくるぞ」

「撃ちまくれるほどの弾はないけどな! リディア!」

 はい! と声をあげて、リディアがグレネード・ランチャーをレダに渡した。

 レダはそれを無造作につかんで肩にかつぎ、たいして狙いもせずに発射する。

 とたんに遠い前方で、くぐもった爆発音。

 サヴァンたちは、敵部隊の後方、一キロほどのところにいた。

 小さな岩山があり、サヴァンとレダはそこに隠れるようにして、見晴らしのいい前方に、太い槍のようなランチャーを向けている。

 そしてリディアは、そのうしろで、空になったランチャーに弾をこめている。

 剣技に通じ、飛行艇の操縦もできるリディアでも、さすがに対戦車用のグレネード・ランチャーは、重さからなにから扱いかねる。だが弾をこめる役割も重要だ。切れ目なく攻撃してこそ、敵はひるみ、混乱するのだ。

 実際、アイザレン軍の一個軍団は、大規模な奇襲を受けたと誤解して、とりあえず直線的な攻撃を避けようと、全体を横に移動させた。

 サヴァンたちが望んでいたのは、これだった。

 敵はリターグ攻略を前に、無用な損害は避けたいだろう。だから大きく迂回する。……そのはずだ。

 サヴァンは、敵の大部隊に目をこらして、思った。

 ──でもどうしたところで、結局この程度では、たいして戦力はけずれない。

 それに、これでどれくらい時間をかせげるのか。一日くらいは進行が遅れるだろうか。その間、リターグはなにができる? 同盟国のエントールは、本土決戦で援軍どころじゃないかもしれない。リターグとしては、ひとりでも多く民間人を避難させるくらいが、せいいっぱいだろうか。

 砂まみれになって、必死にランチャーに弾をこめているリディアの姿が、サヴァンの横目に映る。

 ……この際、おれとレダの二人で、直接攻撃したほうがいいか。そうすればすくなくとも、歩兵の数を大きく減らすことはできる。

「サヴァンさん」リディアの声がする。

 振り向くと、弾をこめたランチャーを両腕でかかえて、真剣な表情で差し出すリディアがいる。サヴァンはすこしためらってから、そのランチャーを受け取った。

「アッハハ!」とレダが高笑いをする。レダの放った弾が命中した車両が、炎と黒煙に包まれる。

 これだけの大部隊なのだ。それを狙う砲撃に、精密さはあまり求められない。ちまちましたことが嫌いな、そして派手なことが好きなレダにとっては、恰好のシチュエーションといえる。

「やっぱりこれじゃ、らちがあかない」サヴァンは、リディアに顔を向けた。

「リディアさん、おれとレダが出ます」

 リディアとサヴァンの視線が、交わり、かたまった。リディアの口が、きゅっと結ばれる。

 無力な自分。砂漠民の団結はほど遠く、結局は、ふたりの力に頼るしかないのか。でも、リターグは守りたい。わたしの理想よりもなによりも、絶対に、リターグは守りたい。そこは、サヴァンさんと、レダさんの、大事な故郷だから。

 故郷を失う気持ちは、わたしには、わかりすぎるほどわかっている。

 リディアの脳裏に、ふいにきれぎれの光景が思い浮かぶ。

 ナザンの町、城、人々、父。

 繰りかえされてはならない。わたしは、大きな信念よりも前に、救えるのなら一つの町を、救いたい。

「わかりました」リディアは、サヴァンから視線を離さず、うなずいて答えた。

「リディアさんは、船にいてください」サヴァンは口早にいった。三人の後方には、乗ってきた飛行艇がある。「いつでも飛べるように、お願いします」

 はい、とリディアはまたうなずいた。

 そのときだった。

 ふと、空気が変わった。

 喧騒の中の静けさ。前方の喧騒よりもさらに不穏な、静けさが、サヴァンたちの背後にあった。

 サヴァンは眉をしかめて、振り向いた。

 ほう、とレダもひと声あげて、そちらを見た。

 あわせて振りかえったリディアは、ハッとして、すこし後ずさり、護身用の短剣に手を伸ばした。


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