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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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エトの陥落・2

 ここは、エルフマン飛行艦隊・旗艦「オステア」の長官室。

 白く壮麗なローブ姿のエルフマンは、巨大なデスク席に座り、目の前の通信機のモニターを、不機嫌そうに見やっていた。

 映っているのは、椅子に座った中枢卿団・第三隊長ルケ・ルクス。そしてその背後には、コーデリア・ベリが立っている。

「いやあ、まさかこんなに早くエトが落ちるなんてね」

 ルケがいつもの軽い調子でいった。

「まだ落ちていなくてよ」エルフマンはつっけんどんに応じた。

「敵艦隊は撤退、市壁は突破。落ちたも同然だろ?」

 ルケはあっけらかんとそういうと、座っている脚を組み替えた。

「それにしても、レイゼン公が暗殺されたっていう、あのうわさ。おもしろいと思わないかい?」

「卿団がいわれのない風評を受けて、なにがおもしろいのかしら?」

「テッサのトルゼン公の暗殺は、たしかに卿団のしわざだ。でも、ラメクや今回はちがう。もしこの二つの暗殺が事実だとしたら、だれが、なんのためにやったんだ? うちの軍部ができることじゃない。つまり、わがアイザレン帝国は、いっさい関知してないんだ」

「だったら、エントールの情報戦かなにかではなくて?」

「どこにメリットがあるんだよ」ルケは皮肉な苦笑いを浮かべて答えた。「ぼくが思うに、これは内乱だね。エントールの中で、なにかいざこざが起こっているんだ」

「けっこうなことね」エルフマンはいった。「もしそれが本当なら、おかげでわたしたちは、こうして順調に進撃できているのだから」

「そうだ、マッキーバが死にかけたことも、聞いたろ?」ルケは口の端を上げていった。「例の気配の狙いは、マッキーバの連れてる子だったそうじゃない。それも、敵は二人組の子供。なんのために命を狙ったのかな。実に興味深いねえ」

「のんきなのは勝手だけれど」

 エルフマンがぴしゃりといった。

「わたしたちはそろそろ、正面から静導士団と戦うことのなるのよ。すこしは気を引きしめたらどうかしら」

「ぼくはきみとちがって、ほら、知的好奇心が旺盛だから」

 冗談めかしてルケが答えた。

「まあとにかく、ラザレクに入れば、いろいろとわかるだろ。そして、その日は近い。軍部の連中は、そうとう息巻いてるよ」

「その際は、あなたの後ろの元『知事』さんにも、せいぜい活躍してもらわないとね」

「ご意見どうも」ルケはニヤッと笑った。「でもその言葉は、そっくりきみに返すんだけどね」

 エルフマンはたたきつけるように通信を切ると、軽く歯ぎしりをして、椅子に深く背をもたせかけた。と、すぐにまた通信機が鳴った。

 モニターに映されたものは、今度は砂ぼこりに煙る地上の景色だった。前に立つのは、エルフマン隊副長のピットだ。その背後には、〝エルフマン機甲部隊〟の、ピットの乗る戦車が停まっていて、部隊のほかの兵士たちや戦車が、あたりを行きかっていた。

 重い砲声が響きわたる、あたりの喧騒から、エト攻防戦の最前線にピットがいることがわかる。その顔も黒いマントも、ほこりにまみれてすすけていた。

「軍部もわれわれも、エト市街に展開中です。」

 ピットが砲声の轟音に顔をしかめながらいった。

「いまは高射砲の撃破を最優先に行動しています。地上は、完全にこちらの攻勢です。ここにきて、機甲兵力の差が出ましたな」

「市街の各目標を制圧したら、城攻めは軍部にまかせなさいな」

 エルフマンは冷静に受け答えた。

「部隊の戦力は極力温存なさい。ただでさえ、リターグで半減したのですから」

「しかし、敵の撤退がどうも早すぎるのが、気がかりですな」

 とピットはいった。

「陸も空も、まだ十分抵抗できるはずですが、こうもあっさり引かれると、逆に不気味です」

「そう、ね。エトは最大の要衝なのだから、死守命令が出てもおかしくないわね」

 エルフマンは、おぼろげな口調でそういってから、ふと物思いをとぎらせたような顔になってつづけた。

「……リターグで思い出したけど、あなた、あそこで妙な子供と交戦したといっていたわね」

「え? ええ。狙撃手のようでしたが、身のこなしは、ただの兵士ではありませんでした」

「そう」

 エルフマンはふっと息を吐くと、気を取り直すようにいった。

「エト陥落まで、油断しないでちょうだい。撤退が罠という可能性もありますから」

 は、とピットは応じた。

「気をつけてね」

 エルフマンは最後に愛情をこめてそういうと、通信機を切った。

 ──子供、か。

 エルフマンはふいに遠いようなここちになり、しばらく前方に、見るともない目を向けつづけた。


  *


 暗く、広い部屋だ。

 灯りらしい灯りはなく、ただ宙に浮かぶホログラム・ディスプレイの映像の光が、部屋の中を浮かび上がらせている。

 ディスプレイの前に、椅子がひとつ。座っているのは、たっぷりとしたローブをまとった老人だ。

 その後ろに、二人の者が立っている。

 ひとりは、白い長衣に、長い白髪の若者。

 もうひとりは、マントで身体をおおい、引きつめて束ねた黒い長髪を、背中に流した少女。

 ディスプレイではさきほどから、同じ映像が繰りかえされている。

 遠くから俯瞰するカメラだ。音はない。

 屋敷に突入するミドとシド。迎え撃つマッキーバと部下たち。

 マッキーバが剣を抜き、ほかのものたちもいっせいに抜刀する。

 シドの攻撃で倒れる団員たち。マッキーバにおどりかかるミド。そして、片腕を伸ばしたエンディウッケが現れる。

 たちまち苦しげにもだえるミドとシド。しかしどうにか切り抜け、ミドがシドをかかえて画面から消える。そのあとに、倒れていたマッキーバがエンディウッケをかかえあげて、画面から消えていく。

「いったい、どういうことなのだ」

 凛とした少女の声が、部屋に響く。

「このようなていたらくを見せるために、わざわざ我を呼びつけたのか、ビューレン」

「これは、儀式だ」ビューレンと呼ばれた老人が答える。「物事には、形式が必要だ。たとえ、その場限りの殺し合いであろうと、長々とつづく腐れ縁であろうと、な」

「きさまのくだらぬ戯言に、我はこれ以上付きあうつもりはない」

 少女はいい放った。

「我は、我で動く」

「まあ、そういうなよ、カザン」

 白髪の青年が、おだやかな声でいった。

「それでは、いままでの苦労が水の泡だよ。きみが好き勝手をしたら、繊細な〝マザー・キー〟は、身震いをして去っていく。そうなれば、取りかえしがつかない」

「いまこの大陸で、別の戦争をされては困るのだ、カザン」

 ビューレンが、しゃがれ声で割って入った。

「散逸、集合、そういったバランスはわしが取る。なんのための協力関係か、よく考えてくれ、カザン」

「きさまはそれでいいのか、マレイ?」カザンと呼ばれる少女が、きびしい声でいった。

「それでいいと思うよ」マレイと呼ばれた青年が、やわらかく答えた。

「ラザレクでは、レトーの総力を使う」

 老人がいった。

「ゴドーもリクドーも出る。おまえたちも例外ではない。そのときが近いということを、告げるためにここに来てもらったのだ」

「催促はしたくないが、ビューレン」

 冷然とカザンがいった。

「前に我がいったことを忘れるなよ。〝マザー・キー〟を取りそこなえば、きさまの命だけでは済まん。よくよく覚悟しておくのだな」

 そういい残すと、カザンはさっと身をひるがえし、長い髪を揺らし、高い靴音をたてて部屋を去っていった。

「散逸と集合、か」

 マレイが、ビューレンのいった言葉をつぶやいた。「わたしはいつ、かれと合流できるのかな」

 シンと部屋の中が静まりかえった。

 ビューレンは、ふいに背後の気配がなくなったことをいぶかり、眉を寄せて振りかえった。

 そこにはもう、マレイの姿はなかった。音もなく、掻き消えるように、かれは部屋をあとにしたのだった。

 フー、と、ビューレンは口から大きく息を吐いた。

「やれやれ」

 首を横に振ると、ビューレンは肘掛けに片肘をのせ、親指と人さし指で眉間をもんだ。


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